第2話

 僕が移動させられたのは、春の陽気を感じさせられる穏やかな自然あふれる最初の町。

 ゲームでは最初に訪れる『春エリア』と呼ばれる場所だ。

 綿毛になっていない黄色の花を咲かせるタンポポに、桜や梅の木が植えられ。

 建物は構造が様々あるけど、掲示板から橋まで木製だけ。レンガや石造りのものは一切無い。


 さて。

 報酬が貰えるクエストを受けられる『集会所』に足を運んでみると、様々なジョブのプレイヤーで満員状態である。混み合った中に入りにくそうな素振りをするプレイヤーも外に幾人もいた。


「君。これからクエスト受ける感じかな?」


 自然に話しかけてきた剣士の男性。

 僕が「そうです」とにこやかに答えれば、彼は持ち掛けてきた。


「なら、俺と一緒にパーティ組まないか? 君の――薬剤師は戦闘向きじゃないだろ」


「ありがとうございます。そうだ。折角ですから他にも誘いましょう。最大何人までパーティを組めますか?」


「12人だな。人数多い方が楽だし、いいな」


 ノリがいい剣士の彼は、僕がお願いする必要なく、面白さがてらで他のジョブのプレイヤーを誘ってくれた。


 自らの初心者と名乗った鍛冶師の少女、盾兵の初老男性、武士の女性。

 リアルで顔見知りっぽい雰囲気を持つ魔法使い、弓兵、盗賊の女性三人組。

 無口で会釈するだけの銃使いの女性。


 よろしくと愛想ない挨拶する墓守の青年。

 一人一人に丁寧な挨拶で回って来た刺繡師の女性。

 早くクエストに行きたいと訴えるように画面を開いたり閉じたり、忙しない格闘家の少女。


 リーダーを務める剣士。そして、薬剤師の僕。



 クエスト開始早々、先陣を切って飛び出したのは案の定、格闘家の少女だった。

 しかし、彼女は動きが機敏だ。

 バーチャル慣れしているみたいで、他のVRMMO経験者だと分かる。

 遅れてリーダーの剣士。魔法使い、弓兵、盗賊の女性三人組が先頭を走る。


「くっそ早いな。AGIに極振りしてるのか、アイツ……!?」


 剣士の彼がそうボヤいているのが聞こえる一方。

 前に出ようか戸惑い気味の鍛冶師の少女と武士の女性に、盾兵の老人が「俺が盾になってやるから」と安心させている。


 銃使いの女性は前線の邪魔にならないよう、遠距離射撃で援護。

 精度ある腕前なので、彼女もVRMMOかVRのシューティングゲームをやり込んでいるようだ。


 刺繡師の女性は、武器の大鋏を興味深く観察し続けている。

 最後に、墓守の青年はそんな刺繡師の女性を不思議そうに眺めていた。

 僕は墓守の彼に話しかける。


「行かないんですか?」


「邪魔になるだろ。俺の武器」


 墓守の武器は『大鎌』。攻撃範囲が広いのが特徴で、攻撃力は控えめ。

 パーティを組んでいるプレイヤー同士は、ダメージは与えないが、広範囲攻撃の巻き込みや吹き飛ばしが邪魔になる。前線にああもプレイヤーが密集していると、参戦しにくい。


 にしても。

 積極性がないのは、彼自身興味なくゲームを始めたからに違いない。

 差し詰め、親しい友人に誘われて、仕方なくと言った様子。

 アバターも、当たり障りない顔立ちだが眉間にしわを寄せた金髪のショートヘア。


 墓守の初期装備服のボロマフラーとダボダボしい長袖長ズボンの容姿で、貧困民やホームレスを彷彿させるやぐされた印象を与える。


 無難。

 いいや、薄々感づいていたが、僕――薬剤師に必須なのは墓守の仲間だ。


「あの、少し手伝って欲しいんですが」


「なにを?」


 僕は彼に素材集めの協力を頼んだ。

 これが彼、墓守のプレイヤー・レオナルドとの出会いだった。



 レオナルドは僕と同じくステータスポイントに手をつけていなかった。

 彼曰く、何をどう振りわければいいかサッパリで、友人から教えて貰うつもりだったらしい。

 STRやDEXの意味も理解してない。この手のゲームは初めてなのだろう。


 レオナルドのジョブ・墓守はSTR・VITに割り振り、コンボを途切れさせないのが基本的な立ち回りだ。

 攻撃(ATK)を高めるのも悪くはないが、モンスターに攻撃がヒットし続けると、相手が怯んだりするので。

 無理してポイントを入れるよりか、武器でATKを上げる。

 もしくは、僕の薬で攻撃を上げればいい。


 クエストが終了し、続けて簡単なクエストを消化しようとパーティを継続したまま、次のクエストに入る前に、僕はレオナルドにアドバイスする。


「すみません。VITを100、STRを50に設定してみて下さい。武器を振り続けても疲れないですよ」


 だが、初対面の僕に対するレオナルドの心情は半信半疑のようだ。


「これポイント振り直せないだろ? ちょっと不安だな」


「でしたら、STRだけ30にしてみて下さい。振った時、軽く感じるはずです」


 現在、レオナルドのSTRは25ある。ポイントを5入れるだけなら、さほど問題ない。

 僕に絡まれて面倒に感じた風に「STR?」と再度尋ねつつ、ポイントを入れるレオナルド。



 次のクエストステージも森だった。

 僕たちが挑戦している一面のクエストは、森のステージで統一されているようだ。

 先程と同じ、剣士たちが前線に出ているうちに、僕はレオナルドと素材集めを始めた。


 レオナルドに頼んで、草木を刈って貰うと、大鎌は広範囲の草木を巻き込んで攻撃していた。

 素材元になる草木の耐久は低いので、面白いくらいに草木は粒子となって消失。素材に変化し、地面に残されていく。


