第22話 マダム界のパルチザンはチーズがお好み
マルグリーデは、この世に生命を受けてから、覚悟していたことがありました。
どんな姿や形であれ、全うした生を送るにはそれなりの見返りが必要だということ。
擬人のなれの果てと蔑まれた者達は、生まれ持った肉体を離脱する意味をないがしろにして、欲望のまま死んでいきました。
それが仕合せなのかはわかりません。
黒歴史が物語ってはいても、興味はありませんでした。
世界大戦という不幸な歴史の後、異端を排除する動きが広まった時代。
国家再建に尽力した加藤一族、開拓者の夏目金之助公爵。
時の擬人の多くは、それなりのおこぼれにありつきながら、慎ましやかに生活を営んで、子孫を残し、そして去っていきました。
マルグリーデも、そういうものだと思っておりました。
庄五郎と愛を育み、翔也とりりという宝物と一緒に、歳を重ねて終わりを迎える。
擬人は生まれながらにして擬人であり、己が擬人である事実は無条件で受け入れなくてはならないのです。
マルグリーデは自ら率先して、仲間達の水先案内人を買って出たのでした。
楽しそうだから。
それだけの理由で。
とはいえ、生活も御座います。
家事をないがしろにする訳には参りません。
綾野姫実篤家の主婦業は、他とはだいぶ変わっておりました。
報酬として、月30万円が支払われるのです。
もちろんそれは、庄五郎のポケットマネーでした。
週休2日で有給休暇も御座います。
家政婦さん達は、マルグリーデが休暇を心置きなく楽しめるようにと、仕事には一切の妥協を許しませんでした。
3人一組のチームで、作戦総司令官、清掃特殊部隊、調理・洗濯普通科部隊、子育て応援隠密部隊、総勢10名からなる機動部隊は、24時間の臨戦態勢で職務を全うしたのでありました。
ところが、物々しい雰囲気と圧迫感には、マルグリーデ本人が耐えられませんでした。
部隊の縮小を提案し、お掃除ロボ・うんぱっ!そして、食器食洗機、ピザ専用焼き窯と大型グリルの配備を、庄五郎に懇願したのです。
それまでの、年3回支給されていた賞与の廃止を交換条件として。
小股のキュッと切れ上がった威勢のいい、マルグリーデの噂話は、たちまちのうちに柳ねこ町一帯に広まって、マダム界の最後の砦・曰く、お茶の間の革命家・曰く、ハウスメイカーパルチザン等と呼ばれるように相成ったので御座います。
朝ごはん後の、お皿洗いをしながら、マルグリーデはみたらしと雪之丞に言いました。
何故でしょう、食器食洗機を使うそぶりは御座いません。
猫に小判、いつまで経っても使い方が解らないのです。
「ふたりとも、お手伝いしてほしいの。3人で楽しく洗いましょう」
大きなシンクに向かって、3人でくっつきながら食器を洗っている光景は、にゃんもにゃいと宛らであります。
「ふたりにはね、ネコジンたる振る舞いを、これから先、心がけていてほしいの。もう猫ではなくなったのだから、人として、だけどネコジンとしてプライドだけは棄てないでね」
「あ、あの・・・ぼく・・・」
「どうしたの?」
「気になってる事があるんだ・・・あの・・・聞いても・・・」
マルグリーデは、長くて奇麗な人差し指を、みたらしの唇に宛がいながら言いました。
「しーッ、詮索するのは良くないわ。おのずとわかってくるものなのよ。それが、大人になるってことかしら?人の言葉を借りるならね」
みたらしはしょんぼりして、スプーンだのフォークだのを、ガシャガシャ音を立てながら洗い続けました。
マルグリーデはふふと笑って。
「ゆきちゃんは、大丈夫おやびん?」
と、言うと、雪之丞の顔を覗き込んで目を細めました。
ゆっくりと時間をかけながらの瞬き。
長いまつげはしばしばと、時間にふかれています。
雪之丞はそこに、愛情を見つけました。
だから素直に言葉に出来たのです。
「けっこう毛だらけ、猫灰だらけ」
人として、照れくさそうに笑えた瞬間でもありました。
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