火炎ギター侍見参 パイロット版

卯月

火炎ギター侍見参 パイロット版



 遥かな未来。地球は隕石群の衝突により荒廃した。幾つかの大陸は沈み、一部の海底は山脈となり、栄華を極めた文明は壊滅した。

 ――――だが、人類は滅びていなかった。99%以上が死に絶え、自らが築き上げた文明による恩寵を失っても、未だ今日を生き抜き明日を求めた。


 ビルの瓦礫の間の朽ち果てたハイウェイを一台の電気式四輪トラックが何かに追い立てられるように猛スピードで走っていた。

 座席には老夫婦が恐怖を張り付け、時折後部カメラを確認しては焦燥に駆られている。荷台には荷物を満載している。それらの積荷を捨てればおそらくは一時の安寧を得られるのだろうが、それを選択してしまえば今日を生きられるかどうかも分からない。

 荷物は水と食料、それに医療品。水と食料は何とかなるが、医療品だけは死守せねばならない。この荒廃した世界で医療品は旧文明の遺産の中でも特に価値がある。医療用ナノマシンなら一年分の水と食料と同等の価値が、消毒液のボトル一本でさえ三日分の食料と交換になる。

 何よりも老いた自分達には明日の夜明けを見るにはどうしても薬が必要だった。例え今日で80歳を迎えた所で死を恐れる感情は無くならない。

 そしてそれは哀れな老人を追いかける一団も同じ事だった。

 トラックとの距離を徐々に縮めながら土煙を上げる三台の大型バイク。モーターサイクルは静音性が売りのはずだが、なぜか大音量のエキゾースト音をわざわざスピーカーで垂れ流しながら爆走する様は滑稽にも思える。

 ただし追われる老夫婦からすれば無慈悲な死神の咆哮としか思えない。迫りくる死を悟った旦那の心臓は先程からずっと破裂しそうなほどの速さで血液を送り出して必死で逃げろと警告している。妻も爪が肉に食い込むほどに自分の手を握って神に祈っていた。

 残念というべきか無慈悲というべきか、夫人が祈った神からの返答は素っ気ないものである。

 後ろに気を取られ過ぎた旦那は障害物センサーの警告に気付かず、朽ちたハイウェイに転がる瓦礫に激突。トラックは大破横転して停止。スクラップとしてぶつかった瓦礫の仲間になった。

 老人は血まみれになりながらトラックから這い出て妻を探す。辛うじて使い物になる目が離れた場所でうつ伏せに倒れた連れ合いを見つけた。

 碌に動かない左足を引きずりやっとのことで駆け寄り、老人は絶望する。長年連れ添った妻は頭が潰れて脳が飛び出ていた。


「オオオオオォォォォ!!」


 老人は変わり果てた妻を抱き上げて絶望と悲痛の混じり合った嗚咽を上げる。その声に招き寄せられるかのように捕食者達は哀れな老夫婦を囲んだ。

 バイクから降りた四人の男達は異様な姿をしている。屈強な筋肉を誇示するかのような半裸に鉄鋲を打ち込んだ肩パッドを着け、同じように鉄鋲のレザーパンツを履き、多様な銃と大型ナイフで武装していた。

 髪型も中央のみを残して左右を剃り上げたモヒカンヘアーと呼ばれる前時代に廃れたスタイル。個性を出すためなのか全員赤や緑など色違いに染めている。

 赤髪のモヒカンが横転したトラックのそばに転がっていた容器の蓋を開けて頭に豪快にかける。


「ヒャッハー水だ水だぁーー!!!」


「おい後にしろよっ!」


「いいじゃねーか、どうせもう逃げられっこねーんだし。食糧もたんまりあるぜ。こっちは――――けっ!」


 悪態を吐いて袋の中身を空にぶちまける。高く上がった物は太陽光を反射してキラキラと美しかったが、地面に落ちて瓦礫に混ざってはもう元が何であったのか分からない。


「こんなご時世に石ころなんてまだ持ってたのかよ。馬鹿な年寄りだぜ」


 別の青髪モヒカンも足元に落ちたルビーやエメラルドを蹴飛ばして瀕死の老人を嘲った。ほんの数年前ならこうした宝石の類も財産になっただろうが、文明と秩序の崩壊した世界において最も価値があるのは水と食料、命を繋ぐ医療品。あるいは緑髪のモヒカンが老人に向けた純粋な暴力の結晶である銃器だろう。

 拳銃を向けられた老人は死を覚悟して、妻の亡骸を強く抱きしめる。


「おい待て。こんな死にぞこないに弾の無駄だ」


 リーダー格の金髪モヒカンに咎められた緑は銃をホルスターに戻して腰に差した斧に持ち替えた。

 製造と流通の死んだ今の世界では銃弾一つでもそれなりに貴重品だ。節約するに越した事はない。

 ほんの少しだけ寿命が延びたが結局結末は何も変わらなかった事実を受け入れた老人は驚くほど穏やかな気分になり、振り上げられた斧を見てせめて一足先に逝った妻と天国で再会できるように神に祈った。

