第8話 精霊の加護
「まず、今回の旅の目的は今朝も言ったが、エレナ。お前の修行の最終仕上げだ」
そういえばそんなこと言ってたな。まだ修行は終わってなかったってことね。
「あんまり思い出したくないかもしれねぇが赤い空の日、マルセイドの街でおれが敵を追っ払ったときのこと覚えてるか?」
そりゃ、忘れろって言っても忘れられない過去だよ。でもそれが何だって……。
「あの時、おれは人間技ではあり得ない特殊な力を使って敵を倒した」
言われてみれば、なんか黒いオーラみたいなののが出てた気がする。
あの時はその力というより、おっさんのトータルの強さが印象的だったから気にしなかったけど、空から黒い塊みたいなのを出したり、それを破裂させたり、確かに人間離れした技を使っていた。
「ここからは社外秘だ、言いふらすんじゃねえぞ。あの力は、"精霊の加護"ってんだ」
「精霊の加護……?」
聞いたところで全然ピンとこないワードだ。
「この世界にはな、精霊というおとぎ話のような生き物が存在しているんだ。生き物というか死んでいるんだが、死んでなおこの世に君臨している幻の存在だ」
聞いたことないし、想像もつかない。その精霊ってのはいったいどんな姿をしているんだろうか。
「おれはその精霊の力を借りて、1人では勝てない相手も蹴散らして来た。今回、お前にもその精霊の加護を与えさせるよう、この旅を計画したってわけだ」
なんかよくわからないけど、さらに力を得られるってわけだ。とってもありがたい。
「おっさんの力はさ、どんなことができるの? 今まで修行つけてくれてた時はこんな話1ミリも出なかったよね」
「特殊な力ゆえに、大っぴらに言いたかねえんだ。そんなおれの持っている精霊の加護はな、"黒龍の加護"ってんだ」
「龍って、絵本とかに出てくるあの長ヒョロいやつのこと?」
昔、かーちゃんに読んで貰った絵本に、龍っていう存在が出てきたのを覚えている。
空を飛び回り、人を救うも滅ぼすも機嫌次第でどうにでも出来る、圧倒的な力を持った架空の存在。それこそおとぎ話の世界の生き物だ。
「そうだ。信じられないだろ? でもそんなやつがいるんだよ、この世には。そいつの力で黒いオーラを纏い、遠距離攻撃から防御まで、形を変えれば幅広く対応できる力だ」
「便利だね。それをおれも使えるようになるってことか」
「いや、それはあくまでおれの力だ。精霊は1人に対してしか加護を与えることはできない。お前はもっと別の精霊を見つけて、そいつから力を借りるんだ」
おれだけの精霊を見つける。なんか特別感あっていいな。
「信じられないような話だけど、内容はよくわかったよ。でも、何でおれなんかにそこまでしてくれるの? 今回なっちゃんはいないし」
「ひとつは、お前が男だからだ。差別してるわけじゃないが、ナナみたいなまだ10代の女の子に命懸けで精霊と会わせるわけには行かねえ。おれの個人的な思いだ」
ちょっと待って。精霊って命懸けで会うもんなの? それにおれなんかなっちゃんより歳下なんですけど……。
「あとはな、お前の将来に懸けてみようと思ってな」
「おれの将来?」
「ああ。ミリガンの野郎をぶっ飛ばして、世界を平和にする……だったか。お前なら、やってのけてくれそうだからよ。今どき、軍にもそんなこと言う若者はいねえっつうの」
両親が殺されてから、その覚悟だけは変わらない。もう、あんな残酷で悲しい思いは誰にもしてほしくないから。
「ありがとうおっさん。期待に応えられるよう、頑張るよ」
真面目な話の真っ最中だが、おれは温泉の熱さに体が限界に達していた。
「っていうかもう耐えられない! 先上がらせてくれ!」
慌てて立ち上がり、脱衣所へ直行したおれは、完全にのぼせ上がってフラフラになっていた。しばらくは脱衣所の扇風機の前で動けなかった。
