第24話 剛腕

 近くに行ってみると、観衆の中にはテーブルを使って腕相撲をしている男たちがいた。


 横に置いてある看板には『勝ったら現金1万贈呈! 負けたら5千頂戴する!』と、荒々しい文字で書いてある。買ったら金がもらえるんなら、挑戦者もさぞかし多いことだろう。


「またガーストンが勝ったぞ!」

「もう勝てるやついないんじゃないか!?」


 どうやらあそこに座っているガーストンとかいう男、めちゃくちゃ強いらしい。


 確かに、カラダはデカいし腕は太いし、見た目だけでも強いと思わせる雰囲気がある。でも年齢的には40代とか、割とおっさんに見えるけどな。おっさんなのに強いとか、ウチのアラケスのおっさんとか、軍の幹部しか見たことないや。


 さらには、テーブル上の箱に無造作に入っている大量のさつが、彼の強さを物語っていた。


「エレナ、行ってみる?」


 なっちゃんが嫌味な笑顔でこっちを見てくる。


「無茶言うなよ。勝てるわけないだろ、あんなの」

「だよね〜」


 若手のおれたちは早々に勝ち目はないと判断して、元の道に戻ろうとした。ゼースさんも興味がないみたいで、おれたちは群衆に背を向けて歩き出した。


「おいおい、もう挑戦者はいねぇのか!? 勝ったら1万と言わず10万、いや、有り金全部くれてやるぞ! ガーハッハッ!」


 調子のいいガーストンの発言を聞き、途端にゼースさんの動きが止まった。


「あれ全部貰えりゃこの物価の高い王都でも、贅沢な飯にありつけるな」


 ゼースさんの顔は悪そうな、でも嬉しそうな、そんな表情をしていた。


「エレナ、ナナ、ちょっくら行ってくらぁ」

「え、あ、はい」


 ゼースさんは再度方向転換し、群衆を掻き分けてガーストンの元へ向かった。おれたちも慌ててついて行くことにした。


「ガーストンさんよぉ、今の言葉、嘘じゃねぇな?」


 座っているガーストンに屈むように顔を近づけるゼースさん。めっちゃ煽ってる。


「ああ、男に二言はない。貴様こそ、この俺を満足させてくれるんだろうな?」

「心配すんな。腕力には自信がある」


 勝負台に座り、腕を差し出すゼースさん。場には妙な緊張感が漂い、観衆たちは自然と静まり返っていた。


「おい、合図を出せ」

「は、はい!」


 アシスタントが2人の間に立ち、大きく息を吸った。


「始め!!」


 開始の合図と共に、2人は力を込めた。だけど、握り合う手の位置はスタートから変わらない。2人の力は互角のようだ。


「瞬殺されないやつ、初めて見た……」

「いや、でもガーストンの表情はまだ余裕そうだぞ」


 観衆はゼースさんの力に驚いているみたいだけど、おれからしたら逆なんだけどな。


 ──ゼースさんの本気はあんなもんじゃない。  


 次第に、ガーストンの方が優勢になってきた。少しずつ、少しずつではあるけど、ゼースさんの腕が倒されがちだ。


「さすが5だなぁ。だが、世の中まだまだ上がいるんだってことを教えてやるよ」

「なに……!?」


 おれたち観衆の鳥肌が立つほどに大きな雄叫びを上げるゼースさん。その声が後押しするかのように、劣勢だった状況から一転、相手の手の甲は勝負台に叩きつけられた。


 さらには、あまりの衝撃に木で作られた勝負台を破壊してしまった。観衆全員、口があんぐり状態になっている。


 おれとなっちゃんだけは唯一、嬉しくて、そしてこの光景が面白くて笑っていた。


「おれの勝ちだ。早速、有り金全部もらってくぞ」


 なんの躊躇もなく、今までの挑戦者が払っていった金の入れ物を取るゼースさん。


「待て!!」


 立ち上がり、呼び止めるガーストン。


「何者だ、お前は」

「何者って言われてもなぁ……今度お世話になる、自警団フィスト所属、ゼース・ハイアー。宜しくたのんますぜ、5番隊隊長」


 5番隊隊長? そういえばさっきもそんなこと口にしてたような。あの人のこと、知ってるのかな。

 すると、ガーストンはキョトンとしたのちに、大きく声を上げて笑った。


「お前が例の自警団か。今度の討伐任務、応援の依頼を引き受けてもらって感謝するぞ」

「こちらこそ、仕事を振ってくれてあざっすよ」


 と、いうことはこの人、王国軍の兵士だってこと? ……しかも隊長!?


