第13話 エルフもどきの自由
エルフもどき――エルフと人間が交配してできたといわれている存在
しかし、現実にエルフと人間が交配したという記録はほとんどなく、歴史上でも数える程度しかない。
そのため未だにエルフもどきは人間なのか、それともエルフの亜種なのか議論が分かれている。
エルフと瓜二つの見た目でありながら寿命は人間とさほど変わらず、また、人間とエルフもどきの間には普通の人間が生まれる。
このことからエルフもどきは人間という説が主流となっているが、エルフもどき自体は一般的な人間に比べて体が多少丈夫で、魔法を扱うために必要な魔力を多く内包しているという特徴もあって一概に人間だと断言することができない。
また、エルフもどき同士かエルフとの交配でしか生まれることがないため非常に数が少なく、最も数が多い『アクロス』以外では迫害や奴隷狩りから生き延びたエルフもどきがごく少数いるに過ぎない。
だからか彼らの同族や仲間に対する想いは強く、一度抱いた愛情や仲間を傷つけた敵に対する憎悪を簡単に忘れないことから性格はエルフに近いとされている。
結論として未だ彼らの生態には謎が多く、また希少であることからエルフよりもエルフもどきの方が人類にとって未知な存在であるといえる。
一つ確かなのは、歴史の中で彼らが"自由"を許されたことは一度もない。
それを認める国も人もいなかったということだ。
一晩たった今でも思い出すと震えが止まらない。
昨日会ったあの"エルフもどき"の女。ユーリーは彼女を"マチルダ"と呼んでいた。
今まで見てきた中で最も美しく、冷酷な貌を持つ女。
純血主義のエルフが人間に向ける表情も、彼女が僕に向けていたものに比べれば親愛すら感じられる。
きっと、あのとき僕が生かされたのは彼女の気まぐれだ。
あるいは興味すらなかったのかもしれない。
どちらにせよ、ユーリーが心配だ。
顔見知りのようだが、あのエルフもどきは何か覚悟を決めていたような顔つきをしていた。
「人間相手に心配だなんて、我ながら呆れたもんだよ……」
人間は相変わらず好きでも嫌いでもない。
それは変わっていないはず。
だからこそ、この心境の変化に戸惑いを隠せない。
そんなことを考えていたら、いつの間にかユーリーが泊まる宿屋に着いた。
その宿から丁度出てくる女が1人。見間違えることは無い。
――マチルダだ
僕の視線に気づいたのか彼女もこちらの方を向いた。
「……あなた、昨日のエルフね」
「ぁ、あぁ、そうだよ。それより"あの人間"は無事なんだろうね」
やはり昨晩のことが脳裏に浮かんで彼女とまともに話せない。
だけど、よく見ると彼女の表情は穏やかでどこか優し気なものになっている。
昨日の彼女と同一人物とは思えないほど雰囲気が違う。
「おかしなことを言うのね。当然無事よ。まだ寝てる彼のために今から朝食を買い出しに行くところなの。私はお腹いっぱいだけどね」
そういって彼女は下腹部あたりを摩る。
(どういう意味? 1人で朝食を先にとったということ?)
何はともあれ、ユーリーが無事ならそれでいい。
本当は直接会って確かめたいが、無理にそうする必要も無い。
彼が大使としてこのアクロスに来た以上、必ずまた会うことになる。
今は一刻も早くこのエルフもどきから離れたい。
「そうか。それじゃあ僕はこれで失礼するよ」
「――待ちなさい」
「ヒッ」
回れ右をして駆け足で帰ろうとしていた私の肩を掴み、呼び止めるマチルダ。
予想だにしない行動に思わず変な声が出てしまった。
「な、何か用? 僕、これでも忙しい身なんだよ」
「忙しいエルフが人間の心配をしに来たのかしら?」
「……」
随分と耳に痛いことをいう。
こうなると僕は黙って立ち止ることしかできない。
「アクロスには久しぶりに来たのよ。何か美味しい朝食があれば紹介して欲しいのだけれど」
「君、アクロス出身だったのか……。その割には気が強いんだね」
ここアクロスで見ることのできるエルフもどきは皆、抜け殻のように生気のない者ばかりだ。
目立たないよう身を潜め、言葉も最低限しか話さない。
他国にいるエルフもどきがどうなのか僕は知らないが、見たことがあるという仲間のエルフから聞いた話ではどこも大差ないという。
だからこそ、これほどまでに自我の強いエルフもどきは珍しい。
「15年以上も前になるかしら。そのときフラン王国へ亡命して以来だから随分と街並みが変わっているわ。変わっていないのは、"私たち"と"あなたたち"の関係くらいかしらね」
