第13話 緩衝地帯

 資源惑星アルントを通過後、いくつかの惑星を経由して私達はメサイア宇宙ステーションに到着した。

 このメサイア宇宙ステーションは中立惑星連合が管理、運営しており、すぐそばには帝国へと続くマジックブースターレーンがある。ここを抜ければようやく帝国の勢力圏内に入ることができるというわけだ。

 ロイの話が正しければ、帝国の勢力圏内に入っても油断できなさそうだが、共和国側からの脅威はなくなることになる。そのことは共和国側も承知しているだろうから、帝国の勢力圏内に入る前に私達を捕まえるなり、始末してくるなりをするはずだ。

 メサイア宇宙ステーションのある宇宙域は異様な空気に包まれていた。慎重な男、ロイはじっくりと周囲を観測してから物資の補給のため、ステーションに乗り込もうとしていたのだが、どうやら目論見が外れてしまったようである。厳しい顔をしている。


「どうしたの?」


 私の質問にロイがレーダーを指さした。レーダーには色とりどりの光点が輝いている。よくよく見てみると、どうやら共和国側の船と、中立惑星連合の船が睨み合っているような格好に見える。


「これって……今から戦闘が始まるのかしら?」

「どうかな? ただ睨み合っているだけかも知れない。戦闘が始まればそれに紛れてこの緩衝地帯を抜けるんだがな。それでもその前に補給を済ませなければならない。こんなことなら、先の惑星で補給を済ませておくべきだった」


 ロイは安全のため、必要最小限の場所に寄ることにしていた。そのため、備蓄している物資もギリギリの状態になっていた。ロイの計算では、ここで物資の補給をすることができれば、あとは帝国本土まで無補給で行ける算段だったらしい。

 しかし、メサイア宇宙ステーションがこのような状況になっていることを事前に知ることはできなかった。


「ロイのせいじゃないわ。あんまり自分のせいだと悩まないで」


 私は少しでもロイを元気づけようと、後ろから抱きついた。相変わらずロイの表情は分からなかったが、振り払われることはなかった。

 ロイはそのままの状態で考え事をしていたようだが、良い案は浮かばなかったようである。ギリギリまで様子を見るしかないか、と言うと、その後は私の勉強を見てくれた。曰く、「監視しておかないとユイが真面目に勉強しないから」だそうである。極めて心外である。



 メサイア宇宙ステーション付近にあるスペースデブリに身を隠すこと三日。そろそろ食料が底を尽きそうだと思っていたところで両陣営に動きがあった。

 どちらから仕掛けたのかは分からないが、小競り合いを始めたのだ。現在の状況は、数も質も共和国側が有利だった。

 ロイの集めた情報によると、どうやら中立惑星連合側は帝国に援軍を要請しているようであり、それを受けた帝国側は即座に援軍をこちらに向かわせているということだった。

 一体どうやってそんな機密事項のような情報を手に入れたのだろうか。聞くのが怖い。

 だが、帝国側の増援部隊が来るまでには時間がかかる。それに……。


「帝国側が参戦したら、まずいことになるんじゃないのかしら?」

「非常にまずいな。戦争の引き金になりかねない。共和国側はそれを承知で仕掛けた節があるな」

「それじゃ、先に仕掛けたのは共和国側なのね」

「そういうことだ」


 そうこうしている間に、戦闘は激しさを増していった。その時、艦内に中立惑星連合側から通信が入った。


『周辺宙域にいる同胞達に通達。我らの自由と権利を守るために力を貸して欲しい。もちろん、相応の報酬を用意している。繰り返す……』


「これってもしや……」

「待ってました! ユイ、早くシートベルトを付けろ。出遅れれば稼ぎが減るぞ!」


 もしかして傭兵依頼なのかと尋ねようとしたが、返事を聞くまでもなかった。先ほどとは打って変わって、目を爛々と輝かせるロイ。どうやら、この展開を待ち望んでいたようである。慌てて私がシートベルトを付けると、もうそろそろ慣れると思われる急加速で船は発進した。レーダーを見ると、待っていたのはロイだけではなかったらしい。多くの光点が戦闘区域へと向かっていた。お金は大事だけど、節操ないなぁ。