◇
翌朝。まだ太陽も顔を出していない朝の4時に、おれたちは精霊探しの旅に出発しようとしていた。
……めちゃくちゃ寒い。
おっさんの話では、この街から遠く離れた場所にある霞の森という秘境を目指すらしい。
そこに行けば精霊探しのツテがあるんだとか。
移動は街の馬車サービスを利用することに。
高い金を払って特別に貸し切りにさせてもらい、尚且つ遠出になることも運転手さんには了承してもらった。
「それじゃあ運転手さん、よろしくお願いします」
社長と一緒にあいさつをしてから馬車に乗り込むと、すぐに馬車は走り出した。
「おっさん、目的地までどれぐらいかかるの?」
「何時間かかんだろうなぁ。丸一日かかるかもな」
また移動だけで1日かかるのか。もう嫌になってきた。
とりあえず早起きして眠たいから、しばらく寝てよう。寝転がることは出来ないので座ったまま目を瞑り、眠りについた。
◇
────「エレナ、起きろ!」
「わわわわ、あれはきっと"
「運転手さんは下がっていてください!」
そんなに長い間は寝ていなかったと思う。おっさんたちに起こされたと同時に、何やら慌ただしい雰囲気になっていたのに気づき、辺りを見渡した。
「誰、あいつら」
進行方向に、武器を持った男たちが複数人立っていた。
少し遅れて馬車から降り、おっさんと社長の横に並んだ。
「あいつら、街に出入りする輸送業者や旅の人を狙っては金や食料を奪っている盗賊集団です。最近、ここらに潜んでいるようで」
物騒なことするやつらだ。凶器まで持って複数人で襲うなんて許されない。ぶっ飛ばす。
おれは戦闘用グローブをつけて前に出たけど、なぜかおっさんに止められた。
「ちょうどいい機会だ、エレナ。お前に改めて精霊の加護を見せてやる」
そう言って2、3歩前に出るおっさん。
「持っているもん、ひと通り見せろや。金や食料はもちろん、他にも値打ちのありそうなもんは預かっていく」
敵の1人が堂々とカツアゲをしてくるのをおっさんは無視して、おっさんは前に歩いていく。
「聞いてんのかコラァ!」
敵の1人が鉄パイプでおっさんの頭を殴った。
「ただの柄の悪い兄ちゃんたちが、ただ道の真ん中に屯している。だったがそれが今、一般市民に暴行を加えた犯罪者になった。
いいかエレナ、見た目だけで判断して先に手出したら逆におれたちが犯罪者になるから注意しろ。今みたいに、しっかり大義名分を作って正統に戦わないといけねぇ。ちと辛いところだがな」
「なにグダグダ言ってんだ!」
敵がおっさんに向かって再び武器を振るおうとしてきた。
対するおっさんは右腕を大きく横向きに振るい、黒いオーラを飛ばして敵を全員ぶっ飛ばした。
でもそこまでダメージはないように見える。
「
おっさんは片手で収まる程度の黒い玉を何個も作り出し、それを敵全員にそれぞれぶち当てた。
かなりのスピードで飛んでいったその衝撃はなかなか激しく、敵たちは一撃で倒れてしまった。
「どうだ、強ぇだろ?」
おっさんは歯を見せて笑いながら、こちらを振り返った。おれは数年ぶりに改めて見るその力に、鳥肌が立っていた。
「めっちゃ強ぇ! 仕組みはわかんねぇけどかっけぇ!」
あんな凄い力、欲しくないわけがない。早く精霊を見つけて、おれも力を手にしたくなった。
「とりあえず、精霊探しの旅は一時中止だ。こんなのがうろついてるんじゃ、街の人に危害が及ぶ。潰すぞ、この組織」
おれも社長も、おっさんの考えに即座に賛成した。悪党を倒すのがおれたちの仕事だからね。
「まずはこいつらから情報を引き出す」
そう言っておっさんは気絶している敵の方へ近寄った。
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