第12話 ビスマルク

 惑星フォーチュンに滞在してから二日目、初日から気になっていた虹の架かる湖へ行くことにした。

 昨日はあのあと、部屋のソファーで一眠り(別々のソファーで!)し、ショッピングセンターを見て回った。いわゆるデートと言う奴である。少なくとも私はそう思っていた。

 高級リゾート地と言うだけあって、売っているお土産には高価な宝石なんかもあったが、そのようなものを買い込んでいる余裕はないので我慢しておいた。これでも一応、年頃の女の子である。当然、気になった。

 チラチラ私が見ていることに気がついたロイは、欲しいなら買えば良いと言ったが、お金の出所を聞くと「あとで依頼主に請求する」と言ったのでやめた。ケチ。私はロイが買ってくれた物が欲しいだけなのに。そう思いながら、私はロイがくれた腕時計を見た。


「随分気に入ったみたいだな」

「ロイが唯一私にくれた物だからね」


 皮肉交じりにそう言うと、お手上げとばかりに肩をすくめた。


「そろそろ見えてきたな」

「ほんとだ! 近くまでくると、本当に大きな湖ね。あ、向こうにクジラみたいな島があるわ」


 そう言った途端、クジラから勢いよく水が噴き出した。これはまさしくクジラだ。石や岩でできたクジラ。目の前で大きな虹が架かった。


「間欠泉の正体はアレみたいだな。」

「クジラなんて、初めて見たわ」

「ああ、うん」


 何故か困惑の表情をしている風情の分からないロイを無視して先に進んだ。

 湖の上からこちらへと流れて来る風は冷たくて、心地良かった。途中にある大きくて古びた石碑にはこのクジラが「ビスマルク」と呼ばれており、最初にこの惑星フォーチュンに降り立った人間が乗ってきた船だと書いてあった。

 おとぎ話の類いであろうが、銀河中に存在する「箱船」の話には奇妙な類似性があった。私は密かにこのおとぎ話を集めて、研究したいと思っていた。


「ねえ、ロイの宇宙船って変な形をしてるけど、どこの船なの?」


 大体の宇宙船は内部の広さを確保するために四角い箱形をしている船がほとんどだ。その中でロイの船はアーモンドのような形をしていた。そして見た目には武装があるようには見えない。


「あの船は俺が設計して、それを元にダナイが作ったんだよ」

「え! ロイが設計したの!? だからあんな変な形をしてるのね」

「変な形は余計だ」


 気分を害したのか、プイ、と顔を背けた。子供みたいで可愛いと思ったが、これを口走ると余計にこじれると思ったので黙っておいた。そうそう、そう言うことが言いたいんじゃない。


「それじゃ、ロイの船に名前をつけてあげるわ。ビスマルク、今日からあの船の名前はビスマルクよ!」


 私は勝手に宣言した。異論は認めない。呆気にとられ、ポカンと口を開けるロイ。


「ブフッ、何、その顔! あはは、もうダメ」


 一人笑い転げる私をロイが残念な人を見るような目で見下ろしていたような気がするが、気のせいだろう。ロイは本当に表情が豊かだな。



 ****



 一際豪華な部屋の中では一人の青年が目の前に広がる星の海を睨んでいた。


「まだ見つからないのか?」

「申し訳ありません。現在調査中です。まさかオーバードライブ航行を装備した船だとは思ってもみなかったものですから」

「言い訳はいい。早く見つけ出せ」


 そう言うと、報告を上げてきた部下を下がらせた。

 惑星ラザハンに向かったようだったのでその土地の高官に情報を流したのにしくじるなど、何て間抜けな奴なんだ。どうして突然上手く行かなくなったのだ? 自分の計画は完璧だったはずなのに。無能な部下共め。

