第14話 王都の衛兵

 由緒ある大国、フラン王国。

 その中心である王都では、絢爛たる街道を埋め尽くすほどの人が行き交う。


 昼間には多くの市場が開き、日常の必需品から他国の珍品までも取り扱われていて、その物資の量、種類、質の高さは、王国の物流が如何に盛んであるのかを表している。


 また、夜には多くの娯楽が人々を魅了する。

 至る所に飲み屋や劇場、賭場に娼館と人の欲望を満たす施設が充実しているため、王都は夜間にも人通りが減ることは無く、眠らない都として繁栄していた。



 そんな華やかな王都だが、その裏には影が存在する。


 賑わう市の陰では貧困層や難民による略奪や窃盗が横行し、依存性の高い麻薬が違法に売買され、金持ちの道楽に消費されていく。

 夜には酒に酔った者同士の争い、死傷者が多発する過激な見世物、破産させた人間の売買、難民による娼館を介さない売春などといった犯罪が後を絶えない。


 そして、そういった犯罪には必ず闇組織と呼ばれる者たちが関わっていた。

 彼らは人々の欲望につけ込み、あらゆる手段を講じて潤沢な資金を得ることにより、真っ当に働く者より遥かに贅沢な暮らしを送ることができるのだ。



 当然、王国もそのような非合法組織を好き放題にしておくことはない。

 彼らを取り締まるため、王都に駐屯させる衛兵を年々増強させることで善良な国民に被害が出ないよう治安を維持している。

 おかげで一部を除く闇組織は活動を制限されて弱体化していき、数を減らしていった。


 こうして王都は着実に浄化されていくかのように思われた。


 しかし、現実は犯罪が減るどころか増加する一方だった。


 それは、貧困や住処に苦しむ社会的弱者が贅沢な暮らしに憧れ、犯罪を犯し、徒党を組むことで消えていった闇組織よりも多くの新興組織が産まれるからだ。


 ――人々が欲望を抱く限り


 ――人々に格差がある限り


 王都の影が薄まることは無く、今日も繁栄の陰で闇を深めていくのだった。


 

 



 


 王都の治安維持に勤めてもう5年になるだろうか。

 この年月が短いと感じるか、あるいは長いと感じるかは各々で異なるだろう。

 だが、王都の衛兵にとっては間違いなく後者だ。

 俺の周りを見渡しても、俺より古株の衛兵なんて数えられる程度にしかいない。


 何故そんなことになっているのかだって?


 ――人手がいないから?

 それはない。王都の衛兵は日々増強されて、人員だけはかなりのものだ。

 まあ、その補充される衛兵の中身は国境警備の前線で問題を起こしたり足手まといと判断された奴らなのだから質は悪いがね。


 ――人気がないから?

 それも違う。王都を守護する兵士ってのは聞こえがいい。

 だから、お家柄の上品な奴らからは人気の仕事だ。

 奴らは大抵、すぐに現場で走り回ることのない指揮官みたいな役職になれる。

 汗を流すこと無く、ある程度続けて経歴に箔が付いたらすぐに衛兵をやめて貴族様になるってわけだ。

 

 ――賃金が少ないから?

 間違いではない。魔が蔓延るこんな世の中じゃあ、腕っぷしに自信がある奴はわざわざお国の兵隊なんてやらない。もっと稼ぎのいい傭兵や用心棒なんかをやる。

 仮に兵隊をやったとしても、それは魔の侵攻を防ぐ前線に配属を希望する。

 そっちの方が国民から尊敬されるからな。



 人手もいて、人気もあって、賃金の問題でないのなら、ベテランの衛兵が少ない本当の理由は一体何なのか。


 答えは単純――――生き残れないからだ。


 何も人を殺すのは魔物だけじゃない。

 王都には殺人を躊躇わない不届き者がごまんといる。

 死ぬ機会には困らないのさ。


 だから、王都で衛兵として生き残るには"作法"を知っておかなくちゃいけない。


 最も、それをわざわざ他人に教えてやるほど俺は親切じゃあないがね。








 日中、賑わう王都の市場。

 そこで俺は市街を巡回していた。

 ここ最近では夜だけでなく、昼間も闇組織の活動が活発になってきている。

 だから、王国も衛兵の巡視を強化していた。


 単独で巡回するには危険の為、最低でも三人一組で動くのが規則になっている。

 俺の前を歩く二人組は、今回一緒になったパーティーってわけだ。



「おい、"ハイエナ"! ちんたら歩くな!!」

「ったく、これだから戦場を知らん奴は……」


「へへ、こりゃあすいませんねぇ。"兵隊さん"方には頼りにしてますよ」



 ハイエナっていうのは、俺のことだ。

 もっと正確に言うなら、俺のような古参の衛兵を指す蔑称だ。

 いつも犯罪の後始末ばかりをしていて、未然に犯罪を防ごうとしないことから付けられた。

 

