第3話
クエストをクリアし、集会所に戻って来た僕ら。
リーダーを務めていた剣士の彼が、次のクエスト内容に反応した。
「お、次が一面のボス戦だってさ」
すると、他のパーティのプレイヤーが声かけてきた。
「一面のボス、無茶苦茶強いんだよ! クリアしてる奴、今んとこいねぇんだぜ」
周囲の様子を見渡してみると、確かに作戦会議のようなものをするパーティが多く。
レベルを上げる為、もう一度クリアした場所へ向かう者が後を絶えない。
僕たちもそこそこレベルを上げたが、それでも足りない気にさせる。
慣れたプレイヤーである格闘家の少女は「めんどくせー系だな」と嫌気さしていた。
格闘家の少女のような実力者もいる界隈で、単純な強さで苦戦は強いられないだろう。
攻略にテクニックが要求される敵か…
剣士の彼は僕らに、ステータスの割り振りなどの準備や戦闘の振り返りをしようと提案した。
正しい判断だ。
前線で戦っていた彼らが主力になる。連携も必須になるなら、当然のこと。
集会所の広間にあるテーブル席に腰かけ、各々が話し合う中。
僕は計画通りにステータスポイントを割り振る。
一先ず……本来の上限レベルで獲得可能なINT113を目安にして、71入れて100にしてみよう。
ステータス数値を100に合わせ、決定を押した瞬間。
[調合リストに加速剤が追加されました]
[集中ドリンクが追加されました]
[耐久薬が追加されました]
[挑発香水が追加されました]
[麻痺粉末が追加されました]
などなど、他にもあるが大量のメッセージが一気に表示される。
「お~。すげー増えた」
僕の手元を眺めていたレオナルドが静かに感心していた。
彼に頷いて、リストをスクロールしつつ言う。
「使えそうなものだけ作っておこうかな」
「あれ。ポイント全部ぶっこまねえの」
レオナルドの指摘は、失望ではなく残念そうなリアクションだった。
チラと彼の表情を伺って思う。僕はレオナルドは成人近いと感じているが、子供っぽい感性を抱く。
実年齢がアバターの外見と異なるケースは、大いにあるが。
ノリのテンションは面白半分ではなく真剣で。純粋かつ控えめなものだ。
「そうだね。僕の勘は当たってたから、やってみようか」
僕はレオナルドに合わせて乗った。
レオナルドも、興味津々でどうなるか見守っているものだから、僕は内心面白くて堪らなかった。
レベルアップで獲得したのも含むと、INTは150になる。
ここまで上げたが、得られた新たな薬は『魔力水』と言うMP回復薬のみ。
代わりに、新たな要素を発見した。
[調合方法:分量調節を取得しました]
◆
分量調節。本格的な薬剤師らしいものだ。
例えば『回復薬』。
使用する素材を増やす事で『回復薬(中)』『回復薬(大)』が作製できる。
あえて素材を減らし『回復薬(微)』なんてのも可能だ。
僕は『回復薬(中)』とを20個、『挑発香水』を3個を作製する。
現在ある素材だけでは、これが精一杯だ。
[挑発香水]
使用したプレイヤーに一定時間、挑発効果を付与する。
一方、ステータスにポイントを振り分けながら格闘家の少女が
「は~~やっと本調子になって来た。序盤だとステあがんねーから動き鈍いの、なんの」
と言う。
格闘家は攻撃が優秀で、僕が確認する限りポイントが入った数値じゃない。
極端なAGIの高さから回避専門のプレイヤーのようだ。
魔法使い・弓兵・盗賊の女性三人組は、固まって話し合っている。
「調子どう?」
「全然強くならなーい」
「あたしはアイテム大量♪ 後でうろ~っと」
中でも盗賊の女性は、スキルでモンスターからアイテムを盗むのに専念していたらしい。
肝心なアイテムを共有する気はゼロ。
彼女達は彼女達で好き勝手やるタイプだ。指摘するだけで厄介になる。放っておこう。
「ご、ごめんなさい! 上手く攻撃できなくて!!」
「私も武器で攻撃しているのに全然斬れないんです……もう、どうしたら………」
初心者の鍛冶師の少女と武士の女性は謝罪ばかりだ。
鍛冶師は重いハンマーが武器。STRに多く振っていないから初動が遅く、ダメージを受けてしまう。
武士のカタナは、日本刀と原理は同じ。引いて斬る。
剣の叩いて斬るとは明らかに違う。
……説明してもいいが、ああいう性格は僕に意見を乞い求め、依存する可能性が高い。
迷惑だ。
彼女達に色々アドバイスをしている剣士のリーダーに任せておこう。
黙々と武器の性能を確認している銃使いの女性を傍らに、上機嫌で盾兵の老人が口を開いた。
「剣士のにいちゃん、俺も中々の活躍したよな! 『挑発』で敵をひきつけてやったぜ」
「あ、ああ。ええと……」
剣士の彼が苦い表情で返答に躊躇するのも無理はない。
盾兵の老人は確かに敵をひきつけていたが、逆に前線で戦っていた彼らの邪魔になっていたからだ。
折角、敵にコンボがヒットし、連続で畳みかけられる場面で。
盾兵の『挑発』スキルにより怯んでいた敵は体勢を持ち直し、攻撃を受け続けながら盾兵の方へ移動してしまうのだ。
すると、格闘家の少女がムッとした表情で「あのさ」と割り込もうとする。
流石に僕が、少女より先に割り込んだ。
「かっこよかったですよ。ゲームとは言え、僕には怖くて出来ません」
「ははは! そうかそうか!!」
「是非、敵をひきつけてカウンター的なものも見てみたいです」
「かうんたー? おお、カウンターな! やってやろうじゃねえか」
威勢よく宣言した矢先、盾兵の老人は「どうやるんだ?」とリーダーの剣士に聞いた。
老人は悪気はないし、全てを善意で行っている。
協力戦の常識を知らないだけだ。邪魔になっている事すら想像していない。
格闘家の少女には悪いが、一面のボスを倒すまでは場の雰囲気を悪くさせたくなかった。
しかし、格闘家の少女は不満があったようで、別の指摘をする。
「アイテム係の銀髪はともかく、何もしてねー奴らはどういうつもりだよ」
彼女は協力の重要性を理解しているが故、戦闘に加わっていないレオナルドが気に食わないのだろうが。
レオナルドの武器・大鎌の特性を理解したうえで、言っているんだろうか?