 青年は一人、呟いた。

 ユイを上手いことそそのかして、共和国側のドライアド宇宙ステーションに留学させたまでは良かった。あとは予定通りお互いの関係を悪化させ、ユイを監禁。相手方が交渉のカードとしたところで暗殺し、その責任を問う形にして開戦する作戦が突如破綻してしまった。

 何も考えていない王妃とばかり思っていたのが仇となったか? 娘の危機を敏感に察知したのはさすがは母親と言ったところか。青年はいまさらどうしようもないことをグルグルと悩んでいた。しかし、まだチャンスはある。本国に戻ってくる前に捕まえることができれば、いくらでも打つ手はある。

 彼は再び思考の渦へと潜り込んだ。

 一方で追い出された部下は、自分の不幸を呪いつつあった。

 義妹を犠牲にすることを何とも思っていない男の元に部下として付くことになろうとは。しかしその一方で、甘い汁を吸っているのも事実だった。そしてそれ故に進言することも密告することもできない。

 人間の本質は数千年経っても、全く変わっていなかった。



「何か新しい情報は入りましたか?」


 沈痛な面持ちで第八王妃に話しかけたのは、帝国の第三皇子マクシムだった。彼は義妹と非常に仲が良く、留学を勧めたのも彼である。二人の良き理解者、良き隣人として常日頃から接していた。


「いいえ、あれから全く情報は入ってこないわ。でも、捕まったと言う情報も入ってきてないわ。今はそれだけで十分よ」


 疲れた様子で第八王妃が言った。ダナイとの通話によって、まだユイが無事であることは確認出来た。しかし、今どこに居るのかは分からなかった。それに、裏切り者がいると分かったからには、迂闊なことを口には出せない。


「そうですか。お辛いでしょうが、今は辛抱のときかと思います。何か新しい情報が入りましたら、私にも知らせて下さい。全力で救出に向かいますよ」


 そう言うと、マクシムは部屋から出て行った。第八王妃はそれを疑うような目で見ていた。

 皇帝陛下に進言すべきか。しかし、証拠は何もない。今自分が頼りにできるのは、ダナイとユイの身の安全を守っている、名も知れぬ請負人だけだった。

 第八王妃は娘の無事を遠い本国から祈ることしかできなかった。



 ****



 楽しかったリゾート惑星フォーチュンでの日々を胸の中にしまい込み、私達は次の目的地である資源惑星アルントへと向かうことになった。


「あー、久しぶりのビスマルク、落ち着くわ~」

「久しぶりって、たったの二日しか経ってないぞ。それよりも、本当にその名前にするつもりなのかよ」

「そうよ。箱船ビスマルク。可愛いでしょ?」

「どうだか」


 どうやらロイにはこの可愛さが分からないらしい。

 コックピットでいつも座っている席に収まると、ビスマルクは少しの浮遊感を私に与えたのち、フワリと浮かび上がった。そしてあっという間にさっきまで私達がいた場所が眼下に見えた。


「この場所ともお別れね。また来ることができるかしら?」

「どうだろうな。だが、他にも行ってみたい場所はそれこそ星の数ほどあるんじゃないのか?」


 ロイは正面のモニターで前方の安全を確認すると、船の速度を上げた。

 みるみるうちに水の青と森の緑が遠ざかり、暗闇が周囲を囲み始めた。

 今日からまた、二人っきりの旅が始まる。またリゾート惑星フォーチュンを訪れるのも良いが、ロイと一緒にまだ行ったことのない惑星を巡る方が、さぞ楽しかろう。


「次の資源惑星アルントは鉱物資源を産出しているのよね?」

「ああ、そうらしいな。昔の惑星ラザハンに似ているのかも知れないな」

「そうなのね。昔のラザハンか~、今じゃ完全に過疎惑星になってるもんね。将来はラザハンみたいになるのかしら」

「可能性は十分にあるかも知れないな。まあ、俺達が生きている間は大丈夫だろう。あと三百年くらいは資源があるらしいからな」


 こうして私達が乗るビスマルクは次の惑星を目指して進んで行った。

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