第14話 メサイア宇宙ステーション
共和国軍を追い返したことで、ようやくメサイア宇宙ステーションに入港することができるようになった。この宇宙ステーションを支配下に置こうとしていた共和国軍が叩きのめされたこともあって、中立性を保つことができた中立惑星連合側は活気に湧いていた。
もちろん、この戦いに大いに貢献した傭兵達は大歓迎された。報酬については追って連絡するということになり、一時金としてある程度のお金が支払われた。
お金を手に入れた傭兵達は意気揚々と街へ繰り出して行った。その列の中に、当然私達も加わった。
「報酬が振り込まれるまでにはしばらく時間がかかるだろう。それまでは、休暇にするとしよう。おっと、その前に情報収集だ。それが終わるまでは街に行くのは禁止だ」
メサイア宇宙ステーション内に追っ手がいるかも知れない。当初予定していたルートとは全く違うルートを通っているので、その可能性は低いだろう。しかし、万が一があるといけないから、と言って、着艦してからしばらくは情報端末と格闘していた。
「どうやらこのメサイア宇宙ステーションに俺達が来ていることはバレていないようだ。今のところ、誰かを探しているという情報は確認できない」
「やっぱり暗号通信が誰かに渡っていたのね」
暗号通信を受け取ったのは依頼人であるお母様のはず。それが誰かに渡ったと言うのならば、近いところに裏切り者がいるのだろう。
「そんな顔をするな。あれ以来、連絡は取っていない。それに俺の船についての情報はどこにも開示していないから、船から俺達のことがバレることはないだろう」
「それじゃ、私達が街中に行っても問題ない?」
「ああ、そうだ。街中に写真が張り出されていることもないし、情報ネットワーク内にもユイのことについては何も書かれていない。ユイのことを知る人間はほぼいないだろう」
それならばよほど運が悪くない限りは見つかることはないだろう。そこそこ広い船内だったとは言え、さすがにこれだけ長く缶詰状態ではさすがに気が滅入ってくると言うものだ。それについ最近、大きな精神的ダメージを受けたことだし、ここはロイにその責任を取ってもらうべきだろう。
「それじゃ、どこかに連れて行ってよ」
「了解した。補給も行わないといけないし、お金はたっぷりともらえるだろうからな」
機嫌良くロイが言った。お金がたくさん入ることにご満悦のようである。この分なら、少しぐらいおねだりしても大丈夫そうだな。
宇宙ステーションの内部はどこに行っても同じような作りをしていた。
限られた空間を最大限に利用するために、背の高い建物が道に沿って並んでいる。そしてその建物が全て同じような形をしているのだ。効率は良いのかも知れないが味気ない。お金持ちが住んでいると思われる住宅街だけが、唯一その宇宙ステーションの個性を作り出していた。
このメサイア宇宙ステーションの高級住宅街は、遠い昔、私達人間の故郷である地球に存在していたと言われる「ヨーロッパ」辺りの風景を再現しているようである。学校のテキストで見たことのある町並みが続いていた。尖った屋根に石造りの家。今では見ることのない建物ばかりだ。
そんな風景を遠くに見ながら、私達は底を尽き始めた食料の買い出しから始めた。
「さすがはすぐ隣にマジックブースターレーンがある宇宙ステーション。交易が盛んみたいね。これまで通ってきた惑星はどこも同じような物しか売ってなかったけど、こう見ると、フードカードリッジにも色々あるのね。たまには別の物にしてみたら?」
宇宙空間を旅するために必要な食料は、主に長期保存に耐えられる真空パックに入ったペースト状の物がメインである。あとはブロック上に固形化されたものもあるが、食べ方によっては周辺空気を汚すため、あまり好まれなかった。
ロイは食べ物にはあまり執着がないのか、栄養重視の物を選択していたため、正直なところ、味はイマイチだった。
「味が少し違うだけで、こんなにも値段が違うんだぞ? 腹に入ればみんな同じなんだから、別にこだわらなくてもいいと思うけどな」
「ロイは本当に分かってないわね。食事の時くらい美味しい物を食べて、楽しい一時にしなくっちゃ。人生損してるわよ?」
「そんなもんか?」
「そんなもんよ。ああ、ロイはいつも一人で食べてたから、そのことが分からないのね。一人で食べるご飯は味気ないから仕方がないわね~」
ロイがムッとした顔をした。フフフ、いい気味だ。私をお漏らしさせたことについては、まだ許してないからな。
私の言葉が気に障ったのか、いつもとは違う高級なフードカードリッジを買い込んでいた。
計画通り! これで美味しいご飯にありつけるぞ。ついでに食べ物だけではなくて飲み物も色々と追加しておいた。何と、あの船にはお酒が全くなかったのだ。確かに飲酒運転は禁止されている。しかし、同乗者が飲む分には一向に構わないのだ。ロイには悪いが、私には何も悪くないのでいくつか仕入れておいた。まあ、今回みたいに宇宙ステーション内に着陸させておけば飲んでも問題ないので、怒られることはないだろう。
食べ物と飲み物を船に配達してもらう手はずを整えたあとは、お楽しみの買い物タイムだ。ここぞとばかりに情報端末を片手にロイを連れ回した。
「あそこが良いわね」
「いや、服屋に入ってどうするんだよ」
「洋服を買うのよ」
「買ってどうするんだよ。ユイはいつまで俺の船にいるつもりなんだ?」
「ずっと?」
「勘弁して下さい。俺の船にこんな服があっても困ります」
「大丈夫よ。私が責任を持って着るからさ」
私は胸を張って答えた。女の子が可愛い服を着ていたら、きっとロイも嬉しいはずだ。
「その自信はどこから来るんだよ……」
私の予想に反してロイは頭を抱えて呆れていた。もしかしてロイって、こういうことに疎いのかしら? ひょっとして、今まで惑星ラザハンから外に出たことがなかったとか?
