第9話 ねこのしっぽ

この時期、朝晩は気温も幾分下がって、過ごし易くはなるのですが、お天道様がぐんぐん上がり始めると、行き交う人々も、もちろん猫たちも、煮詰め過ぎた白菜みたくクタクタになってしまうもので。

両腕はだらんと垂れて、皆一様にうつむき加減で御座います。

シャキッとしているのはお巡りか消防士か。

ともかく、年中毛皮を羽織っている猫にとっては、過酷な季節で御座います。

この町の消防士さんは、今まさに、救出活動の真っ只中。

ハシゴを忍者の様にかけて昇って行くレスキュー隊員てのは、いつ見ても頼もしいじゃありませんか。

天晴れで御座います。

そんな彼らとは対照的に、土管の中では密談が行われておりました。

神ねこ主様を筆頭に、みたらしと雪之丞、びびりのよもぎがぎゅうぎゅうになりながらのヒソヒソ話。

眠り姫のあんこは未だ夢の中。

あぶらたにの7つの子たちは、土管の上からライア救出作戦を見守っておりますが、どうも中の会話も気になる様子で、ピンと聞き耳を立てております。

神ねこ主様の声は、いつもと変わらない有り様で御座いますから、内緒話も土管の中で反響しまくってダダ漏れ。


「悪魔と契約を交わすというのか。良いか良いか、お前らにはその覚悟があるのか、禁断の果実はほろ苦くて甘く、神々しい光を放ちながら舞い降りる天女の羽衣なのだぞ、良いか、ツナ缶ではない、羽衣じゃ、羽衣のツナ缶、旨いぞ、喰ったことはあるがか?ないだろう?そうだろう。それでも良いのか?」


みたらしはハイとだけ答えました。

雪之丞は、一緒にされたくはないのか。


「私はイヤ、猫のままで充分よ。みたらしはないものねだり、私は現実を素直に受け入れるの。仕合わせなんてどこにでも転がってなやしないから・・・」


ビビりのよもぎは、ずーっと神ねこ主様のおひげをブラッシングしておりまして一言も喋らない。

しかし、その口の片隅に、きびなごの尾っぽの欠片が付いているのを神ねこ主様は見逃さなかった。


「よも・・・よもぎ・・・お前も・・・偉くなりおってからに・・・」


みたらしは、話の腰を粉砕骨折。

訳の分からぬ与太話に等、付き合いたくはなかったからです。


「教えてくれるんですね。人間になる方法を!?」


「ああ・・・もちろん・・・」


「ど、どうすれば・・・どうすればなれるんですか?」


「簡単なことだよ。猫というプライドをかなぐり捨て、奴らに媚び諂い、頭を床にこすり付け、崇め奉り、ヨイショして褒めちぎって有頂天にさせてしまえば良いのだ・・・近くにいるぞ・・・直ぐ近くに・・・丁寧に慎重に、お大事にアゲアゲしてやるんだ、気分を害してはならんぞ、とにかく・・・土下座でもなんでも・・・言う事を・・・くっ、ぐぬぬ・・・」


神ねこ主は、言葉に詰まってそれ以上は話せませんでした。

しくしく泣き崩れてしまったのです。

みたらしと雪之丞は、ぽかーんと口を開けたまま固まってしまいました。

その時です。


『たたたたたたた、多分・・・おっしゃれらたいのは・・・しっぽ、しっぽ、しっぽ、ををっ!」


急に話しかけられて横っ飛びした2匹は、土管の中から飛び出してしまいました。

すると、拍手喝采が聞こえて、土管の上にいたあぶらたにの7つの子たちもキャッキャキャッキャの大騒ぎ。

ライア救出作戦大成功の瞬間です。

レスキュー隊員に抱かれたライアは、地面に降ろされるや否や脱兎の如く走り去る。

それを見た雪之丞。


「まるでうさぎね」


と、粋なセリフで土管の中へと戻ります。

後に続くみたらしは、言葉の主を見て驚きました。

ビビりのよもぎが、初めて口を動かしているのを目の当たりにしたからです。


「・・・踏んづけてもらうのノシ・・・」


その声に、雪之丞の冷静沈着な言葉が響きます。


「あんた喋れたの? てか、ノシってなに?」


さて、みたらしは人間になれるのでありましょうか?

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