第17話 戸惑い
無事にスペースデブリ地帯を突破すると、すぐさま加速し、オーバードライブ航行へと入った。方向転換しながら何度かそれを行うと、ようやく満足したのか操縦桿から手を離した。
今回のロイの運転は非常に緩慢な動きであったため、恐怖を感じる瞬間はそれほどなかった。それができるのならもっと早くやってもらいたかった。
それにしても、恐ろしい作戦を考えるものだ。
「まさか、回収用ボットにあんな使い方があったなんて、考えても見なかったわ」
「回収する代わりにお届けしただけだ。宇宙空間で相手に持ち物を渡すときによく使う機能だぞ」
「だからって、スペースデブリをお届けされるなんて、相手は思ってもみなかったでしょうね」
お届けされたスペースデブリは容赦なく相手側のシールドを無効化した。それだけでもピンチなはずなのに、その上動きを止めてしまってはただの的である。
首尾良く先にスペースデブリ地帯に入り込めることができた私達は、適当な大きさのスペースデブリに身を潜めて相手方を待った。その間にロイは回収用ボットを射出し、例のデリバリー作戦の準備を行っていた。周囲に広がる無数のスペースデブリが良い感じにカモフラージュとなり、この作戦は見事に成功した。その後ノコノコとやってきた追加の船も、同じようにスペースデブリの仲間入りを果たした。
「これで安全になったのかしら?」
「さっきの襲撃に関しては大丈夫だろう」
私はホッと胸をなで下ろした。とりあえずはこれ以上の追いかけっこをする必要はないようである。
「だが、さっきの奴らの数と装備を見た限りでは、その辺で雇った傭兵だろう。恐らく、そいつらを雇った黒幕がいる」
船内が静寂に包まれた。どうやらことはそう簡単には行かなかったようである。黒幕を倒さない限りは、身の安全を確保することはできないのだろう。でも、その時間が長くなればなるほど、ロイと一緒にいる時間も長くなるのだ。そう思うと、この逃避行もそんなに悪くないような気がしてきた。
この旅が終わったらどうなるのだろうか? 私達は離ればなれになってしまうのだろうか。そう思うと、何だか胸の奥がチクリと痛んだ。それは昔、好きだった人に告白してフラれたときに感じたものと同じだった。
もしかして私、ロイのことが好きになってしまったのかしら? 金、金、金と三度の飯よりもお金が大好きなロイに?
一人私がアワアワとなっていると、船に通信が入ってきた。先ほどのロイとお母様の通信では計画を練り直した後に連絡を入れるとのことだったが、随分と早い連絡だ。それほど早く私に会いたいのだろう。
「極秘任務、ご苦労。こちらはセルガレオス帝国第三皇子マクシム・セルガレオスだ」
****
セルガレオス帝国第三皇子マクシム・セルガレオスの話によると、アゴス宇宙ステーションでユイの身柄を預かると言うことだった。
先ほどの依頼主であるユイの母親との通信では、傍聴の危険性や追っ手の危険性を考慮して、これからのことについて十分に話し合うことができなかった。そのため、この話が依頼主の意向であるかを知ることはできない。
マクシム曰く「依頼主は知っている」とのことだったが、なぜだか俺はコイツを信用することができなかった。
ユイはコイツのことを知っているらしく、特に疑いを持っていないようだった。ユイの母親とも知り合いであるということだ。もしそうであるならば、こちらの情報がマクシムに流れていた可能性も十分に考えられる。
俺達が向かった先を知っており、マジックブースターレーンの封鎖を指示したり、襲撃を依頼したりすることも問題なくできるだろう。
この男については知る必要がある。
俺はそう言った事情に詳しい人物に連絡を取った。
「ダナイ、聞きたいことがある」
「どうした、ロイ。私に情報提供を頼むとは珍しいこともあるもんだ」
俺が情報収集を得意としていることを知っているダナイは驚いた様子だったが、俺にだって分からないこともある。世の中には表に出ない情報など山ほどあるのだ。
「セルガレオス帝国第三皇子マクシム・セルガレオスはどんな人物だ?」
「ふむ、なかなか大物が出てきたな」
そう言うと、思い出しているかのように黙り込んだ。
