第9話 王様の変貌

 政務室で今後の展望を考えていた。

 以前なら"信頼における男"と相談して方針を決めていたが、今は1人だ。



 ――正気じゃない、というべきなのだろうか


 "その男"は、私の期待に見事応えて勇者を連れて戻ってきた。


 その勇者が女だったことは、大した問題ではない。


 さらに、その女を誑し込んで妻にしたことも些細なことだ。


 必要なのは勇者だという事実と、その名声。


 国王の配偶者として送り込む計画が頓挫したところで、勇者がこちら側の陣営にいるのであれば大局は変わらない。



 それがまさか『勇者を普通の女として過ごさせて欲しい』といってくるとは……あの男が女に対して博愛を興じていたことは知っていたが、ここまでとは思いもしなかった。


 結果的に、勇者を利用するという計画は破棄せざる終えない状況になったのだから笑って済む話ではない。


 私が勇者を諦めた理由は、もちろん情にほだされたわけではない。


 勇者という娘が"正気"とは思えなかったからだ。

 色恋という狂気に犯され、何をしでかすか予測がつかない。


 そんな者を当てにした計画など、最初から破綻している。


 おかげで私は腹心とも呼べるその男を見せしめのために『西の都市国家群』へ左遷せざる終えなくなった。


 腹心を失い、計画も白紙となり、状況は最悪だ。




 だが、何も悪いことばかりが起こるわけではない。


 最近、私の敵対する派閥の様子がおかしいのだ。

 正確には、奴らの擁する傀儡の王『メトロス35世』が暴走していると表現するのが正しいか。


 傀儡を操る大臣たちの法案を悉く否決し、政策の邪魔をしている。


 お飾りの王とはいえ、国王の認可無しに法を敷くことなどできるはずもない。



 これは好都合だ。

 

 奴らは制御の効かない傀儡を廃そうと働くだろうが、私がそれを阻止すればいい。


 今度は私の率いる派閥が国王の後ろ盾となり、奴らの権力を削ぎ落す。


 当然、今の国王が私の言いなりになるとは思えないが、奴らの実権を奪えればそれでいい。



 

 しかし、いくら傀儡が幼いとはいえ、持ち主に逆らうなど"正気"ではない。


 今まで何も言わず、ただ感情のない目で座っていただけの王が最近になって意志を持ち始めた。


 一体どこのどいつが傀儡に魂を吹き込んだのか知らないが、大したものだ。



 ――つくづく、"女"とは不思議な生き物である









「しばらく時が経てば、呼び戻してやる」


 自ら左遷を命じた男を見送るというのは、複雑な心境だ。

 しかし、信賞必罰というのは国家という組織においても公平でなければならない。


 でなければ忽ち国家は腐敗し、政治家は汚職に手を染める。


「お心遣いに感謝します、ローウッド閣下。都市国家群へ左遷というのも粋な計らいですね。せいぜい亜人の"エルフ"を拝んで気長に待っています」



 西の都市国家群『アクロス』――通称"エルフの国"といわれており、亜人の"エルフ"といわれる種族と人間が共存している地域だ。


 その起源は古く、かの有名な"深淵の森のダークエルフ"が築いた国が基となっており、その国が分裂して現在の都市国家群になったといわれている。

 そのためエルフの国という印象が強く、事実エルフの住まう地区に人間は立ち入ることができない。

 