「おぉ、なんか振りやすくなってるな」


 一通り草木を刈って、レオナルドはSTRが上がった実感を得る。

 ついでに隠されていた宝箱を発見。僕は素材の回収に重点を置きたいので、宝箱の中身はレオナルドに回収して貰った。


 レオナルドは、素材を効率的に落としてくれる。

 僕は素材を元に薬を作り、彼をサポートする。


 そう。

 重要なのは強さではなく、相性。

 他のジョブ同士も薬剤師と墓守のような関係を築けるが、僕にはどうでもいい。

 僕が指摘しなくても、この界隈なら気づく者が現れるから。


 武器のバスケットに重さが増した頃、レオナルドが改めて話しかけてきた。


「えーと……ルイス、だっけ? お前、こういうゲーム詳しいんだな」


「はい。他のVRMMOで非戦闘のジョブやってました」


 嘘だけど。

 単に専門用語など事前知識に目を通しただけだ。

 しかし、レオナルドは前よりは警戒心を解いた様子。


「疑って悪かったよ。初心者相手に不利なこと吹き込む奴がいるって、ダチに聞かされてさ」


「いえ。実際、そういう人もいます。イベントやギルドで上位の報酬狙いとか、冗談半分の嫌がらせして実況動画のネタにしたり」


 無論、『マギア・シーズン・オンライン』も期間限定のイベント、ギルドと呼ばれるプレイヤー同士の集まりが存在する。ギルドを設立、加入で得られるメリットはある。

 だけど……


「僕はギルドに入るつもりはないです。ああいうのはトラブルの原因になりますので」


 VRMMOのような常時ボイスチャットの形態では、人間関係のトラブル。ギルド同士の、イベント外での争いや、通報、PK、例を挙げればキリない。


 たかがゲーム。

 現実の疲れを癒す、ストレス発散に使う娯楽の一つでトラブルなんて論外だ。

 レオナルドは界隈の知識や常識を共感しにくい為か「ふーん」と他人事のような反応だった。



 パーティで経験値は共有される為、僕を含めて全員が順調にレベルアップをした。

 全員が平均10レベルに到達。ステータスを確認し、撮影した画像と比較しながら、僕はメモ機能を立ち上げて情報を元に考察を書き込む。



 まず、成長の型。

 僕なりに平均・早熟・晩成と名付けた。


 早熟は序盤伸びやすいが、中盤終盤は伸びにくくなる。

 突き抜けてステータスの数値が高まっているのは、格闘家・盗賊・剣士・鍛冶師。

 レベルもパーティの中では、早々と10に到達した。

 この手のタイプは終盤に再度伸びるパターンもあるが……このゲームはどうかな。


 平均は、常に均等に能力値が高まる。

 数値の上昇に癖のない魔法使い、銃使い、刺繡師、墓守が該当する。


 晩成は早熟と正反対で中盤終盤にかけて数値の上昇が期待できる。

 該当するのは盾兵、武士、弓兵……そして薬剤師。


 恐らく、この三パターンに分けられている。


「さっきから何してんだ?」


 レオナルドが僕の手元を覗き込んできた。僕は普通に答える。


「ステータスポイントをどうしようかと、考えていたんです」


 レオナルドは、僕をじろじろ眺めてから気まずく言った。


「……普通に話していいぞ」


「普通?」


「敬語はやめろって。多分、お前と俺。同い年な気がする」


 何を根拠にそう思ったのだろう。

 僕はレオナルドの方が年上に感じる。大学生……アルバイトで稼いでいる二十代くらいかな。

 レオナルドが不快を覚えないならいいのだろうか。「本当に?」と僕は確認して、話を続けた。


「レオナルドはステータスが平均なんだ。中途半端って評価されそうだけど、僕は色んなプレイスタイルができるジョブだと思うよ」


「平均?」


「皆のステータスを比較して気づいたんだ。INTはどのジョブも同じ数値で伸びていく。これってどういう事だと思う?」


「INT? あー……そもそも、INTって何??」


「『Intelligence』の略。知能とか知性を意味するよ」


「……ようは賢さって奴? だったらアレ。技とか覚えるもんじゃね」


 これは意外だった。彼は聡さを秘めていたらしい。少なくとも思考を疎かにする人間ではない。

 僕も言葉に弾みが出る。


「僕もそう思ったところさ。でも、この手のゲームだとINTは魔法攻撃の数値に充てられているのが普通だ」


「ん? INTって上げられねーの??」


「上げられるよ。魔法使いの人もINTに極振りしてる。ホラ」


 僕はステータス表示を出して、魔法使いのステータスを指さす。INTの数値は100を超えている。


 実際に、彼女は様々な魔法を試していた。

 魔法の威力は分からない。僕たちの視点で具体的なダメージ数は表示されない。数値を把握できるのは、魔法使いの彼女だけ。

 ただ……彼女は最初の振り分けの時に、INTへ極振りした為、数多の魔法をINTで会得したと気づいていない可能性が高い。

 本題はそこじゃない。僕は話を続ける。


「僕が試してみたいのはINTを上げることで得られるものだ。INTは自然と上がっていくから、一定のレベルで大体のジョブは同じように技を得られる」


「あー……INTあげねーと取れない技があんのか?」


「分からないから試そうと思うんだ。僕も君と同じで興味本位で始めたからね。失敗したって構わない」

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