 そんでもって、兵隊さんっていうのはこの二人のような前線から更迭されてきた補充要員のことだ。

 奴らは前線で戦ってきたことを誇りにしていて、後方にいる俺らを見下している。


 腕っぷしだけで評価するなら、確かに奴らの方が優れているといえるだろう。



「おやぁ? 兵隊さん、そっちは巡回ルートじゃありませんぜ」



 俺たちが今回巡視するエリアは人通りの多い市場で、比較的安全な場所だ。

 だが、奴らは何を思ったのかその市から離れて薄暗い裏路地に入ろうとしている。



「ふん。そんなところでは何時まで経っても成果が挙げられん」

「クズ共をさっさと縛り上げて、我々は前線に戻らなければならんのだ」


「お気持ちはよぉ~く分かりますがねぇ……でも、そっちはやめた方が……」


「怖気づいたか? 情けない。所詮はハイエナだな」

「しかし、貴様には嫌でも道案内してもらうぞ。我々には土地勘がないからな」



 どうやら手柄欲しさに、より危険なエリアを廻りたいようだ。

 いざとなれば俺だけでも逃げ出すので、別にここで言い争う気も無い。


 しかし、無知というのは恐ろしい。

 王都に来たばかりなのだから、どこが危険なのか知らないのは仕方ないとしても……本当に勘の働かない奴らだ。

 今行こうとしている裏路地は、よく観察すればその異常性に気づけたはずなのに。



「本当にやめた方がいいんだけどなぁ」


「ほう。その慌て様を見るに、ここは大物がいるようだな」

「尚更都合がいい。早く来い!」



 こいつらは読みが当たったとばかりに得意げな顔をしながら、俺を無理やり連行してその裏路地に入っていった。


 真昼間だというのに、日の当たるところが一切ない薄暗い路地。

 一日中建物の影になっているせいか路地に入った瞬間寒気を感じさせる。



「ちっ、暗いな。おまけに肌寒い。不快な所だ」

「唯一の救いは、予想外に綺麗に整備されてることだな」


「……」



 そう。この路地には、ゴミ一つ落ちていない。

 こいつらの感想は"綺麗"だったみたいだが、俺からすれば不気味でしかない。


 普通、裏路地ってのは不衛生なものだ。

 生ごみが転がり、酔っ払いが小便を垂らし、運が悪ければ殺された死体も拝むことができる。そして、それらの汚れがこびり付き、腐敗臭もきつい。

 つまり、汚い上に滅茶苦茶臭いのが普通なのだ。


 だというのに、ここはゴミどころかあるべきはずの不快な臭いもない。

 辛うじて近くにある市場から漂う食い物の匂いがする程度だ。


 王都だからって、こんな裏路地まで整備されていると勘違いしてはいけない。

 こんな人目のつかない所まで真面目に巡回するような熱心な衛兵は、今頃墓の中で眠っている。

 

 一般人はもちろん、衛兵も、酔っ払いすらも近寄らない場所だとすれば、一体誰がここを通るのか。

 少し頭を働かせれば分かるものだ。



「おい、この路地はどこまで続いているんだ?」


「さあ? 俺も奥までは行ったことが無いものでねぇ」


「使えん奴だ……む、あそこに人がいるぞ! 話を聞いてみるとしよう」

 