皇族の正確な情報は出回ることはない。情報として出てくるのはいつも、その人物が何をして、どんな偉業を達成したか、どれだけ優れた人物なのかを評するものばかりである。内面の情報を持っているのは、ごく限られた一部の人間だけである。その一人がダナイだった。
かつてのダナイは大変権威のある科学者だったらしく、帝国内でもその名を知っている者も多かった。しかし、俺の知るダナイからは全くそのような雰囲気を感じたことはなかった。どちらかと言うとイタズラ好きの子供のような人物である。俺が適当に設計した船を喜び勇んで作ったくらいだ。
「とても好戦的な人物だな。今の帝国において、彼以上に戦争の仕方について勉強しているものはいないだろう。それに、非常に高い野心を持っている」
「自分が皇帝になろうとか?」
「その通りだ」
なるほどな、ますます怪しい人物に思えてならない。これは少し裏取りをしてから取り引きに応じた方がいいのかも知れない。
それからしばらくの間、ダナイにマクシムの経歴についての詳しい話を聞いた。
聞けば聞くほど、戦争をやりたがっているようにしか思えない。しかも、自分達が勝つことを全く疑っていない様子である。
これは完全に正確に周りが見えていないと言っていいだろう。共和国にはそう簡単に勝つことはできないだろう。両者に甚大な被害が出る。それに苦しむのはこの銀河に住む何の関係もない人達だろう。
「もしやロイ、あの子に惚れ込んでしまったのか?」
「惚れる? 俺が?」
思わず考え込んでしまったところに、さらなる追い打ちがきた。
「そうだとも。これは推測だが、あの子を第三皇子のとこへ連れて行くように言われたのだろう? だが、お前さんはそのことを怪しく思った」
「ああ、そうだ」
「それはすなわち、あの子の安全を重要視したわけだ。依頼の任務を達成するだけなら第三皇子に引き渡して報酬をもらって終わればいいだけだろう? そうすれば、後腐れもないしな」
確かにその通りだ。報酬が支払われればそれで良かったはずだ。それなのに何で俺はユイのその後のことまで考えているのだろうか? お金がもらえるわけでもないのに。
「ダナイの言う通りだ。俺らしくなかったな」
「それは違うぞ。それがロイの本性だったというわけだ」
俺の本性? 人造人間の俺が、本物の人間のような感情を持っているとでも言うつもりなのだろうか。俺はいつもまともな人間のような振りをしているだけだ。ユイについてのことも、人間の振りをしているだけのことだ。そこに惚れた、惚れていないの感情はないはずだ。
俺は自分の考えを振り払おうと首を振った。
「それで、どうするつもりだ?」
「相手がどんな人物なのか分かった以上、依頼主に再度確認を取るだけだ」
通信を切ると、ため息がこぼれた。本当に俺らしくない。報酬が入るならば、それで良かったはずだ。第三皇子に喧嘩を売るなど、頭のネジが外れた奴がすることだろう。権力者に逆らえばどうなるか、今更考えることもないだろう。
俺は真意を聞くべく、再度、通信システムに手を伸ばした。
****
一方そのころ、帝国領内のとある部屋の中で――。
全く、役に立たない奴らばかりだ。こちらがいくら金を出していると思っているんだ。
こんなことになるのなら、もっと早くアイツの近くにこちらの息のかかった者を送り込んでおけば良かった。
まさか第六王妃が先手を打ってくるとは誤算だったが、まだチャンスはある。こちらのことを仲間だと思っている今ならばな。
これは共和国側と戦争するチャンスだ。このチャンスをものにして、武功を立てれば、俺が王位継承の筆頭に名乗りを上げることができるだろう。
戦場で指揮を執ることができるのは俺だけだ。内政しかできない軟弱な奴らではとても務まらないだろう。
その結果が今の状況だ。共和国に舐められたこの有様だ。俺ならそれを正し、強かったころの帝国を取り戻すことができる。
そのためにも、アイツには戦争の引き金になってもらわなければならない。
自分に酔いしれたその男は、ワイングラスを片手にこれからの作戦が上手く行くものと確信していた。
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