第21話 人口増加問題と擬人に関わる研究所
研究所の薄暗い書庫の片隅に積まれた段ボール。
擬人にまつわる書物ばかりが、埃を被って眠っています。
それを目にすると、自然と悔しさが込み上げて、いつか陽の目を見るであろう我が身を想像しながら云十年。
オカルトブームに便乗して、国内外に信者1万人を抱える宗教法人・ハイウエストミラーマン。
その代表を務める江国直樹には、もうひとつの顔がありました。
秘密結社・人口増加問題と擬人に関わる研究所の総監でもあったのです。
擬人は全世界に存在し、その姿形を変えて人間界に紛れ込んでおりました。
古典落語の中で女を誘惑し、最期には鉄砲で撃たれるタヌキ。
花魁に化けて、大判小判をくすねた野良猫。
ヒマラヤの奥地で目撃された雪男。
狐の嫁入り、雪女なんてのも擬人のなれの果てで御座います。
他にも何処かの大統領や、総理大臣や芸能人、文化人に至るまで、その勢力は現在も拡がりを続けているのです。
昨今、地球上で増え続ける人口増加の一端を担っているのも、実は擬人で御座いまして、仲間内ではネコビト・タヌキビト・キツネビト・カエルビト・スズメビト等と呼ばれております。
江国直樹が、この問題を学会に提起したのが21世紀ほやほやの年の頃。
それから5年後、商業出版の夢は叶わず、自費出版で擬人本を出すも大赤字。
妻は早々に荷物をまとめて実家へ戻り、あとには養子の佑月だけが残されました。
それでも良かったのです。
愛する娘と共に、生涯を全うできるのなら仕合わせだと直樹は思っておりました。
佑月が思春期を迎えた頃、お風呂上りにバスタブ一枚の姿で直樹にこう言いました。
「パパ、パパの面倒は私がずっと見てあげる。私ね、パパのママになるんだ。だから安心して。ずっとずっと一緒だよ」
直樹は、娘との親子関係を不協和音の恋愛と思うようになっていて、いつでもぴょんぴょんとついて歩く佑月を、それはそれは過保護に育てました。
無論、男女の関係にはありません。
対する佑月は、父親である直樹を少なからずも意識しておりました。
支配される者と、支配する者。
母親が居ない現実も、佑月にとっては好都合でした。
目の前の相手を独り占めに出来るからです。
それは本能でした。
独占欲の強いウサギビト・江国佑月もまた、擬人だったのです。
柳ねこ町からJRで15分、品川の外れの高級住宅街に聳える大豪邸。
父親との2人だけの生活は、とてもハッピーで申し分なく、佑月は娘として親には従順でした。
そうすることで、見返りもあったからです。
誕生日やクリスマス、ホワイトデーやお呼ばれのパーティー。
欲しいものは何でも買って貰えました。
直樹名義のクレジットカードも持っています。
インスタ映えするお店を探して、大学の友人らとぴょんぴょん騒ぐ姿は、何処から見ても人間そのものでありました。
無論、娘が擬人であることは、直樹は知る由もありません。
灯台下暗しとは、よく言ったもので御座います。
江国家の食事は、全てがデリバリーです。
朝・昼・晩と、江国家御用達の割烹料理店から運ばれる品々は、主に旬の野菜がメインのコース料理でした。
そんな家庭で育った佑月が料理上手な訳もなく、綾野姫実篤家で振る舞ったハヤシライスが大失敗に終わったのも無理もありません。
「それで、どうだったんだい?翔也君は良くしてくれたのかな?」
と、直樹。
「ええ、お父様、疑うことを知らない男なの。それは青臭いってことだわ」
「そっかそっか」
「ハヤシライスは失敗したけど、男子厨房に入るべからずなんて遠い昔の戯言よ、女に料理を求めてるのが腹立たしいけど・・・私は我慢してあげる。だってお父様の頼みだもん」
佑月は、お茄子とパプリカのサラダを頬張りながら澄まし顔。
そんな娘の姿に、直樹はきゅんきゅんときめいてしまうのでありました。
良く出来た娘だ。
「お父様の為だったら、私なんでも出来る気がするの。だけど・・・」
「だけど何かね?」
「綾乃姫実篤一族が擬人だなんて・・・」
「その証拠を掴んでもらいたいんだよ。無理にとは言わないから、嫌だったら直ぐに辞めたって良いんだよ。愛する我がドーターちゃん」
「お父様?」
「ん?」
佑月は、直樹の背後へ回って、両腕を胸元に絡ませながら言いました。
「決定的瞬間を撮るには、それなりの道具が必要でしょう?だって、歴史をひっくり返すような大仕事だもん。ミラーレス一眼と、望遠レンズがあったらなあって・・・」
「あ、それもそうだな、ドーターちゃん」
「でしょでしょ!あとぉ・・・」
「あと?」
「スマホも最新のやつに変えたいなあって・・・万が一の為にね、ミラーレス一眼が壊れちゃったりしたら困っちゃうじゃない?」
「それもそうだな、流石だねドーターちゃん」
親ばか子ばかのなれの果てとはこれ如何に!
「あとねお父様、動きやすいお洋服と、動きやすい新しいスニーカー!」
「お、そうだな」
「そして、くら~いところでもちゃんと見える、ポールスミスの限定モデルの腕時計!」
「イイねイイね」
「スパイ本国ってアメリカ?今後の為にも、語学研修行きたいなあ・・・」
「・・・」
「そしてねお父様、聞いてる?」
「あ、ああ、もちろん」
「一人暮らしもいつかはしなきゃでしょう?中目黒がいいなあ・・・出来たら高層マンションの最上階で、見晴らしも良くてお洒落なカフェが近くにあって・・・そしてね、毎週友達とパーティー開けるくらいのフロアがあったらいいなって、だけど私ね、あまりお父様に無理はさせたくないから
未完。
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