3. 居酒屋の喧騒
「おー! ひっさしぶりじゃん! 元気してた!?」
何年振りかの同窓会に参加してみようと思ったのは、どういう風の吹き回しか、僕自身にもよく分からない。先日の先輩の行動が原因になっているとは、自分自身うっすら感じていたが、考えたくなかった。
「久しぶり。ずいぶんとハゲたな」
「うっせー! みんな平等に歳食ってんだろ!」
昔の面影はあるものの、みんなすっかり大人の顔になっていた。自分も年相応に年齢を重ねられているのか、少し不安になる。結婚した奴、子供が生まれた奴、会社でそれなりのポジションに上がった奴、自分で起業した奴。みんな各々の人生を歩いているようだった。
「お前全然顔見せないで、何してたんだよ~!」
酒が入るなり、雄二が声をかけてきた。一緒にバンドを組んでいた仲間の一人だ。
「別に、普通だよ普通。雄二は今何やってるの?」
自分のことを話すのはなんとなく気が引けて、質問で返した。
「俺? 俺は次のプロジェクトリーダー任されて忙しいんだよ~。彼女からも最近は結婚匂わされるし大変だぜ」
大変だと口にするその顔は、満更でもない様子がありありと見て取れた。仕事とプライベートが充実していて何よりだ。
「正樹はどうなの?」
「俺?」
今度は出し巻きを食べていた正樹に、話を振ってみる。こいつはベースで、喧嘩っ早い雄二のストッパーによくなってくれた。学生時代に家族よりも濃く深く時間や感覚を共有していた頃が懐かしい。
「俺はまぁ、ぼちぼちかな。嫁ともそこそこ上手くやってるし、仕事はそこそこ楽しいし、それなり」
「お前は結婚早かったもんなぁ。子供はまだか?」
ニヤニヤと雄二がすかさず反応する。
正樹の結婚式は覚えている。人生で初めての結婚式で、しこたま酒を呑んで、雄二と騒いだ。僕たちを置いて、早々と大人になってしまった正樹を見て、少しだけ寂しくなった記憶がある。
「その質問、いい加減に聞き飽きた。お互い充実してるからいいんだよ」
「そういうもんかね」
今度は不服そうに、雄二が答える。
「それに俺、子供そんなに好きじゃないし。めんどくさいってのが正直なところだよね」
ビールを口に含んで答える正樹。
「正樹は大人だね」
「ま、確かにめんどくせーけどさ~。家に待ってる女がいるのは、なんつーか、こう、仕事に対して全力出せるじゃん。飯とか作ってくれてたりしてさ、あーこいつのために稼いでこよう、みたいな。そんで子供も居たりなんかしたら、もっとがんばれるっつーかさ」
そう言って、ふわふわと想像している雄二。
「じゃあ結婚すればいいじゃん」
「簡単に言うなって! 色々、男としての準備とか、なんやかんやあるんだよ!」
僕にはいまいちピンと来ないけど、そういうもんなんだろうか。
焼き鳥の串を口に運びながら、ビールを飲むサマは妙に貫禄がある。老けたなぁと他人事のように思った。
―――――
「そういや、お前、まだ刈谷先輩とバンド組んでるの?」
会場の雰囲気も落ち着いてきた頃、唐突に雄二が話題を変えた。
「あ、それ俺も気になってた」
話に乗ってくる正樹。
「ああ、まだやってるよ」
腹が膨れて入って行かないビールを見つめながら僕は答えた。
周りの喧騒がどんどん遠退いていく気がした。
「もう俺ら、いい歳だぜ? いつまでそんなお遊びに付き合ってんだよ」
「お前ちゃんと働いてんの? 刈谷さんは悪い人じゃないと思うけど、俺もつるむのはもうやめた方がいいと思う」
「音楽から逃げた奴らに何言われても、痛くも痒くもないんだわ~」
笑いながら、茶化して言ったつもりだった。
心の中は怒りや、焦燥感や、劣等感や、そういった感情がダムの放流のように勢いよく流れて僕を翻弄していた。
「あのな、現実ってものを見ろよ。いつまでも芽の出ない夢にしがみついて、大事な時間を浪費するのはバカのやることだぜ」
「現実見て、なんか良いことあるのかよ。正社員が偉いって言いたいのか?」
「もうガキじゃないんだよ。お前が一番よく分かってるだろ。いい加減、目を覚ませ」
「夢を諦めたことを大人になったとかほざいて、自分にとって都合のいい言い訳にしてんじゃねーよ。てめえの夢も叶えられなくて、何が大人だ。そんなんクソくらえだ」
「二人とも飲みすぎだって、その辺にしとけよ」
正樹が間に割って入った。アルコールで感情が先行する。さっきの放流が大きな波となって、口の端に上ってくる。
売り言葉に買い言葉だ。今にも掴みかからんばかりの雄二を正樹が止める。
他の同級生が何事かと野次馬根性丸出しで、好奇の眼差しで僕たち二人を見つめてくる。
「落ち着けって」
尚も宥める正樹を掻い潜り、雄二が言う。
「大人になれよ! いつまでも刈谷のコバンザメしてんじゃねえよ! 俺たち、来年30だぞ!」
「なんの目的もなく生きてたって、歳なんか勝手に食うんだよ! 自分の人生でどうしたいか、自分で決めるのが大人だろ!」
僕も負けじと言い返す。不毛な争いだ。どうしたって、受け入れられない。夢を諦めた雄二は負い目もあるのだろう。僕だって、正しく生きているように見える雄二に劣等感丸出しだ。
手にしていたジョッキはビールが半分以上残っていたが、僕はイッキに飲み込んだ。
ダン!とテーブルに強く叩きつけて、僕は言った。
「いろんなことを言い訳にして、自分を押し込める人生なんて、僕はごめんだね! 雄二は、あの頃僕らが大嫌いだった大人そっくりだ。そうやって、勝手に老けていくがいいさ」
そのまま席を立った。……つもりだった。
ガクッとよろけ、醤油の入った小皿や焼き鳥の串が転がる机に手をつく。足に力が入らない。飲みすぎだ。
「クソッたれ」
盛大に悪態を吐き、無理やり立ち上がり、あっちへフラフラ、こっちにぶつかりながら、なんとかその場をあとにした。
「おい、大丈夫かよ」
「誰か面倒見てやれよー」
「心優しい奴はいないのか~?」
大きな声で野次を飛ばしている同級生の声が聞こえた気がしたが、僕はそれどころじゃなかった。
もつれる足を必死に動かし、なんとか店を出たところで、力尽きた。
店の入り口前で、盛大に吐いた。
久しぶりの酒を勢いよく煽ったものだから、その波は止まることを知らなかった。
自分から流れ出る極彩色のゲロを他人事みたいに眺めながら、僕はゆっくりと意識を手放した。
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