 エルフの特徴は見た目が人間に近く、耳が長いこと、魔法を扱えるものが多いこと、そして何より容姿が美しいことだ。


 女好きのこの男、ユーリ・ハワードにしてみれば目の保養で旅行気分なのかもしれない。



「ところで、勇者はどうした。連れて行かないのか?」


 荷物も一人分だけのようで、周りを見回しても勇者の姿が見えない。


「先日、少しの間距離を置こうと話し合ったばかりです。それも踏まえれば今回の左遷は渡りに船といったところですよ」


 本音をいえば連れて行って欲しいところだ。

 伝説の化け物を屠り、人類の希望と云われていようと、私からすれば制御できないバケモノだ。


 さすがに癇癪を起して王都を破壊してまわるとは思わないが、得体のしれないものは不安要素にしかならない。


「大丈夫です。むしろ、今は俺と一緒にいるほうが暴れだす可能性があります」


 相変わらず人の考えを言い当てるのが上手い。


 勇者といえど、この男の前では若い女でしかないということか。



 だが、問題はもう一つある。


「"マチルダ"はどうする」


 勇者に負けず劣らずの化け物じみた女。

 ここ15年余りで王都の裏社会を完全に支配した女帝"マチルダ"はこの男の情婦だ。


 勇者が王都にきてからしばらく姿を見せていない。

 活動もしていないらしく、王都の治安が悪化しているという報告もある。


 その原因は間違いなくこの男との痴情のもつれだろう。


 正直、あの女が未だにこの男を生かしているのも不思議なほどだ。


 あれほど冷酷で残虐な魔性の女でも色恋に囚われるのだろうか。


 やはり女というのは理解できん。



「……――もしかしたら後ろから刺されるかもしれませんね」


「……そうなったら花くらいは手向けてやる。お前らしい最期だと笑ってやるとも」


「できれば『助けてやる』と言って欲しかったんですが」


「馬鹿を言うな。私が命を賭けて助けるのは愛する妻と我が子だけだ」


 人間、守るべきものは多く作るものではない。

 その対象を明確にし、それを軸に生きていかなければ人生を見失う。


 それは大臣だろうが一国民だろうが変わりはしないだろう。



「――ですね。そうあるべきです。では閣下、そろそろ時間ですので俺は行きます」


「あぁ、達者でな」


 見えなくなるまで見送る必要も無い。

 振り返り、手を振るような奴でもあるまい。


 互いに反対方向へ進み、奴との別れを済ませて城に戻るとしよう。


 私のやるべきことはまだまだ多いのだから。








 案の定、城に戻ると怪しげな黒装束の集団が王のいる部屋に襲撃をしていた。

 城内の衛兵は都合よく外に追い出されており、襲撃者を阻む者はいない。


 私が事前に潜ませていた私兵が王の部屋を護っていなければ、王は暗殺されていただろう。


 襲撃者たちの死体を跨ぎ、王の部屋へ入る。


「陛下、ご無事で何よりです」


 部屋に入ると、そこには怯えた様子も無くただ机で何かを書いている子供がいた。


「ローウッド大臣か。君の予想通り、襲撃者が現れたよ」


 振り返り、こちらを見据える子供はフラン王国、現国王メトロス35世だ。


 子供ながら目や鼻筋がはっきりしており、近い将来に花開く美貌に期待させる。

 金色の髪は輝く太陽を、白い肌は日向を彷彿させ、一目で普通とは異なる気品を感じさせる。


(流石は国王として祭り上げられるだけのことはある)



「これで、君の敵である大臣たちを粛清できるね」



 当然、この襲撃者の雇い主は抑えている。

 その雇い主から吐き出された情報には、奴らの名があった。


 粛清するには十分すぎる証拠だ。



「しかし、本当によろしいのですか? その中に、陛下の"叔父"も入りますが」



 そう、メトロス35世を擁し、事実上摂政となっている大臣は王の叔父にあたる。

 私の敵対する派閥の中心人物であり、排除できれば力関係は大きくこちらに傾く。


 しかし、いくら王の暗殺を企んだ大逆人といえど血縁者を粛清するとなると、この王と何かしらの禍根を残す可能性がある。


 なので、王自ら決断してもらうことが大事となる。



「それなんだけどね、ボク考えたんだ。この紙に書いた人たちを免責にしたいんだけど、そしたらローウッド大臣は怒る?」



 手渡してきた一枚の紙には、今回の首謀者にあたる大臣の名前が数人いた。


 それもただ無作為に選んだのではない。

 どれも派閥の中心人物で、権力を持つ大臣ばかり。



「情に流されましたかな? ここで甘い顔をすれば、奴らは再び王を害しますぞ」



 冗談ではない。

 こいつらを排除できなければ依然として力関係は拮抗したままだ。



「気を悪くしないで聞いてほしんだけど、ボクと君は"友人"じゃない。だから、もしかしたら今後、ボクはまた何も言えない王様になっちゃうかもしれない。それだとボクの"望み"を聞いてもらえないかもしれないよね」


 ――なんだと?


