第8話 朝妬けにゃんにゃん

「・・・今、楽にしてあげるからね」


「早く、早く、お願い、早く・・・」


「誰も聞いちゃいないよ、みんな夢中さ」


「もっと・・・お願い・・・早く・・・」


「ほうら、捕まえた」


「ンっ!」


「大人しくして・・・暴れないで・・・いい匂いだ」


「や・・・」


「かわいい耳だね、肉球も」


「あ、ダメ・・・」


新聞配達の青年に捕らわれたライアは、身悶えながら必死に何かを訴えています。

肉球は虚しくも宙を彷徨い、魅惑の瞳はハートマーク。


ハートマーク?


ハートマークとは如何なものでしょうか?

変態に、今にもめちゃくちゃにされそうだというのに、ダイヤでなくてハートマークとは。

目を凝らして見てみると、ライアの尻尾はぴーんと突っ立って、喉はごろごろと雷鳴の如く轟いているではありませんか。

しかも、猫なで声で新聞配達の青年の腕や胸、わき腹や顎先にスリスリスリスリ、スーリスリ。

青年は、ライアの頭を撫でながら、木からよいしょと降り立って、ポケットをごそごそと漁っております。

ライアはクンクン鼻を鳴らしながら、その周りをうろちょろそわそわ。


「ライア、そんなに慌てなくったって大丈夫だから、ちょっとライア、落ち着いて、僕のお腹においでよ」


大木の根元に寄り掛かる青年のお腹に、ちょこんと顎をのせるライアの眼差し。

うっとりと、実に仕合わせそうであります。


「こうちゃん。遅いよ、ライア恐かったんだから・・・」


「あはは、ごめんごめん、ずっと淋しい思いをさせてしまったね」


「ばかばかばかばか」


「イタイイタイ、痛いよライア」


鋭く尖んがった爪でもって、引っ掻き回された青年のジャージはズタボロではありますが、その表情もまた、仕合わせそうで気味が悪い。

ところで、人間と猫。

ライアと、こうちゃんなる新聞配達の青年の会話が、さっきからずーっと成立している訳なんですが、みたらしも雪之丞も、他の諸々野良たちもお構いなしにご馳走をべもしゃい。

ライアは、ゆっくりと瞬きをしながら、その口角は始終上がりっぱなし。

こうちゃんは、ポケットから大事そうにきんちゃく袋を取り出して、そこからきびなごの天ぷらを一本、そしてまた一本と、ライアに食べさせながら語ります。


「やっぱり猫はいいなあ」


「そおなの?こうちゃん?」


「・・・いや」


「ん?」


「人間の方がいいや」


「変なこうちゃん」


きびなごはライアの大好物であります。

こうちゃんは、バイト先の大衆酒場の余り物を見繕っては、猫の集会場に参加している別の生き物。

呼ばれてもいないのに。

足繁く通う。

人間界でいうと、1次会で解散のフリをして、実は2次会を企画をしているけど、勘の良いあいつはついて来ちゃった。そんな感じで御座いましょうか。

それでも、ライアに限っては大歓迎ですから、あいつとはちょっと違う。

皆さんにもいるでしょう?

そんなあいつが。


「ライアは・・・」


「なあに?」


「みんなと仲良くしてるのかい?」


「うん」


と、きびなご3本目をぺろり。


「なら良かった」


「こうちゃん?」


「なに?」


「何かあったの?意地悪された?」


「まさか」


「だってなんだか変だよ、とっても寂しそう」


再三にわたっての説明では御座いますが、人間と猫が空き地でお喋りをしているのですから、たまげた時代になりました。

毛繕いをしながら、ライアは時折心配そうに、こうちゃんのお腹の上からその表情を見上げています。


「あのね、ライア・・・」


「うん」


「オレ・・・」


「うん」


「結婚する」


「え?」


「結婚・・・しようかなって」


「誰と?」


「社員さんと・・・」


「新聞屋さんの?」


「いや・・・居酒屋の人・・・」


「そうなんだ」


動揺を隠しきれないライアは、自分の顔をこれでもかって言わんばかりに舐め回しております。明日はきっと雨でしょう。


「だからさ」


「・・・聞きたくない」


「一緒に来ないかい?」


「聞きたくないもん!」


突発性衝動型木登り発作症であります。

ライアは大木をスタタタァーと駆け登ると、さっきよりも一段高い枝の上で腕を丸めて猫タンク。

遠くからぼんやり見ていた、のーてんきのぶちが声をかけます。


「ぉぉ~い、ライア~、また兄妹ゲンカ?」


遂にライアは、おいおいと泣き出してしまいました。

いつの間にか、お天道様はひょっこりと顔を出して、おはようと笑ってくれているのですから、日毎1日は矢の如しで御座います。

さて、本日はどんな1日になることやら。

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