第37話 GAMEの行方 2
テンシキの儀を司るねずみ達を誘拐してまで、憧れていた人間になってはみたものの、それ程ヒトというのは魅力的な生き物なんかじゃなくて、金や出世や相手との距離感や、胸糞悪い上昇志向や嫉妬と虚栄心。
そんな倫理と常識という名の下で人間たちは、灰色の顔をして薄ら笑っているばかりでした。
夏の青々とした芝生の上で寝転んで、入道雲の彼方を夢見たり。
暑さにすっかりうな垂れた向日葵を元気づけたり。
追いかけっこで離れ離れになったトンボを慰めたり出来たのは、猫として分をわきまえていた心の余裕のお陰でした。
あぶらたにの7つの子たちは、決して口には出さないまでも。
猫の方が良かった。
と、思い始めていました。
住処に鎌倉を選んだのは、都内よりも家賃が安かったのと、一戸建てのシェアハウスが軒を連ねる地域があったからで、江ノ電やサーフィンや花火大会には全く興味はありませんでした。
にゃんこハウスと名付けたマイホームは、古民家を改築した平屋の物件。
真っ白い壁と小庭。
見つけたのはダイアナでした。
人間になった当初、庭の中でぎゅうぎゅうになりながらねこの盆回しを踊って、笑い転げて眠りに就いた日々は仕合せでした。
フローレンスとベティは生活の足しになればとキャバクラで働きはじめ、仕事のストレスからかホストクラブにも通うようになりました。
ランは、江の島の土産物屋に勤めましたが、そこで目にする沢山の野良猫達を見て精神を病んでしまいました。
好きな時に欠伸をして、想い想いに喧嘩をしたりじゃれ合ったり。
自由な生活が羨ましかったのです。
引きこもりがちになったランの姿に、スーは捨て台詞を吐いて家を飛び出してしまいました。
「そんなおねえちゃん大嫌いだ!」
あれから1週間。なんの音沙汰もありません。
末っ子のミキは、北区の外れの会員制クラブで働いています。
つい先日。
「もうすぐみんなにすっごいプレゼントがあるの。楽しみに待っていてね」
みんなのまとめ役、お母さん代わりのダイアナからすれば、いつもニコニコ笑っているミキは、家族にとって大切な存在であり歯車でした。
「楽しみにしてるね、私は家を守るからね。みんなのにおいがしみついたこのにゃんこハウス。今はバラバラになっているけど、フローレンスもベティーも、ランもスーもお兄ちゃんも、きっといつかは家に戻って来るわ。ねこの盆回しまたやろうね。無理しちゃだめだよ」
「あいあいさあ!!」
天真爛漫なミキには、人間界に染まって欲しくないとダイアナは思っていました。
プレゼントという気遣いよりも、変わらないでいてほしい。
それだけが願いでした。
お兄ちゃんはというと、朝から晩まで工事現場で働いて、仮眠の後に日付が変わるまで、鎌倉の大衆酒場で焼き鳥を焼いていました。
余り物のモモ塩や、砂肝にレバーは、あぶらたに家の朝ごはんの定番となりました。
お兄ちゃんは決して弱音を言いません。
人間になれば、スリリングでドラマティックな生活が送れると、妹たちに思い込ませた責任を感じていたからです。
それは大間違いでした。
金の為に心と身体を酷使する日々。
人間の世界は、住処も、着るものも、食べ物も、お金と交換で手に入れる仕組みなのです。
ぞっとするようなニュースもお金絡みがほとんどで、そんなものの為に生き様を放棄する人間がいるのが信じられませんでした。
今まで見上げていた憧れの世界は、見下すくらいにちっぽけで、先の見えない一方通行の不安は、ひとりぼっちで膝を抱え込むしかありませんでした。
それが人間。
「楽して稼ぎたいなら偉くなれ」
人間界で耳にした言葉には何の説得力もなく、他人に搾取されないで人生をどう過ごすのか、お兄ちゃんは常に頭を悩ませていました。
空っぽの心の隙間に太刀打ちできる術は見当たらなくて、置いてきぼりにされたプラットホームの自分は死んだ魚の目をしている。
それでも生きて行かなくてはならない理由は・・・。
答えられる人間などいませんでした。
手のひらに刻み込まれたあの頃の十字架。
眺める度に甦る北北東の島の記憶。
身動きの取れないゲージという鉄格子の中で、猫の分を弁えながら生き方を模索していた毎日。
あの真っ青な海の向こう。
気まぐれな空と月明り。
甘い甘い若葉のかおり。
やさしいお日さまの下で自由に生きる。
そんな細やかな夢は、人間になっても一緒でした。
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