 その瞬間、廃墟に耳を塞ぎたくなるような不協和音が鳴り響く。辛うじて何かの旋律の態を留めている様だが、音のあまりの不快さに吐き気さえ覚える。

 老人はこれが天使のお迎えと思い、天国とはずいぶんと騒がしく居心地の悪い場所と思ったが、モヒカン達も狂った旋律に苛立っているのを見て何かがおかしいと気付いた。

 段々と大きくなる――否。音源が近づいてくるのを悟ったモヒカンは瀕死の老人を放って得体のしれないナニカに備えた。

 モヒカン達の頬から汗が落ちる。赤髪が対抗して瓦礫にショットガン一発を放ったが、金髪に無駄だと言われて止めさせられた。

 そして唐突に音が止み、静寂の中から人影が現れた。

 男だ。大きくも無ければ小さくも無い。筋肉はそれなりにあるがモヒカンに比べれば貧弱。碌に手入れをしていないボサボサの黒髪を申し訳程度に紐で縛って纏めている。

 服装はこのご時世にかなり珍しく草履履きに着流しの和装。武器は持たず、代わりとして廃材を寄せ集めて作ったようなダブルネックギターを肩から吊るしていた。先程のイカれた旋律はこの男のギターから生まれたに違いない。

 ダルそうな目つきの和装男はモヒカン達と死に瀕した老夫婦をそれぞれ見てニコりと笑う。


「飯だぁーーじゃない!!義を見てせざるは勇無きなり!」


 盛大に取り繕った男はギターのネックを金髪モヒカンに向けて弦をかき鳴らす。

 たまに見かける気の触れた狂人と断じたモヒカンは煩いし相手にするのが面倒だったので、勿体ないが銃弾の一発でも恵んでやろうと銃を構えようとした。

 ―――――が、金髪モヒカンは突如として火だるまになって転げ回る。


「ヒャッハー汚物は消毒だぁーーーーーー!!!」


 和装の男の狂った叫び声と共に呆気にとられていた他のモヒカンも次々と燃え上がり、残るは青髪だけとなる。

 モヒカンは見た。狂ったように叫びながら弦をかき鳴らす男のギターの先端から白い炎が絶え間無く吐き出されて空へと昇っていく様を。

 動かなかくなった仲間を見て、どうやってこの窮地を脱するか考えた青髪が出した結論は仲間を放って自分一人で逃げる事だ。

 全てを放って自慢の改造バイクに跨り始動キーを捻る。軽快なモーター音と振動が勇気を湧き立たせてくれた。

 後は逃げるだけと一瞬だけ気を抜いてしまった青髪は死神が舞い降りたのに気付くのが遅れてしまう。


「仲間を見捨てて逃げるのは良くないぜ!そういう悪い子にはおしおきだっ!!!」


 背中を刃物で切り付けられたモヒカンはバイクからずり落ち倒れたスピーカー付きバイクの下敷きになった。

 上を見上げれば最高にいい笑顔の男が覗き込んでいる。恐怖に駆られたモヒカンがろれつの回らない舌で何かを話そうとしたが、男の方はハイテンションで全く聞いていない。


「地獄のファッキン鬼どもによろしく言っておいてくれ!その内殴りこみに行ってやるとなっ!!」


「ま、まっへぇああー!!」


 静止になっていない言葉は光のような白炎に遮られて最後まで聞こえなかった。

 悪漢は相棒のバイクと共に炎によって浄化された。彼はこれから仲間と共に地獄で毎日バイクを乗り回していることだろう。



 悪を燃やした狂人が元の場所に戻ってみると、老人は息も絶え絶えな様子。血を流し過ぎたのだ。

 ギター男が膝をついて脈を取ると、すぐに首を横に振った。


「悪は燃やしたが、あんたは助からんぞ」


「いいんだ……儂は長い事生きた………これ以上妻の居ない生はいらん」


「墓ぐらいは掘ってやる。対価はあのトラックの荷でいいか?」


 男の提案に声も出なくなった老人はただ笑って逝った。



 ギター男は老人との取引を一応は守った。何故一応なのかと言えば体全部を埋めるだけの穴を掘らずに首だけ切って埋めて身体は燃やした。面倒くさいからだ。

 弔いを済ませた男は意気揚々と散乱した積み荷を拾い集める。

 缶詰に真空パウチのような食糧品は言うに及ばず、石鹸や裁縫道具のような日用品も何気に価値が高い。医療品も救急セットごと手に入った。最高なのは治療型ナノマシンの圧力注射器が数本入っていたことだ。これは超が付くほどの貴重品である。

 残念なことに元モヒカンの焼死体からは何も手に入らなかったが、幸運にも放り出されたショットガンと拳銃が一丁ずつ手に入った。

 その上、二台のモーターバイクに積んであった食糧弾薬は無傷なまま。それら全てが手に入ったとなれば笑いが止まらない。

 残ったバイクのうち、大型でより荷物を積める方からスピーカーを外して荷を積み、ギター男は軽快なモーター音を響かせて廃墟に背を向けた。



 数か月後、この廃墟を通った商人の一団がボロ布が引っかかった一台のバイクを見つけて拾い物と喜んだ。

 布には『火炎ギター侍見参!!』と血文字で書かれていたので商人達は首を傾げた。


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