第12話 武力行使(タッグ)

 敵2人はコートを脱いで走ってくる。距離が近すぎておっさんの邪魔になりそうだったから、横に走って距離を取った。

 追いかけてくるロエリーに正面からハイキックを放つも両腕でガードされ、素早い連続パンチを返してきた。


 同じようにガードで防いでから右ストレートを放つと、相手の右ストレートも飛んできて相打ちで後ろによろけた。


「キミ、歳の割に強いんだね。うちの連中じゃ歯が立たないなこりゃ」

「まるでアンタならおれに勝てるみたいな言い草だね。言っとくけどおれ、負けないよ」


 互いに笑みが溢れた。別に良いライバルだとか、相手を認めたとかそんなんじゃなくて、ただ本能的に気持ちが高ぶってきたからだ。手強いやつが相手だと、たまにこうなってしまう。


 気持ちが完全に戦闘モードに入ったおれ。集中しながらも楽しんでいる変な高揚感と共に、体のギアがどんどん上がってきた。


「いきなりだけど、奥義で畳み掛けるよ」


 超集中状態にしか出来ないこの奥義。偶然にも修行中に発動して、おっさんを追い込んだこともある技だ。


 ……『追い込んだ』はちょっと言い過ぎか。


 おれは戦いの最中に、空を見上げて大きく深呼吸した。


「今日もいい天気だ」


 敵が走ってくる音が聞こえる。頭の中を空っぽに、心の中は清らかに。体の力を抜いて、迎え撃つ。


 敵のパンチを少しの首の動きでかわし、ミドルキックは高くジャンプしてかわした。ジャンプしながら空中で前に回転し、かかと落としを敵の頭部にヒットさせた。


「つっ……。奥義とか言うから警戒してたが、ただのかかと落としとはね」


 おれは敵の発言に構うことなく、服と腕を掴んで背負い投げで地面に叩きつけた。

 倒れた敵に追い討ちをかけようとしたが、地面を転がりながら起き上がり、距離を取られた。


 すかさず距離を詰めると、敵はポケットから折り畳み式のナイフを取り出し、右手に構えた。


「一撃技だけが奥義じゃないっしょ」


 敵は優越感に浸った表情でナイフを振り回してくる。そんな小っさなナイフを持ったくらいじゃ何も怖くないのにな。


 ナイフのリーチに入らないように距離を保ち、敵のナイフ攻撃をかわし続ける。

 そして、タイミングを見計らってナイフを持つ方の手首を手刀で叩き、ナイフを落とさせた。


っ……!」


 一瞬だけど、大きな隙ができた。右足を踏み込んで、体重移動しながら上半身を勢いよく回転させる。

 強く握った左の拳を敵の左頬にめり込ませ、そのまま全力で振り抜いた。


 敵は何メートルも吹っ飛んで、地面に倒れた。今までで一番と言ってもいいくらい、綺麗な左ストレートが決まった。


「エレナ! しゃがめ!」


 そんな時、急におっさんが大きな声で言ってきたのと同時に、おれは何かを感じてその場で屈伸するようにしゃがんだ。

 頭上を通過したのは、おっさんが相手をしているテンが投げてきたナイフだった。


「ねぇ、なんで今のが避けられるんだい? 君んとこの若手はどうなってるんだ」

「あいつは今、超集中状態、"無心茫むしんぼう"に入ってるから勘が良くなってるんだよ」


 そう、それが今使っているおれの奥義だ。


 理由はわからないけど、変に勘が冴えて敵の攻撃が良く見えたり、挙げ句の果てには一瞬先の攻撃が予測できたりと、通常ではありえない超集中状態に入ることができるのが、この奥義の特徴だ。

 さらには体の動きがいつもの限界を少し超えることができるし、敵の動きが見えるから常に冷静でいられる。いいことづくしだ。


「とても興味深い。うちのロエリー君がこうも一方的にやられるなんて」

「心配すんな。あいつだけじゃなくてお前も今からやられるんだ。みんなで仲良くブタ箱に行こうや」

「何か勘違いをしていないかい? ボコボコにやられてはいるけど、まだ負けてはいないよ。ほら、見てごらん」


 完全に倒したと思っていたのに、ロエリーはフラフラと立ち上がった。


「君んとこの超集中が奥義なら、ロエリーの耐久力も奥義と言えるだろう。彼は何度やられても立ち上がる、不死身のような男でね。忍耐力と気合いがずば抜けているんだよ」

「だったら何度でも殴り飛ばしてやるだけだ」


 おれは立ち上がったロエリーの元へ駆け出した。無心芒は解けて通常に戻ったけど、あのレベルなら奥義がなくても勝てる。


 顔面に向けてハイキックを放つおれ。しゃがんでかわされたけど、蹴りの勢いをそのまま生かして1回転して裏拳を振るうと、それもかわされた。

 そして、悔しいことにおれの顔面には敵のカウンターパンチがヒットしてしまっていた。


 フラフラなはずなのに動きが悪くないロエリー。もっと言えばさっきより動きがトリッキーで予測しにくくなっている気がする。

 極め付けは倒れながら見えた不気味な笑顔だ。いったい何を考えているのかさっぱりわからない。


 おれは不覚にも空を見上げながら倒れてしまった。

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