第10話 そこのけそこのけ綾乃姫実篤みたらしが通る
またたび銀座アーケードに居並ぶ商店は、開店直後とあって活気に満ちております。
配送トラックや清掃車が行き交う中を、夏休みのちびっ子達が駆けて行く。
となると決まって、豆腐屋の女将が大声でもって。
「車に気を付けんだよ!ほら、危ないじゃないか!」
なんて光景、懐かしくはありませんか?
古びたアーケードには不釣り合いなパティスリーカフェ。
店の真鍮を、乾いた布切れで丁寧に拭き上げる見習いパティシエ。
珈琲専門店からは香ばしい匂い。
雑居ビルから現れた、ほろ酔い気味のホステスさん。
場末のスナックと煙草の残り香。
「もたもたしてんじゃねえぞ、焼豚上がってんのかい?」
と、ラーメン屋。
「垂れ幕の位置ずれてるよ。もうちょい右」
と、写真屋。
「おはようございます。遅れてすみません」
と、花屋の新人アルバイト。
日常の声が飛び交うトンネル。
それがこの、またたび銀座アーケード。
「おい!あれ!気を付けろよ、粗相がないようにな!」
仏具屋を営む自治会長が指差す方向から、シャンシャンと鈴の音が聞こえて参ります。
悠然たる足取りのみたらし。
その姿からは、抜き足、差し足、忍び足といった、猫界の三種の神器の面影は見当たりません。
それどころか、後をついてくる雪之丞すらも、つまらぬ太鼓持ちに見えてしまうのですから、先ほどの密談の効果たるや恐るべきで御座います。
自治会長は、ゆでダコみたいな真っ赤で叫ぶや叫ぶ。
「おい、綾野姫実篤様の猫様だ!道を開けろ道を開けろ!!」
立場上、こうなってしまうのも無理もない話でして。
この商店街の修繕費用や維持費用、それら全てを賄っているのは綾乃姫実篤庄五郎に他ならず、そこで飼われている猫も、自治会長にとっては立派なスポンサー様でありました。
そこのけそこのけ、控えおろう!
首輪の鈴が紋所で御座います。
「ねえ、みたらし。ねえってば?」
雪之丞の声は、若干イラついている様子。
「なんだい?ぼくの決意は揺るがないよ。だって、チャンスなんだもん。神様がくれたチャンスなんだもん」
「神様なんていないわ・・・人間なんてくだらない生き物よ、私はお勧めしないわ。猫の方が自由気ままでいいじゃない」
「だけどさ、それって人間社会にどっぷり浸った、飼い猫のぼくたちだから言えるんじゃないのかなあ」
「一緒にしないで、私は違うわ」
「そうかなあ・・・雪之丞は人間になりたくないの?」
「イヤ」
「なろうよ。ぼくだけじゃ心細いもん」
「イヤイヤ」
「ねえねえ」
「イヤだよ」
そう言い残した雪之丞は、ペロっと舌を出して、シャアッと走り出してしまいました。
みたらしも後を追いかけます。
アーケードは大騒動。
「道を空けろ空けろォォォオ」
自治会長の叫び声や、脱兎の如く走り抜ける猫を避けて、転倒する蕎麦屋の自転車と寿司屋のバイク。
まぐろの切れ端と、二八蕎麦がもみくちゃで御座います。
蕎麦屋と寿司屋は仲が悪く、互いの胸ぐらを掴んでの罵り合いはおぞましい限りです。
「テメエんとこはいつまでアナログなんだよ!」
と、寿司屋の大将。
「ああん!?原付が何抜かしてんだよ」
蕎麦屋も負けてはいなかった。
そんないさかい知らんぷり。
青果店に積まれた段ボールを飛び越える雪之丞と、生花店に置かれた花束をジャンプするみたらしには拍手喝采雨あられ。
人間も、猫に媚びる時代と相成りました。
またたび銀座アーケードで店を構える蕎麦屋と寿司屋は、元はというとたいそうな仲良しで御座いました。
ところが、些細なことで仲違い。
発端はTwitterで御座いまして、東京都が推奨する地域商品券の扱いを巡っての発言が火種となったのです。
生真面目寿司屋は、お上には絶対服従でありますが、大雑把な蕎麦屋は換金の面倒臭さに猛反発。
@MAGURO
商店街を愛せないものは、この街から去ればいいのにWWW
@2・8
WWWだっせえ!3つもWWWつけてやがる
@MAGURO
だっせえが古臭いねWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWWW
@2・8
は!?
長年の友情も、こうなってしまえば修復不可能。
商店街も困り果てている次第で御座います。
@MAGURO
時代について行けない奴は可哀そうだね。電子マネーも知らない未開人
@2・8
ぷぷぷ。魚臭い!うちの客は現金主義!ぷぷぷ
この発言は、キャッシュレス化を推奨する東京都知事の会見を受けてのtweetで御座います。
もう止まりません。
接客業にマスクは有りか無しかで揉める。
歩道ののぼりの位置でも揉める。
屋台の発祥は寿司か蕎麦かでも揉める。
鶏が先か、卵が先か問題でも大炎上。
人間社会のコミュニケーションツールに振り回された大人達の、悲しい末路とでも申しましょうか。
早朝からこしらえていた、お寿司やお蕎麦が勿体無いったらありゃしません。
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