そんなことを考えつつ、今度はここに来れば何でも揃うという触れ込みのあるマーケットへとやって来た。雑多に並んでいる色とりどりの商品が私の購買意欲を誘った。一応お姫様であった私は、こうやって好きなように好きな物を見て買い物をすることなどできなかったのだ。
前提条件として、大体の物は情報端末から購入することができるのだ。そこにはもちろん、商品の正確な情報と見た目が表示されており、目の前にあるのとほとんど変わらない状態で購入することができる。以前はそれでも全く問題ないと思っていたのだが、このように実物を手に取って、あれやこれやと悩むことの楽しさを知ってしまうと、商品データを見ただけで購入することの味気なさを痛感してしまった。
こうして二人でワイワイ言いながら買い物するのはとても楽しい。私は買い物をする本当の楽しさを知らなかったのだ。
ロイの「そんな物いるのか?」と言うセリフを聞き流しながら買い物を続けていると、小腹が空く時間帯に差しかかってきた。
「少し休憩にしましょうよ。あそこの店がいいわ」
あらかじめチェックしておいたこの辺りでは人気のあるカフェへとロイを誘った。ロイは諦めたのか、何も言うこともなく私の後ろから付いてきた。
私達が席に着くと、すぐにメニューを聞きに来た。私達は揃ってパフェを注文した。もちろん、それぞれ違う種類のパフェであったが。この付近には学校もあるらしく、こうした女性向けのおしゃれなカフェがいくつも並んでいた。実際に店の中に入っても、男性はロイただ一人だけだった。私と一緒でなければ完全に浮いていただろう。
今日の戦利品について議論を交わしていると、お互いの目の前にパフェが並んだ。私はイチゴパフェ、ロイはチョコレートパフェだ。自分のも美味しそうだが、どうして他人の物はより美味しそうに見えるのだろうか。
私の思いも知らずに、ロイはヒョイ、パクと軽快なリズムで食べ始めた。備蓄してある食料に甘味が多いなとは思っていたが、どうやらロイは甘党のようである。美味しそうに食べるロイを見ていて、はた、と気がついた。このままでは全部食べられてしまう!
「私にも一口ちょうだい!」
ヒョイ、パクリ。うん、これはなかなか……。
「おい! 人が楽しみに取っていた奴を食べる奴がいるか!」
ムッとした顔をした表情をしたロイは私のイチゴパフェの一番大きなイチゴをヒョイ、パクリと食べた。なんて奴だ!
「ちょっと、勝手に食べないでよ! それも一番大きくて、一番美味しそうなイチゴを!」
「ああ、上手かったよ」
「ぐぬぬ」
そこからは二人でお互いのパフェを取り合いながら食べた。こんなにロイの食い意地が張っているとは思わなかった。少しくらい分けてくれても良いじゃない!
結局さらにパフェを追加して食べたことでお互いに落ち着くことになった。
ピロン、と腕時計型の端末にメールの着信音がした。見ると、先ほど買った商品が船に無事に届けられたとの連絡である。
「商品が届いたってさ」
「そうか、あとは俺の報酬待ち……っと、噂をすれば」
どうやらロイの携帯端末にお金の振り込みがあったようだ。何で分かったかって? それはロイが凄くいい顔で笑ったからだ。
ロイに見せてもらうと、そこには驚くほどの金額のお金が表示されていた。それもそうか。ロイが突破口を開いたと言っても過言ではないのだから。それに敵艦を撃破した数もかなりの数になっているだろう。一隻撃破でいくらもらえるのかは分からないが、あの時ロイが目の色を変えて敵艦を追いかけた意味が、今ようやく分かった。
やっぱりロイには敵艦がお金に見えていたのね。ロイはそんなにお金が大事なのかしら? そんなにお金をもらって、一体どうするのかしら? 私には逆立ちしても分からないだろうな。
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