 私と奴らを拮抗させることで自分の王としての価値を維持するために?

 こんな年端も行かない子供が、そんなことを考えていると?



「安心してよ。約束通り、ローウッド大臣を摂政にする。ボク、政治とかよくわかんないし、興味ないんだ。ただ、ちょっとした"望み"を聞いて欲しいんだよ」



 この王は、"君臨すれども統治せず"を目指しているということか。


 そこまでして望むものは、一体なんだというのだ。



「その望みというのは?」


「大したことじゃないよ。ボクのたった1人の"友人"を護ってあげたい。そして諭してやりたいんだ。今その友人は間違いを犯していて、それを正してやれるのは"友人"であるボクしかいないからね」


 ――悪寒がする


 恐怖……いや、狂気を感じた。


 この幼い王からとてつもない深い業を感じた。


 一体何をすればこんな子供にこんな表情をさせられるのだろう。


 妖しく哂うその貌は、もはや"女"だ。


 おそらくその友人とやらがこの王を変えた人物。



「……しかし陛下。信賞必罰が世の理。皆、誰が今回の襲撃を企てたか勘づきますぞ。その首謀者が無罪では国家が腐敗していきます」


「じゃあ、この城を護るはずだった衛兵たちを全員処刑にしよう。彼らも君の敵に加担した者たちだ。質が足りなければ量で補おうか」



 本当に子供か?


 城に詰めていた衛兵なら、王も面識があるはずだ。

 だというのに、顔を知っている者を躊躇なく切り捨てようとしている。


 これは子供特有の残酷さなどではない。

 その顔に浮かぶのは無邪気さではなく、理性だ。

 明確な意思を持ち、意味を理解して言葉にしている。



「彼らはただ利用されたに過ぎません。陛下の護るべき無垢な国民、家族のようなものでございます」



「大臣、ボクは実の母に捨てられて王になったよ」


「――ッ」


「家族って、便利な言葉だよね。怒りも悲しみも、"家族だから"って言葉で忘れたふりをしなくちゃいけない」



 これは、王の根幹からくる思想だ。


 それはどんな賢人の言葉も塗り替えることのできない信条といってもいい。


 この王にとって家族とは、同情するようなものではないのだ。



「でも"友人"は違う。裏切りや不誠実な行いをすれば、"友人"ではいられなくなる。逆に言えば、裏切らず、誠実な信頼関係だからこそ"友人"たりえるんだ」



 友人――王にとってこの言葉は抽象的な表現ではない。


 この王にとっての"友人"とは、特定の個人を指すものだ。


「ボクは"友人"のためなら家族だろうが国民だろうが"利用"する。大臣、君なら分かってくれるよね? 大切なものは、明確にしておくべきだ」



 王は確信していた。

 その言葉に、私が頷くことを。


(あぁ、私の信条すらお見通しという事か)


 恐るべき才覚だ。人の本質をよく見ぬけている。

 しかし、だからといってこのような子供が到達できる思考ではない。


 元々、素質があったということだろうか。



 ――お飾りの王にしておくには、惜しいな


「陛下の仰せのままに」



 私はそれだけを言い残し、部屋を出た。


 もはや反論はない。


 傀儡の王が、本物の王になったというだけのこと。




 この世は狂気に溢れている。


 でなければ、このような子供が産まれる筈がない。


 狂気の中で正気でいられるほど、優しい世界ではないのだ。




 このおんなは正気ではない。

 つくづく、不思議な生き物だ。

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