第9話 接近
おっさんは倒れている敵の1人に歩み寄り、胸ぐらを掴んで激しく揺さぶった。
「こら起きねぇか、おい」
なかなか無茶苦茶な光景に見えるけど、なんかおっさんらしいや。
しばらく叩いたり揺さぶったりしていると、意識を取り戻した。
「てめえらのアジトの場所と構成人数、資金源、その他諸々話してくれねぇか」
意外にも脅すような態度ではなく、相談ベースの落ち着いた物言いだった。
それに応じるか突っぱねるかは……、
「ふざけんな、誰がてめぇらなんかに──」
おっさんは食い気味に、そいつの顔面にえげつないゲンコツを振り下ろした。鼻と前歯が折れて血まみれになっている。
「勘違いしてんじゃねえぞ。てめぇら悪人にかける情けなんてひとつもねぇんだ。あるとすれば、情報を吐いてくれたときだけだ」
一変して威圧的な態度に変わるおっさん。敵は圧倒されて完全に震え上がっていた。
「最後のチャンスだ。言うか、言わねえか?」
「い、言います!! だから命だけは!!」
おっさんは胸ぐらを掴んでいたことを利用して、後ろのおれたちの方へそいつを投げ飛ばした。
「武器が近くにあったら何するかわかんねえからな。とりあえずこっちで話を聞こうか」
互いに後方の馬車の前で地面に座り、相手は話し始めた。
「アジトは、ここからあっちの方角に1時間ほど歩いたところにあります」
「でけぇのか?」
「小規模ですが、そこを20人程度で使っているので広く使っています」
「いつから住み着いている?」
「2年くらい前から……」
「強盗以外に資金源は?」
「それは……おれにもわかりません。おれら下っ端はこういう事しかしてなくて。ボス達がいつも何をしているのか見当もつきません」
「そうか。ということは、そのボスはいつもアジトにはいねぇのか?」
「出たり入ったりですけど、ちょくちょく帰ってきます。まったくいないってわけじゃ……」
おっさんは相槌を打ちながら、もういいやと言わんばかりに立ち上がった。
「よし、一旦街に戻るぞ」
本当にもう話はいいようだ。
「でもこいつらどうすんの? ここに置いてけぼりってわけにもいかないんじゃないの?」
「もちろんだ。こういう遠方で犯罪者を捕らえたときは、ふた通りしか手段はねぇ。ひとつは、軍から応援を呼んでくる。もうひとつはおれらが軍までこいつらを連行する」
「この距離じゃどっちも重労働だね……」
おれは率直な意見を伝えた。
「ああ、電話もないこの場所じゃ応援を呼ぶだけで一回帰らねぇといけねえ。もしくは、軍の一部が使える伝書鳩を使えば、待つだけで動く必要は無くなるが、あいにくそんな最先端な技術は持ち合わせてねぇ」
「でも自力で連れて帰るってことになったら、敵さん10人いるから馬車に乗らないね」
「そうだ。だからこの場合は、見張りをつけて呼びに戻った方が賢明だ───本来ならな?」
ん? どういうことだ?
「今回は最愛の娘、ヒスリーちゃんがいるから大丈夫!」
それがどうかしたんだろうか。社長が呆れた表情で前に出てきた。
「お父さん気持ち悪い」
なんて正常な反応だ。おっさんは娘の嫌そうな態度を受けて、口をあんぐり開いている。
「社長、なにするの?」
「え? ああ、そういえばエレナには言ってなかったわね」
そう言いながら社長は両手を合わせてから開くと、手のひらから綺麗な水色の光の縄が出てきた。それを見ておれは驚愕した。
「へへ、実は私も加護持ちなの」
照れ笑いしている可愛らしい一面とは真逆の、何かの獣のような悍ましいオーラを社長の背後に感じた。
そしてその光の縄は、手足のように自在に動き、倒れている敵たちを拘束して持ち上げた。
「このまま引いて行くから、エレナもお父さんも馬車に乗って」
おれたちは来た道を辿ってそのまま馬車で街へ戻った。拘束された敵たちは、まるで風船のように社長の光の縄に引っ張られ、後を付いてきた。
今回、初めて街の外での仕事だけど、こういう地道な作業も大事になってくるんだなと勉強になった。
今までは街の中だったから、敵を押さえるところまでしか考えたことなかったけど、外に出るといろいろ考えなきゃならない。覚えることがいっぱいだ。
◇
再び街へ戻ると、おれたちは真っ先にこの街の軍事基地へと向かった。
朝一から知らない奴らが10人もの犯罪者を担いで来るというおかしな光景に、兵士たちは動揺していた。
とりあえず一部始終を説明すると納得してくれて、身柄を引き取ってくれたけど、おっさんは少し表情が険しかった。
「ここの支部長はどこだ。ロマーニの街から来た自警団フィストが用があると取り次いでくれ」