「――ッ」
彼女の言葉に、思わず息を呑んでしまう。
それは、彼女個人の感想ではなく"彼女たち"全体の総意のような気がしたからだ。
「……違う、違う! 確かに僕は今まで彼女たちに歩み寄ることはできなかった。だけど、僕は昨日変わったんだ。彼女たちと初めて話し合うことができた。むしろ、変わっていないのはこの国の人間たちだ!」
「あなたがそう思っているのなら、それでいいわ。――少し時間があるようだし、面白いものを見せてあげる。ついて来なさい」
そういっておもむろに歩き出すマチルダ。
アクロスが久々といっておきながら、その歩みに迷いはない。
彼女が向かった先は、エルフだけが住まう特区の入り口だった。
「そういえば、あなたの名前を聞いていなかったわね」
「……エドだ」
「じゃあエド、質問に答えて欲しいのだけれど、この朝の時間帯に"私たち"はどこにいるか知ってる?」
簡単だ。エルフもどきたちは夜になると歓楽街で立ち並び、身売りする生活を送っている。反対に朝や昼のような日の出ている時間帯は建物の影で身を潜め、気配を消しているのだ。
辺りを見回せば、建物の影からこちらを呆然と眺めている彼らが見える。
「身を潜めて隠れている。彼らの活動時間は夜だからね」
「正解。じゃあ、あれは目に入るかしら?」
そういってマチルダが指を差す。
その先にあるのは特区の入り口の前で団体になり、何やら抗議をしている人間たちの姿。
言われてみれば、最近は毎日のようにいる気がする。
彼らが何に騒いでいるのか、何を訴えているのか興味もなかったからあまり気にもしていなかった。
「どこの国にもいるわ。"平等"だの"自由"だのを求めて抗議する人間たちが」
「滑稽だね。なぜ僕たちエルフにそんなことを訴えているんだ? 僕たちは襲われない限り人間の生命を傷つけることは無いし、人間たちの生活にも大きく干渉していない」
「だけど、このアクロスではエルフと人間の立場に明確な上下関係がある」
「僕たちが人間たちに敷いた法は、エルフもどきたちの扱いに関するものだけだ。彼らの安全を保障する中で、人間たちには自由を許している。見当違いの言いがかりだね」
全く遺憾だ。
人間たちがこれまでに行ってきた非道を制限したに過ぎない。
人間が生きていく中で何一つ不利になるようなことはない。
「人間に対する理解が甘いわ。人はね、自己利益の最大化を抑えることができないの。"私たち"を利用して、更なる富が欲しいのよ」
「――そんなの、我儘だ。それのどこが平等だ! 自由だ! ふざけるな!」
「上辺だけの言葉に大きな意味は無いの。ただ耳障りがいいでしょ? みんな好きだもの。平等や自由という体のいい言葉が」
「やっぱり人間は醜くて嫌いだ。"制約"さえなければ今すぐに駆除してやりたいよ!」
強い憤りを感じる。
身勝手で、醜い。ユーリーのような人間だけが残ればいい。
その他はいらない。そう強く思う。
「果たして、あなたたちエルフにそんなことを言える道理があるのかしらね」
「……どういう意味?」
「考えても見なさい。彼らは自分たちが傷つけられないと知ってて、安全と分かった上で高らかに抗議ができるの。対して"私たち"は物陰から物言わずにそれを眺めているだけ。あなたは私たちが彼らよりも"自由"だと思う?」
「そんなはずないだろ!」
「そう。つまり、彼らは声を挙げれば挙げるほど、自分たちが今自由であることを証明しているの。逆に声を挙げれないのは、その自由がないから」
「……なぜ、なぜ君たちは声を挙げてくれないんだ!?」
昨日もユーリーと議論した内容。
彼は、僕たちエルフの傲慢な態度がそうさせているといった。
それには理解できる。
だが、それでも声にしてもらえばもっと早く解決できるはずなんだ。
「それはね、怖いからよ」
「怖い……そんなことで?」
「あぁ、もっと分かりやすく言えば、自分の命が惜しいんじゃない。自分が反抗することで、仲間の命が脅かされることが怖いのよ」
「――ッ」
言葉にならない。
彼らの仲間意識は非常に高い。
だからこそ虐げれてきた歴史の中で、今でも生き延びることができたのだ。
それが逆に彼らを縛っていたとは、考えもしなかった。
「実はね、昨日の晩からユーリーのことを追っていたの。だから彼とあなたが何を話していたか、だいたい知っているわ」