「まぁあれだ、観衆の前で仕事の話をするのも良くないし、どうだ? 一緒に飯でも行かんか?」

「いいっすね。いい店教えてくださいよ。なんなら奢りますよ? 金、あるんで」


 またしても大きく笑うガーストン。ゼースさんに呼ばれておれとなっちゃんは2人に歩み寄った。


「この2人もウチのメンバーっす。今回はおれら3人でやってきました」

「ナナ・コールです。宜しくお願いします」

「エレナ・アリグナクです。お願いします」

「おれは王国軍総本部、5番隊隊長を務めている

 ガーストン・ウォーだ。今度のモノス討伐の件は、ウチの隊でやることになっている。宜しくな」


 差し出された握手に応じるおれ。……手、めっちゃデカいな。この手、この太い腕に勝ったと思うと、ゼースさんの腕力ってやっぱバケモンなんだって改めて思わされた。


「よっしゃ、それじゃあ腹減ったし、飯行くか!」


 腕相撲勝負はお開きとなり、この隊長さんに連れられて皆んなで晩御飯を食べに行く事に。


 一体この王都でどんな美味いもんにありつけるんだろう。楽しみで仕方がなかった。





 ◇




「ここがおれの行きつけの店だ」


 右も左も飲食店が立ち並ぶ、この栄えたエリアに、一際目を引く店があった。建物も他より大きめで、何より店の正面外壁に、可愛い牛の顔の看板がでかでかと飾られてあるのが印象的だった。


「肉だ」

「肉だな」

「肉だね」


 わかりやすいよね、うん。おれたちは今から肉を食うんだな。店に入る前から美味そうな匂いが漂っていて、鼻が幸せだった。


 店に入ると、ガーストンは席に座る前から店員に『いつもので』と注文をしていた。店員と親しげに離しているあたり、ここの常連である事は明らかだった。


「注文、皆んなの分もおれと同じにしといたからな」


 席に座り、笑いながらそう言ったガーストン。選ぶ楽しみは無しかよ……と思いながらメニュー表を見てみたが、右も左も肉、肉、肉。

 部位や種類が違うだけで、正直おれには何がいいのかわからなかったので、選んでもらって良かったのかもしれない。


 ───数分後。


「お待たせ致しましたー! "王城ステーキ"4名様分です!」


 店員の女性がカートで持って来たのは、大きな鉄板に、分厚くて巨大な肉が、5枚も重なっているという常軌を逸した姿のステーキだった。


「こ、これで一人前……?」

「でもとっても美味しそう……!」

「ここの肉はうめぇぞ! それにな、体づくりの基本は肉だとおれは思っている。お前らみてぇな体の小っせぇもんは、とにかく肉食って成長しろ! ガーハッハッ!」


 アンタがイカつすぎるんだよ。でも、せっかくのいい肉だ。たくさん頂くとしよう。


「いただきます!!」


 皆んなで一斉に、目の前の肉を勢いよく食べ始めた。


「はは、やべぇ、美味すぎるわ」

「こんな厚いのに柔らかくて、しかもソースも絶品……! んん〜アタシもう幸せで溶けちゃいそう」


 ステーキはロマーニの街で何回か食べたことはあるけど、ここまで感動する美味さは初めてだった。





 ◇





「駄目ぇ〜私もう動けない……。エレナおんぶしてぇ」

「ふざけんなよ、自分で歩けって」


 ステーキ屋さんの前でおれにしがみついてくるなっちゃん。さすがに女の子にあの量はキツかっただろうな。


 なっちゃんは3枚でギブアップ。おれは何とか5枚完食。ゼースさんは自分の分と、なっちゃんの余りまで平らげた。


 そして1番恐ろしかったのは、ガーストン隊長だ。まさかのもう一人前をおかわりし、それでもまだ腹八分目で切り上げただなんて。

 世の中いろんな人がいるもんだよ、まったく。 


 人生初の王都で過ごした初日は、とても充実していた。明日からは本格的に仕事の段取りが始まるということで、宿に帰ると早々に寝床についたおれたちだった。

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