恐らく言ってない。
僕は溜息を抑え、同じ調子で彼女の指摘に答えた。
「レオナルドさん達は僕の薬の素材集めを手伝ってくれていたんです。お陰で、回復薬も沢山作れました。僕も、ボス戦は皆さんのサポートに徹底します」
達、というのは刺繡師の女性を含めての表現だ。
彼女は僕の手伝いをしていないけど、そういう事にしておいた方が、場を乱す事にはならない。
格闘家の少女は「そうかよ」と釈然としないまま引き下がった。
ふと、レオナルドがどうしているか気になり、顔をあげると僕の隣にはいなかった。
別の所――固まって談笑中の女性三人組から声が聞こえる。
「盗賊の武器拾ったから、やるよ。俺、装備できねーし」
「マジ? ありがと~!」
まさかと僕が振り向くと、レオナルドが彼女達に拾った武器やらアイテムを渡しまくっている。
彼が拾ったものだから、彼の好き勝手にすればいいが。
弓兵の女性に木を切ってドロップした矢を。銃使いの女性に銃弾を渡すのはともかく。
他の連中相手にも、欲しいものがないかとアイテム欄を公開して聞きまわるのは異様だった。
レオナルドはブレなく格闘家の少女にも聞こうとしたが、彼女は聞かれる前に「いらない」と即答した。
最後に、刺繡師の女性に尋ね。彼女が糸を貰いたいと申し出たのに受け答え、アイテムを渡し終えたレオナルドが、僕の所に戻って来る。
「君……何してるのかな?」
思わず僕は問いかけた。
実は親切心ある人格者にレオナルドが見えなかったからだ。
彼の方は、そう問われた事を不思議みたいで、音立てながら雑に腰かけつつ言う。
「アイテム渡してきただけ。持ってても使わねえじゃん。装備できない奴とか」
「売ろうとは考えない?」
「売る? あー……売るってのも………忘れてた」
レオナルドがアイテム欄を確認する。薬草とモンスターからドロップした低レアの素材だけ。
彼は迷わず「いるか?」と尋ねる。
一連の光景を眺め、僕はレオナルドの本質が垣間見えた。
「君、人に物をあげるのが好きなんだね」
レオナルドは眉間にしわ寄せる。
「好き? それはねえよ。何でもかんでも渡さねーし」
「見返りが欲しいのかな」
「お礼とかしたくねー奴だっていんだろ。だから、一応聞いてるよ。いるか、いらねぇかって。いらねーなら自分で捨てる」
「じゃあ、やっぱり君は物をあげるのが好きなんだよ」
彼は自覚がないようで、眉をひそめていた。
「物をあげたがるのは、物で他者との溝を埋めたり、優位に立とうとする自己満足な行為だよ。相手の気持ちなんて考えない。物をあげるから、相手は必ず喜ぶと思い込んでいる」
「……」
「でも、君は違うよね。物で他人をコントロールしたい意思を感じない。物に頼らなくても、君は人と接することが出来る。だからそう、君は――欲しいものがない人間だよ」
愛だとか絆が欲しいから物で釣るのと違って、欲しいものが彼には何一つないから。
「誰かに物を与え、満足させれば。君は満たされた気分を得るんだよ」
「…………気持ち悪い事いうなよ」
レオナルドが僕から視線を逸らす。
僕も我に返って、彼を不愉快にさせてしまったと後悔した。
「ごめんよ。僕は君に興味があるんだ。君みたいな人は初めてだ」
警戒心を強めている、のではない。レオナルドは困惑しつつ、探っているようだった。
僕という人間を理解しようと必死なのか。
僕が一体どういう目的で自分と接して来ているのか。
不愉快な相手との縁を即切る潔さは、物を捨てるのと同等だ。
なのに変だ。彼はお人好しじゃないのに、僕を毛嫌ってそっぽ向こうともしない。
優柔不断ではないのに、一体どうして?
彼も僕に興味があるのだろうか。
「あの、すみません」
唐突に女性の声が一つ。
僕たちへかけられたのかと振り向いたが、勘違いだった。
声の主は、念入りに武器を調べ、戦闘に参加していなかった刺繡師の女性。
先ほどまでステータスをいじっていた彼女は、リーダーの剣士を含んだ前線部隊に話しかける為、席を離れていた。彼らも少々驚いた様子で視線を向けている。
「次のボス戦。私も前線で戦ってもよろしいでしょうか?」
刺繡師の女性――カサブランカは微笑を浮かべながら、そう告げたのだった。
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