第23話 王の都

 サリア青果店の件から1ヶ月が経った。

 あれからサリアさんのとこは、嫌がらせもなくなって家族みんなで元気に営業しているようだ。


 今までグレーなやり方で儲けてきたアールズ不動産も、今回ばかりは一線を越えてしまったため、上層部の連中は一斉に逮捕されていった。


 肝心の代表や何人かの幹部は、いち早く察知して姿をくらましたらしいけど、会社は潰れてあのビルは既に廃墟になっていた。


 地上げの調査をする任務が、いつの間にかあんな激しい戦いになるなんて思ってもみなかったな。

 おかげで背中と腕に負った傷のせいで入院し、手術までするハメになったし、治るまで仕事はずっと出来なかった。


 ……やっぱり怪我はするもんじゃないな。


 そんな今は朝の7時30分。おれはなっちゃんと一緒に事務所の掃除をしていた。


「エレナ、ナナ、ちょっと来てくれる?」


 一緒に事務所にいる社長に呼ばれた。手に持っていたモップを部屋の角に立てかけて、なっちゃんと一緒に集まった。


「次の仕事の話なんだけどね、これ見て」


 社長はおれたち向きに仕事の書類を見せてくれた。


「モノス討伐計画?」


 という題名が今回の仕事のようだ。猪でも討伐するんだろうか。


「モノスって何の名前ですか?」


 なっちゃんの質問を受ける社長の表情は、どこか深刻そうに見える。


「……2年前、あなたたちの街を襲撃した殺戮さつりく集団よ」


 おれとなっちゃんは顔を見合わせて驚いた。


 あの日に襲撃して来た奴らは、今までずっと『首謀者のミリガン・ライラスと"その仲間"』くらいに思っていたけど、"その仲間"にも名前があったんだな。


「王国軍の、それも"本部"が行う真っ向からの襲撃作戦よ。戦力強化のためにうちから応援を出すように依頼が来たのよ。"ゼースさん"と、あなたたち2人、合わせて3人を推薦したいんだけど、どう? いけそう?」

「おれはいけます。あの時の借りを返す絶好の機会じゃないっすか」

「私も大丈夫です」

「そう言ってくれると助かるわ。本部にはそれで返事をしておくから。あと、昼一にゼースさんがくるから、みんなで一度打ち合わせしましょう」


 この日は打ち合わせだけやって解散となった。今回の仕事はおれとなっちゃんの中では、過去を精算する大きな出来事となるだろう。


 怒り、悲しみ、不安、緊張……それらの感情が混ざり合ったような複雑な気分だ。

 この戦いだけは絶対に負けてはいけない。


 復讐っていうのは、よく『やるべきではない』なんて言われることが多いけど、おれはしっかり復讐するつもりだ。


 争いが争いを生むとか、復讐の連鎖だとか、そんか難しいことは考えていられない。

 とーちゃんとかーちゃんを殺した奴らを、この手で叩き潰すんだ。そう心に誓ったおれだった。




 ◇




 翌朝。おれは待ち合わせ場所の駅の入り口でゼースさんと合流した。


「おう、昨夜ゆうべは眠れたか?」


 若干緑っぽくも見える黒髪に、鍛え上げられた大きなガタイ。この先輩がゼースさんだ。

 何回か仕事に連れてってもらったり、飯を食いにいったりと、自警団内では1番交流が多い人かもしれない。


 歳は確か34歳で、どっちかというと男にモテそうな頼りがいのある兄貴って感じだ。


「あんまり眠れなかったっす」

「私は普通に眠れたよー」


 なっちゃんも合流して、王都行きの切符を購入した。


「王都までは電車でも丸一日はかかるからな。飲み物とか飯とか買っとけよ」


 そんなにかかんのか。雷々らいらいのところに行ったときみたいに長旅になるな。

 おれは売店で飲み物と食料、あと暇つぶしに雑誌を3冊ほど買って電車に乗り込んだ。


 ゼースさんも大量に購入した食料を、乗車後まもなく口に放り込んでいた。やっぱりよく食うからガタイがいいんだな。


「ゼースさんって王都に行ったことあるの?」

「ああ、何回かあるな。まだ国王になる前のフロルがな、うちの戦闘力を買ってくれて仕事をまわしてくれたりしてたんだ。それでよく王都に行ってたよ」


 アンタ国王を呼び捨てかよ。ってか国からちょくで仕事もらうってどんな自警団だよ。


「まぁ今回はいつもどおり軍の下請けだが、関係ねぇ。思いっきり暴れるだけだ」


 ときおり会話が弾んでは落ち着き、雑誌を読んだりお菓子を食ったりと、まったり電車の中を過ごしていた。


 そして、時刻は19時40分。長い長い電車の旅は、10時間以上かけてようやく終わりを迎えた。さすが王都なだけあって、電車の降り口は混雑していた。


 駅を出て凝り固まった身体をほぐすように手を伸ばし、顔を上げると街の景色が目に入った。


「すっげぇ……!」


 生まれて初めて見る王都の景色は、ロマーニの街よりも断然華やかなだった。建物の雰囲気とかも全然違ってオシャレで豪華な感じだし、夜だからいろんな場所がライトアップされて、まるでお祭りのようだ。


「なっちゃん見てよ、絶対あれが国王がいる城だって!」

「雑誌で見るのと全然違う! えーちょっと待って、いろいろ探索したいんだけど!」


 テンションの上がりきったおれたち2人は、振り返ってゼースさんをジロリと見つめた。


「……ったくわかったよ。でも先に宿行って荷物置いてからな」

「やったー!!」


 嬉しくて2人で走って宿に行こうとしたが、ゼースさんは全然違う方向に行こうとしたおれたちの服の襟を掴んで引っ張っていった。


 ……そういえば宿の場所なんて知らないんだった。


「ゼースさん、あの城に国王がいるんでしょ?」


 引きずられながら見える大きな城を指差して、おれは質問した。


「ああそうだ、でけぇ城だろ。あそこが国王の住む城でもあり、王国軍の総本部でもある。打ち合わせもあそこであるぞ」


 頭の中で城の内部を妄想してしまう。どんな豪華なところなんだろう。

 隣で引きずられているなっちゃんを見ると、物思いにふけっているみたいだった。多分、同じような妄想をしているんだと思う。


「っていうかお前ら歩け」


 軽々とおれらを持ち上げるように立たせてくれるゼースさん。そんなおれたちは3人で足並み揃えて、駅の近くにある宿に向かった。


 手続きをしてから部屋に荷物を置く。あとはサイフだけしっかり持って、いざ外へ。

 それぞれ行きたいところに行くという案も出たけど、ゼースさんが持っている会社からの宿泊費に、遊ぶお金も入っているとのことでみんなで行動することにした。


 社長の粋な計らいにおれとなっちゃんは素直に喜んだ。


「ゼースさん、とりあえず美味いもん食いたい」

「私もお腹ペコペコ〜」


 電車の中では昼飯以降、お菓子を摘んだくらいでほとんど何も食べていなかったからな。とびきり美味いもんを食って胃袋を幸せにしたい。


「そうだな、とりあえず飲食店が並ぶエリアがあるからそっちに行くか」


 街の景色を見ながらゼースさんに着いて歩き始めた。


 すると、何やらとある場所で人だかりが出来ているのが目に入った。男の割合多めの観衆が、何かを見て盛り上がっている。

 ショーでもやっているんだろうか。


 おれは気になって、ゼースさんとなっちゃんを連れてその人だかりの方に寄り道した。


 








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る