 路地を進んでいくと薄暗い中から数人の集団が見えてきた。


 近寄ってみると、どうやら全員が女だと分かった。

 扇情的な装いから察するに、おそらく娼婦なのだろう。



「おい、女。このようなところで何をしている」


「あら、こんなところで衛兵さんなんて珍しい。どうかされましたか?」


「質問に質問で返すんじゃない。答えろ、何をしていた」



 体格のいい衛兵に詰め寄られても、気にする様子のない女達。

 まるで部外者はこちらだと云わんばかりだ。


 事実、その通りだろう。

 こんな人通りのないところで客を探しているわけがない。

 ここが危険な場所だというのは明白だ。

 だというのに彼女たちはごく自然とこの場所に溶け込んでいる。

 つまり、ただの娼婦ではないということだ。



「この近くに店がありましてねぇ。夜になるまで皆で世間話をしていただけですよ」


「こんな薄暗いところでか?」


「フフフ、こんな格好で大通りは通れないでしょう?」



 そういって女はくるりと身を一回りさせ、際どい衣装を見せつける。

 すると"兵隊さん"共は鼻を伸ばして女の身体に釘付けとなった。



「よければ夜に店へいらしてくださいな。サービスしますよ、衛兵さん」


「うむ。店はどこにあるのだ?」


「この先、もっと奥にありますので」


「ほう。ちょうど今からこの先を行くところだ。ついでに見てくるとしよう」


「そうですか。それはそれは……」



 すっかりその気になっているこいつらに、女達はニコリと笑って見せる。

 その笑顔を見て、我先にと急いで奴らは進んでいく。


 俺は、その後を追わずに女達へ尋ねた。



「ここ最近、どこも物騒だというのにここは静かだねぇ」


「おや、あなたは行かなくていいの?」


「まだこの世に未練があるからなぁ」


「……それは残念ね」


「だが、確かここの"主人"は今この国にいないはずだったが」


「あら、知っていたの」


「これでも古株なものでね」


「鬼の居ぬ間に、ってやつかしら。"新参者"が市街で派手に暴れているようだけど……、鬼の住処には手を出さない程度には能があるみたい」



 とんだ皮肉だ。

 無法者共ですら危険なものには近寄らないという本能が働くというのに、王国の治安を守る衛兵がそれに気づけないでいるという皮肉。


 ここは、この王国で最も危険な闇組織の拠点の一つとなっているところ。

 女帝マチルダの住処の一つだ。


 彼女が王国を離れた後、裏社会の縄張り争いが激化していたとしてもここは半ば暗黙の了解で聖域となっているのだ。



「しかし、中にはいるだろ? 虎穴に入らずんば虎子を得ずと考える怖いもの知らずの奴らが」


「そうねぇ。あの御方が王国から離れた後、そういう事がいくつかあったみたいだけど……"鬼"は一人だけじゃないのよ」


「……まさか、あの幹部たちが王国に?」



 マチルダを頂点とした組織は、王国の裏社会の大半を支配している。

 彼女の影響力は王都だけに限らず、主要な都市にも及んでいるのだ。


 つまり、王都をマチルダが管理しているように、他の都市を管理する幹部が存在する。"彼女たち"はマチルダほど有名なわけではないが、噂によればマチルダにも引けを取らないほどの美貌を持つという。


 その幹部がもし、王都に来ていたなら……。



 彼女たちは俺の問いには答えなかった。

 代わりにクスクスと笑いながら、路地の奥を覗いている。

 

 その数秒後、路地の奥から叫び声と共に走ってくる"兵隊"共の姿が見えた。 



「はぁ、はぁ、はぁ……た、たすけっ、助けてくれぇええ!」

「腕がッ、俺の腕がぁああああ!!」



 血だらけになりながら必死に何かから逃げている。

 そして、俺たちの視界に入った瞬間――――



 バタッ バタッ


 奴らは四肢が切り裂かれ、ばらばらの肉片となって斃れた。



「ッ! これは、一体……何で斬られたんだ!?」



「――――ッチ、んだよ。まだいやがったのか」



 声と共に、バラバラになった死体の奥から出てきたのは一人の女。

 金色の長い髪と、薄暗い中でも映える白い肌が特徴的な美しい女だった。


 この外見と粗暴な口調、裏社会で思いつくのはただ一人。

 マチルダの最側近である『エマ』だ。



「まあいいや。おい、これ片付けておけ」


「――……は、はい! すぐにでも片付けさせていただきます!」


「……次はねぇぞ」



 そう言い残し、鬼は再び闇の中へ消えていった。

 その場にいた娼婦たちも、俺と肉片をみてクスクスと笑いながら去っていく。


 残された俺は、エマの命令を忠実に従うことにした。

 女の言いなりで情けないとか、同僚を殺されて悔しいという念は欠片も無い。


 こういうことは慣れている。

 俺は"ハイエナ"の蔑称に相応しく、手際よく死体を片付け始めた。

 


 この王都で生き残る作法は、これだ。


 強者に逆らわない。特に、女には。


 戦う相手を間違えてはいけない。




 王都の治安は守ろう。その為にならず者と戦ってもいい。それが仕事だからな。

 

 だが、バケモノ退治は専門外だ。

 馬鹿正直に悪の全てと戦うようじゃ、長生きできない。



 片付けが終わり、その場を去る。

 俺は帰り際に振り返り、路地の奥、その暗闇を覗く。



「はぁ……。今日も王都は異常なし、か」



 暗闇は何に染まることも無く、今日も王都の影で揺らいでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る