第14話 霞の森
翌日、おれたちは再び早朝から馬車に乗っていた。今度こそ本来の目的である、精霊探しの旅に出かけているわけだ。
そういえば昨日聞いた話だけど、あの"横"とかいう盗賊団のボスから、軍の支部長が定期的に金を受け取っていたらしい。
自分たちの悪事を黙認する代わりに……という口止め料だったみたい。王国軍が、それも支部長がやっていいことじゃない。
『壊滅させたが逃げられた』なんて嘘の報告書をあげた支部長は、当たり前だけど速攻でクビになったとのこと。
おっさんからは軍の信用に関わる問題だから口外はしないようにと言われてるけど、軍の内部では大丈夫だろうか。
王国軍が崩れたら街も崩れるような気がするからね……。ちょっと心配だ。
「兄ちゃん達、面白い人たちだね。自警団ってのも大変だろう。あんな危なっかしい奴らを相手に戦うなんて、誰にでもできることじゃねぇ」
今日も馬車の運転手さんと、愉快なおしゃべりタイムが始まった。
「そんなことはないっすよ。根性があれば誰だってできる仕事さ。危険は伴うけど」
おっさんが答える。確かに、いつ死んでもおかしくないくらい危険な仕事だ。
「兄ちゃん達が行きたい方面はおれも来たことがないんだが、どのくらいかかりそうなんだい?」
「前に行った時は2日ぐらいかかったな」
「2日か! それはなかなか遠いな」
「大丈夫そうかい、運ちゃん」
「大丈夫大丈夫。それがおれの仕事だし、個人的にも行ったことのない所へ行くのが好きなんだ。旅とか景色が変わるのが好きでこの仕事をやっているんだからよ」
操縦席から振り返って、親指を立てた拳と白い歯を見せる運転手。この人は根っからいい人なんだろうな。
「素敵だなぁ。私なんかいつも事務所に引きこもってばっかりだから、たまにはこういう風に旅をしたいなぁ」
それもそうだよな。社長っていつも机で事務処理してるイメージだから、結構ストレスも溜まりそう。
「そっちの兄ちゃんも若ぇのに感心だよ。今いくつなんだい?」
「12歳です」
「はぁーそんなに若いのか! こんな有望な若手がいりゃ会社もこの先安泰だな。ハッハッ!」
時におしゃべり、時に睡眠。それだけの退屈凌ぎで、長い長い道のりを過ごしていった。
◇
時は過ぎ、何時かはわからないけど、夜になった。
街灯ひとつないこの田舎道では、夜になると歩くのもままならないくらいの暗闇に覆われる。運転手さんは次第に馬の歩みを止めさせた。
「さすがにもう前が見えねぇや。今日はこの辺にさせてくれ」
「そうだな。今日はここで一泊しよう。エレナ、ヒスリー、キャンプの用意だ」
おれは初めての経験だったけど、おっさんと社長の指示を仰ぎながらキャンプの準備をした。
キャンプといっても、簡易的な食事と寝床の用意をしたら終わりなんだけどね。
食事は温めるだけのレトルト品を持ってきたので、マッチで火を起こして水を入れた小鍋で温める。ちなみに今夜はカレーだ。
寝床に関してはただの寝袋を並べたら準備完了だ。
街から持って来ていた白いおにぎりを器に詰めて、そこに湯煎が終わったレトルトのカレーをかける。
───ただのレトルトカレー。ただの米。
それだけなのに、こういう状況で目の前にあると、どんなご馳走よりも美味そうに見える。匂いも最高だ。
4人分のカレーを盛り終えると、まずはおっさんが運転手さんにカレーを渡した。
「運ちゃん、大したもてなしはできねぇけど、食ってくれ」
「すまんな、恩に着るよ」
「長いこと世話になってるからよ。これぐらいはさせてくれ」
こういう人との繋がりって大切なんだな。それに、おっさんの人柄とか振る舞いとか、吸収しないといけないことがいっぱいだ。
おれたちは焚き火を囲んで、感動的に美味いカレーを食べた。
食事を済ませたらあとは寝るだけだ。寝袋に入って地べたで寝るわけだが、真っ暗闇の中、無防備に寝るのはあまりにも危険すぎる。
そこで……、
「防御結界を張るわ」
ヒスリー社長が、精霊の加護でおれたちを囲う半球型の結界を展開した。
昨日の盗賊団を縛った縄と同じで、綺麗な水色の光が印象的だった。
さすがに寝ながら結界を張るという都合のいいことはできないので、社長は起きたまま夜通し結界を張り続けてくれるとのこと。
申し訳なさを感じつつも、眠りにつくおれたちだった。
◇
翌日。丸一日、昨日と同じように馬車に揺られながら、退屈な移動時間を過ごしていた。
唯一違ったのが、夜勤をしてくれていた社長が、昼夜逆転して日中爆睡していたことくらいだった。
◇
そしてさらに翌日。
長い長い道のりを経て、ようやく目的地へたどり着いた。
「ここが目的地なの?」
「ああそうだ。ここが今回の目的地、"
霞の森と呼ばれるこの不気味な森。その名の通り、森の周辺から既に霞がかっていて、前が見えにくそうだ。
「運ちゃん、悪いが通り道もない森の中だ。さすがに馬車じゃ入れねぇから、ここらで待機しててくれねぇか」
「こ、こんなところで待ちぼうけかよ。変な猛獣とかに襲われたりしねぇだろうなぁ」
確かに、ここでひとりぼっちはさすがに心細すぎるな。
「大丈夫だ。ちょっとした理由があってよ、この森には猛獣なんて全くいないんだ。おれが保証する」
「本当か? まぁ、アンタの言うことだから信じるよ。この辺で待ってるから行ってきな」
「ありがとう。ちょっくら行ってくるよ」
おれはおっさんと社長の後に続いて不気味な森の中へと足を踏み入れた。
「ヒスリー、案内任せてもいいか?」
「うん。そのために私がここに来たんだからね」
……どういう意味だろう。疑問を抱きながらも、とりあえず社長の後をついていくことに。
道と言う道もない。
目印になるような物もない。
一度入ったらどっちがどっちだか分からなくなるような森の中を、社長はまるで自分の家の近所を歩くかのように迷いなく進んでいく。
「ねぇ社長。こんなどこ見ても木しかないところなのに、もしかして道を覚えてるの?」
「まさか、何年ぶりに来てそんなの覚えてるわけないじゃない」
「だったらどうして……」
「感じるのよ。虎ちゃんの気配をね」
……とらちゃんってなんだろう。全然わからないことだらけだ。
そう思っていたけど、その意味はこの後すぐにわかることになった。
「この先に行けば……」
たどり着いた場所は、木々がなく開けた土地。今までと景色は違ったけど、特に何があるわけでもない。
「虎ちゃん、いる?」
何もない場所に向かって喋りかける社長。すると、何もなかった場所が突如、水色の大きな光に包まれた。
眩しくて思わず目をつぶり、次に目を開けた時にはそこに見上げるほどに巨大な白い虎が存在していた。
生まれて初めて精霊というもの目の当たりにしたおれだった。
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