第15話 帝国最初の惑星

 メサイア宇宙ステーションを出港した私達の船は、すぐ隣を通っているマジックブースターレーンに乗った。ここまでの情報をくまなく精査したところ、マジックブースターレーンを使っても問題なしと判断したようである。私もその方がいいと思っている。その方が、ロイの負担が少なくて済むからね。

 オーバードライブ航行と違い、マジックブースターレーンを使用すればコックピットに縛り付けられる時間がとても短くて済む。この広大な宇宙を旅する人達の多くがマジックブースターレーンを好んで使うのは、そう言った側面もあるからだった。

 そのため、ある意味で人類の共有財産であるマジックブースターレーンを封鎖したり、我が物にしようとしたりする人達は、多くの人々から反感を買っていた。特に最近では、私を捕まえるために色々とマジックブースターレーンにちょっかいをかけたり、中立惑星連合に喧嘩を売ったりしたことで、この辺りでの共和国の評判はとても悪かった。

 マジックブースターレーンを快調に進む船。流れゆく星々を見ながらダイニングルームへと向かった。そこには予想通りにロイがいて、渋い表情で情報端末と格闘していた。今ではこの光景も見慣れたものだ。

 最初こそ、情報端末しか見ていないロイに文句を言ったものだが、今ではそれが私の身の安全を確保するためにやっていることだと言うことを知っている。

 私は極力邪魔をしないように話しかけた。


「今はどこに向かっているの? このまま帝国本土まで向かうのかしら」


 ロイは情報端末から目を上げ、それをテーブルの上に置いた。一息入れよう、とロイはパックに入ったコーヒーを持ってきてくれた。


「俺としてはこのまま帝国本土まで行きたいが、さすがに何の許可もなく本土には入れないだろう」


 確かにそうだ。いくら私が帝国のお姫様だからと言っても、それを証明するものがないとすぐには中に入ることはできない。

 帝国本土は地位の高い貴族だけが住むことが許される特別な惑星だった。階級を持たない者が入ることは決してできなかった。そしてそのことが、国民の不満の種になっていることも、本土の外に出た私はすでに知っている。


「そうね。このままだと門前払いされるのが関の山ね」

「それで、だ」


 ロイは言いにくそうに口を結んだが、ややあって口を開いた。


「惑星アルゴンに降りて、依頼者に現状報告と今後の動きについて確認を取ろうと思っている」

「それって危険なんじゃ……!」

「ああ、その通りだ」


 ロイの知らないところで私を狙う何者かがいる。それが依頼者なのか、はたまた、別の誰かなのかはさっぱり分からない。これまでは、定期的に行うはずだった暗号通信を取りやめることで追跡者に場所が割れないように動いてきた。連絡を取ると言うことは、それはこちらの現在の居場所が相手に知られるということを意味していた。

 その場に重苦しい沈黙が流れた。だが、避けては通れない問題だった。それに、逆に言えば、依頼者であるお母様がこちらに援軍を送ってくれる可能性もあるのだ。悪いことばかりではないのかも知れない。


「念のため、ユイには密輸品を隠すボックスの中に入ってもらう。これでユイが惑星に降り立ったことは分からないはずだ」

「それじゃ、ずっと船の中にいることになるの?」

「それが一番いい方法だが、依頼者にユイの顔を見せなければならない。それでなければ協力は得られないだろう。危険はあるが、一度は船外に出てもらう必要がある」

「どうして? 船の中から連絡をとっても良いんじゃないの?」

「それだと、この船のことが相手側に察知される可能性がある。足を潰されれば逃げるのが難しくなる。確実にこの惑星から出るためにも、この船のことは相手方に知られたくはない」


 私は神妙に頷いた。ここはロイの意見に従っておいた方がいいだろう。

 お母様にはもう長い間連絡をしていないし、心配をかけてしまっているだろう。あの優しいお母様のことだ。夜も眠れなくなっている可能性は大いにある。少しでも顔を見せて、話をして、安心させてあげなければならない。



『ようこそ、惑星アルゴンへ。素敵な旅をお楽しみ下さい』


 ボックスの中で船内に響く機械的な声を聞いた。どうやら無事に惑星アルゴンに入ることができたようだ。船はゆっくりと進み、カチャンと静かに着陸したようだ。わずかな振動が体にかかる。

 もう外に出ても大丈夫だろうか? そう思っていると、ボックスが外側から開かれた。


「到着したぞ。そこから出ても大丈夫だ」


 ロイは右手をこちらに差し出した。それを掴むと、グッと力強く、それでいてどこか優しく体を引き上げられた。高鳴る胸を押さえながら、ロイに続いて船を下りた。

 船が泊まっている場所は貨物港ではなく、どうやら傭兵専用の格納庫であるようだ。周りには貨物船はなく、重火器のついた戦闘能力が高そうな船が多かった。

 スペースデブリからの資源採掘を目的とする宇宙ステーションでは、回収された資源を狙う賊も多く、その賊を狙った傭兵が数多くいた。そのため、宇宙ステーションでは多くの傭兵達の船を見ることができるのだが、ここのような居住惑星ではその数は少ない。そのため、この格納庫はガランとしていた。

 船を着陸させるまでの間に情報を引き出していたのだろう。情報端末を持ったロイは周囲を確認しながら宇宙港を出た。


「わあ!」


 思わず声が出た。そこには緑がまだ多少ではあるが残っており、青い空に白い雲が浮かんでいた。かつて電子書籍に書いてあった「地球」の色と全く同じだった。何だか心がドキドキ、ワクワクした。フワリと私の顔を撫でて行った少し湿り気を含む風が、とても心地良かった。

 ロイも同じことを思ったのだろう。私と同じように足を止めていた。

 しばらくは様子を見ようと言うことになり、ほど近いところにあったカフェへと入った。お互いに頼んだパフェを交換しながら食べている間も、ロイは何やら情報端末と睨めっこをしていた。ここはすでに敵地なのかも知れない。ちょっと寂しいが、仕方がない。


「この惑星に私がいることがバレる可能性は高いのかしら?」

「いや、低いだろうな。何せ、帝国の玄関口となる惑星は他にもある」

「そうね。それに宇宙ステーションを加えればかなりの数になるわね」


 確かにその通りだった。事前情報はないのだから、私達がどの場所に行ったのかは分からないはずだ。

 すでにオーバードライブ航行ができることは相手側にも知れ渡っているだろう。だとすれば、その移動先はかなりの数になる。オーバードライブ航行が使えるという情報を流したことで相手方をけむに巻くことができたようである。

 

「仮にそれら全てに監視を置くとすれば、かなりの人数が必要になるはずだ。そうなれば、帝国内でもその動きが察知されるだろうし、それらの情報を集めれば、敵がどこの誰なのかも分かるだろう」


 なるほど。情報端末からそんな情報まで得られるのか。私ももっと情報端末を活用する方法を学んだ方が良いのかも知れない。良い機会だからロイに習おうかな?


「ねえ、どうやってそんな情報を集めるの?」

「ああ、それは惑星を管理している電脳に不正アクセスしてだな……」


 ろくでもない方法だった。聞いた私がバカだったわ。そうよね、ロイだもんね。自称私立探偵の特殊工作員だもんね。ハッキングくらい軽々とやってのけるか。これは私には無理ね。

 はあ、とため息をついた私に、ロイは「どうした?」と疑問を呈した。本当にロイは自分のやっていることの異常さを分かってない。

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