おっさんがそう伝えると、兵士は小走りで伝達に向かった。
何をするか聞きたかったけど、おっさんの怖い雰囲気を感じて、話しかけることが出来なかった。
しばらく待っていると、さっきの兵士が戻ってきた。
「すみません、支部長は今打ち合わせ中らしくて」
「そうか、ならすまねぇが、ちょいと電話貸してくれねぇか? 家で待ってるカミさんに伝えたいことがあってよ」
「わかりました、事務所まで案内しますね」
親切な兵士は、中に通してくれた。馬車の運転手さんには待ってもらって、3人で入っていった。
受付で事務員さんが使っているであろう電話機をカウンターまで引っ張ってもらい、おっさんは電話をかけ始めた。
「あ、もしもし? 自警団フィストのアラケスです。ドルトス指揮官に繋いでください」
ド、ドルトス指揮官!? っていったらロマーニ支部のあの人じゃんか。カミさんに電話とか言ってたの大嘘かよ。
「ああどうもアラケスっす。今アミノスの街にいるんですけど、ちょっとここの支部長に口効いてくれません? ……いやぁ、街の近くに盗賊が住み着いてるらしくて……いや、そんなことないっすよ。今朝、出くわしてゲンコツいれたばっかだし」
"横"と呼ばれる盗賊集団のことをドルトス指揮官と話しているが、何やら会話が噛み合っていないように聞こえる。
「……そういうことか。なら尚更、話をしなきゃなんねぇな。ドルトスさん。この一件、ウチでやらせて貰えねぇすか? 報酬はそうだな……全員逮捕で60万。あと交通費で5万くださいよ。……は? 交通費込みで50万!? 馬車代って結構高いんすよ! あ、ちょ待っ──」
急な沈黙から察するに、電話を一方的に切られたようだ。おっさんもドルトス指揮官には敵わないんだな。
受話器を置いたおっさんは、そのまま受付の女性に支部長を呼ぶように声をかけていた。
さっき打ち合わせ中って言ってたのに。
「あいにく、支部長のマゼムは打ち合わせ中でございまして……」
「ああ、とりあえずこれだけ伝えてきてもらえませんか? 『"横"の連中のこと、本部に報告すんぞ』ってね」
受付嬢は、戸惑いながらもそれを伝えに歩いて行った。
数分後、受付嬢と一緒に戻ってきたのは、おそらく支部長と思われる小太りのおっさんだった。なんとなく見た目だけでわかる、嫌いな人だ。
「アンタがここの支部長か?」
「はい、なんでしょう」
「おれもまだ半信半疑なんだが、今ハッキリと教えてくれ。アンタよ、横とかいう盗賊の一件、本部には何て報告してる?」
明らかに挙動不審な様子だ。ガキのおれでも何か怪しいってわかる。
「ちょっとここじゃなんですから、会議室に行きましょうか」
あたふたとおれたちを奥に案内したと思えば、部屋に入って席に座った途端に態度が一変した。
「そもそもアンタたち何なの? どこの誰?」
急に太々しい物言いになったな。伊達に支部長やってないって感じだな。
「ロマーニの街に拠点を構える、自警団フィストっていう会社だ。あんたら王国軍の下請けで仕事させてもらってる」
下請けって言いながら下請けがとる態度じゃないけどね。
「自警団? 知らねぇよそんなの。さっさと帰ってくんねぇか?」
「話を逸らすな。質問に答えたら帰ってやるから早く言え」
強がり続ける支部長だが、おっさんの威圧感に押されて変な汗が出ている。
ほんとに嫌なやつだな。どうしてこんなのが支部長になれたんだろう。
「アンタが言わねぇなら言ってやろうか。あの盗賊の連中、何も解決してねぇくせに本部には解散させたとかホラ吹いたろ?」
「な、なにを根拠にそんなことを……」
「ロマーニ支部の指揮官から聞いた。『解散させたが犯人たちは行方をくらませた。だが街に危険は無くなった』と」
おっさんは詰め寄って支部長の胸ぐらを掴んだ。
「何があったのか知らねぇが、あんな危ねぇ奴らを野放しにして街の人が怪我でもさせられたらどうすんだ!? あぁ?」
その怒りの表情に、支部長は完全に萎縮してしまっている。
掴んでいた胸ぐらを投げるように離してから、おっさんは部屋を出ようとした。
「あいつらはウチの会社が引き受ける。テメェが大事にしている支部長の座も、あと5分ってとこだろう」
おれたちもおっさんの後についていき、建物の外に出た。
「状況はわかったろ。これより、盗賊集団"横"を壊滅させる。馬車で現地まで行き、突入するのはおれとエレナだ。ヒスリーは運ちゃんと近場で待機していてくれ」
「了解」
再び馬車に乗り、今度は盗賊集団のアジトへ向けて再出発した。
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