 私達の船はちょうど共和国側の側面に攻撃ができる、実に都合の良い場所だった。いや、きっとロイはこのことを見込んであらかじめこの位置に潜伏していたのだろう。レーダーに映る光点がもの凄い速さで接近してくる。以前の時よりも明らかに早い。

 そう言えばこの船に付いていた偽装を解除していたんだった、と思い出した。と、言うことは、前よりももっとアクロバティックな動きをこの船はするのだろう。こんなことなら宇宙服に着替えておけば良かった。

 早いところ心の準備をしておかなければと思った矢先、船は何かを発射した。敵艦までにはまだ距離がある。もちろん私の目には敵艦は見えない。こんな位置から撃って当たるのだろうか? そう思った矢先、遠くに赤い光が花開いた。それは近くにいた僚機を巻き込んだようで、次々と連鎖していった。

 どうやら敵が密集している場所に爆発物を投げ込んだらしい。密になっていた後方の敵艦の光点が次々と消えていった。その間にも船は敵艦に向かって真っ直ぐ突き進んで行った。

 え? まさかこのまま真っ直ぐに敵陣に突っ込むつもり!? 一応、私、大事なお届け物なんですけど!?

 私の声にならない悲鳴は当然ロイに届くことはなく、私の目にも見えるくらいまで敵艦が接近してきた。これはもうダメかも分からんね。私は色々と諦めた。この戦いが終わったら、ロイを叱りつけよう。そして、ロイに謝ろう。

 敵がこちらに気がついているのか、いないのかは全く分からなかったが、ロイはそのままのスピードで敵艦に接近した。

 ぶつかる! 恐怖で目を閉じることができない。その時、以前に見たことがある赤い小さな火の玉がノロノロと敵艦に向かって行ったかと思うと、またしても瞬時にその船のバリアを無効化した。それと同時に四本の緑色をした収束魔法が敵艦を易々と貫いた。四本の収束魔法は全て左翼側から発射されたようだった。

 あれ? 確か前は二本だったはず、と思ったその時、左後方が一瞬瞬いた。きっとこの光は敵艦が爆発四散した光なのだろう。私はこれ以上考えないようにした。

 今度は前方に二隻の船が見える。先ほどと同じようにノロノロと火の玉が進むと、それに合わせて今度は左右から四本ずつ、合計八本の光が敵艦を襲った。

 光に貫かれた敵艦二隻のわずかな隙間に船体を傾けて凄いスピードですり抜ける。この時私は確信した。ロイは私がこの船に乗っていることを完全に忘れている。きっと今のロイには敵艦がお金に見えていることだろう。

 これがこの船、ビスマルクの真の力。前回とは全く違う。放たれる収束魔法の数も、発射するミサイルの数も、スピードも旋回能力も全然違う。ロイはそれを悠々と扱い次々と敵艦を落としていった。八本の収束魔法の斉射は小型艦のバリアを軽く貫き、中型艦以上の船にはナパーム弾でバリア無効化からの一斉射撃。敵艦が多い場所ではミサイルをばらまきながら、それをまるで囮にするかのようにして次々と落としていった。もうどれほどの数を撃墜したのかを数えるのも馬鹿らしかった。

 共和国側は帝国をおびき出すために時間稼ぎをするつもりだったのだろう。守りの陣形を組んでいた共和国軍は、側面からの無慈悲な攻撃によって隊列を乱すと、この機に乗ぜよとばかりに中立惑星連合軍と、金で買収された付近の船が一気に共和国軍に襲いかかった。

 こうなるともう、共和国軍が退却するのも時間の問題だった。あとはどれだけ敵を倒せるかであり、傭兵達は最後まで共和国軍を追いかけた。もちろんロイも追いかけた。

 こうしてこの戦いは中立惑星連合の圧勝で幕を閉じたのだった。


「これでようやくメサイア宇宙ステーションで補給をすることができるな」

「……うん」

「どうした?」

「何でもない。シャワールームに行ってくる」

「あ、ああ」


 全てを察してくれたらしい。戻ってきた時には座席はきれいになっており、ロイは済まなそうな顔をしていた。

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