「……」
「彼は優しいからあなたには伝えなかったみたいだけど、私はハッキリ言ってあげる。"私たち"があなたと会話をしたのは、
「――」
「それはそうよね。長い歴史の間、虐げられる私たちをあなたたちは見ているだけ。待っていただけ」
「ァ」
「別に、それは罪じゃない。しょせん、あなたたちにとって私たちは他人事なのよ。でも、だからこそあなたたちに人間を責める道理もないでしょ?」
「そん……な……」
突きつけられた現実が、深く胸に刺さる。
ユーリーとは違う、剥き出しの真実が私を責め立てる。
「あなたはこの国の人間は変わっていないといったけれど、それは間違ってる。彼らは日に日に変わっていってるわ。より大胆に、より貪欲に。エルフが自分たちにとって脅威でないと気づくのは時間の問題ね」
「ど、どうすれば……」
「そんなの知らないわ。ただ、今のあなたたちがいるのは人間と話し合った結果ではないことは確かよね」
「だけど、僕たちは彼らを傷けられないから……」
「頭を使いなさい。狡猾であることは卑怯じゃない。目的のために行う手段は全てが肯定される。それを阻むものは全て踏み潰す。踏み潰した数だけ、前へ進めるの」
「それは横暴じゃないのか……? 暴力で解決するなんて……」
「意思なき"力"は暴力でも、目的のための"力"は理性と呼ぶの。言葉や金よりも確実に変化をもたらすわ。――今、それを見せてあげる」
そういうとマチルダは建物の影の中へと歩いていく。
次の瞬間、抗議していた人間たちが次々と倒れていった。
(あれは、昨日の黒いナニかだ。あれの正体は"影"だったのか)
集団の半分が倒れた頃、人間たちは恐怖に駆られて走り逃げていく。
彼女はその逃げる集団に向けて影の力を使い、先頭を走っていた数人も倒した。
前を走る者が倒れたことによりさらにパニックを起こし、人間たちは我先にと前の者を押し倒し、踏みつけながら逃げ去っていった。
「フフッ、殺してはいないわ。ただ、彼らに恐怖を植え付けたの。これで二度とここに集まることはないでしょうね」
「……」
人間たちが去り、次に現れたのは建物の影に潜んでいたエルフもどきたちだった。
彼らのマチルダへ向ける眼差しには、恐怖と畏怖、そして羨望と崇拝の念が込められている。
「私についてきなさい。あなたたちに"自由"をあげる。戦う自由を、守る自由を、そのための手段を選ぶ自由を与えてあげるわ」
カリスマという言葉の意味を僕は初めて理解した。
彼女が人間を追い払う姿を示したことで、エルフもどきたちの目に意思が宿る。そして、今後彼らはきっとマチルダの一挙一動に従うだろう。
マチルダの持つ"力"に惹かれて。
「……――マチルダ、一つだけ聞いていいかい」
「なにかしら? エド」
「君の思想は、ユーリーとはかけ離れているように思える。そのうえで聞きたい。なぜ昨日の晩、"君たち"はユーリーを信頼したんだ?」
彼は互いに歩み寄り、理解しあうことで前に進もうとした。
だけど彼女は力をもって目的に向かい進もうとしている。
相容れない思想のはずなのに、どちらも彼らを魅了する。
それは何故なんだ?
「間違っているわ、エド。彼も私も、手段は違えどその本質は変わらない。すべきことを実行し、紡ぐ言葉は覚悟と真実を込めている。だからこそ彼らの心を突き動かすの」
「それじゃあ、その二つが衝突したらどうなる?」
「簡単よ。強いほうが勝つ。それだけのこと」
マチルダは迷いも無く当然のように言い切った。
それはあまりにも単純で、使い勝手の悪い不便な真実。
だからこそ上辺だけの平等や自由が多用されるのだろう。
困ったことに、僕はこれに反論できる思想を持ち合わせていない。
「その相手がユーリーだとしても、君は勝利を選ぶのかい?」
「当然。むしろそうなることを望んでいるわ。彼の思想はとても強く愛おしいけれども、それを屈服させて彼を得ることが私の運命なの」
「ははっ、運命ときたか……」
「さて、彼が起きる前に朝食を買いましょう。案内しなさい、エド」
「……仰せのままに、マチルダ」
このまま彼女についていってしまおうか。
僕がユーリーに抱く感情も、
マチルダの運命も、
エルフもどき達が得た自由にも興味が尽きない。
その道を選び、進むのも、僕の自由だ。
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