第10話 惑星フォーチュン
リゾート惑星フォーチュン。それが私が希望した場所だった。
この星については以前から知っていた。何て言ったって、超有名なリゾート地なのだから。帝国本土からはそれなりに距離があって、皇族と言えどもそう簡単にホイホイと行くことはできない。まさに憧れの惑星だったのだ。そんないつ行くことになるかも分からなかった憧れの場所に、逃避行中とはいえ訪れることができたのだ。これはロイに感謝しなくてはならないな。
「随分と嬉しそうだな」
「モチのロンよ! ロイには分からないかな~、このリゾート地の素晴らしさが」
惑星フォーチュンが近づいて来るにつれてテンションが上がる私に対し、いつものようにポーカーフェイスのロイ。ウフフ、ロイにも近いうちにその素晴らしさを知ることになるだろう。
そうこうしている間に、目指す惑星が見えて来た。
「わあぁ! 動画で見た通り、いやそれ以上に美しい惑星だわ!」
私の目の前には水の青と森の緑、そして白い雲の美しいコントラストが広がっていた。水と緑の惑星フォーチュン。その姿は本当に幸福を運んできそうだった。
隣にいるロイを見ると、私と同じようにそこ光景に見とれているようである。刻一刻とその姿を大きくしている惑星をジッと見ていた。
「ようこそ、惑星フォーチュンへ。停泊地はどこに致しましょうか? 了解致しました。ガイドマーカーに沿って船を移動させて下さい」
管制システムの声に従って希望地を選択すると、すぐに宇宙港を案内してくれた。身分証明書の提示を求められたが、事前にロイが用意していた身分証明書で問題なく通過することができた。
一体どうやってその偽物の身分証明書を手に入れたのだろうか? そこはさすが私立探偵、と言ってロイを褒めておくべきだろうか。それにしても、確かその身分証明書って私とロイが夫婦になっているんだよね~。文句はないけど、知り合いにバレたらちょっと恥ずかしいかな。まぁ、バレる可能性はほぼないのだけれどね。
私達が選んだ場所は近くに美しい湖が広がっている湖畔の高級ホテルだった。お金は大丈夫なのかと聞いたら「あとでしっかりと必要経費として請求する」とのことだった。しっかりしてる。
青々とした森の上を飛行していると、急に森が開けた場所が見えた。どうやらそこが着陸場になっているようだ。さすがは有名リゾート地というだけあって、かなりの数の宇宙船や飛行機がそこには駐めてあった。
指定された箇所に音もなく私達の宇宙船が着陸した。
「ロイって本当に運転が上手よね」
「そうか? このくらい普通だと思うけどな。それよりも、船を降りよう。ユイの大好きな重力下だぞ」
「ちょっと、最近は無重力にも慣れてきたんだからね!」
はいはいと私の抗議を受け流しながらロイは目をそらすと、船外へと降りて行った。慌てて私がその後ろを追って行くと、目の前に明るい緑の森が見えた。
「美しいわね」
「ああ、そうだな」
これだけたくさんの緑を見ることなど早々ない。このような自然がたくさんあって、水もたくさんあるような場所はすぐに人間が住み着くのだ。そして豊かな自然をあっという間に台無しにしてしまう。
その点、この惑星フォーチュンはリゾート惑星にするという方針が発見されると同時に決定し、その甲斐あって今でもこのような豊かな自然が残っているという、極めて稀な惑星なのだ。
木々の間に見え隠れしていた小道に入ると、頭の上に覆い被さるように伸びている枝が、久しぶりに浴びる直射日光の光を弱めてくれた。
気持ちの良い木陰を歩いていると、突如開けたその先に今日から泊まるホテルが見えて来た。百階建てのリゾートホテルで、周囲にはいくつもの娯楽施設が並んでいる。ショッピングセンターも併設してあり、ここだけで必要なものは粗方そろうだろう。
白と薄い茶色で彩られたホテルはどこかホッとする印象を受けた。誰かから追われる立場というのは知らないうちに心が蝕まれているようである。ここに来て良かった。
「見てよロイ! プールがあるわ。あとで行きましょうよ」
「構わないが、ユイは泳げるのか?」
「大丈夫よ。水着と一緒に浮き輪も買うから」
「オーケー、オーケー。プールでは俺から離れるなよ」
温かい目で私を見るロイ。もしかして、馬鹿にされてる? そんなことないか。
買い物の前にチェックインするべく、まずはホテルのロビーへと向かった。
ホテルの中はまるで南国のリゾート地をイメージした作りになっていた。私はすぐにそれが気に入った。我慢できずにロイに「早く、早く!」とせっついた。呆れた様子のロイだったが、部屋のカードキーを受け取ると脇目も振らずに用意された部屋へと向かってくれた。
私達の部屋は三十三階にあった。最上階ではななかったが、それでも十分に周囲が見渡せる高さだった。もちろん部屋の作りも南国風。大きな窓があり、外の景色を十分過ぎるほど堪能できた。
「見て見て! 向こうに湖が見えるわ。あそこにも行きましょう」
「はいはい」
ロイは部屋に持ってきた荷物を転がしながらこちらも見ずに答えた。そう思っていると、湖の方で水が上空へと噴き上がり、虹を作り出した。
「凄い凄い! どうなってるの? 湖に大きなクジラでもいるのかしら」
「そんなわけないだろう。恐らく湖に間欠泉でもあるんだろう」
「もう、夢がないなぁ、ロイは」
「悪かったな、夢がなくて」
そんなことを言い合いながら持ってきた荷物を一緒に片付けた。
****
一方そのころ、帝国本土の一室で美しい女性が嘆いていた。
「あの子の情報はまだないのかしら?」
「はい。現在調査中です」
「何でもいいので情報が入ったらすぐに私に教えるように」
そう言うと、その者は下がって行った。そして部屋には彼女ただ一人となった。
彼女はユイの母親の第八王妃であった。
「ユイが捕まったという情報は入っていないわ。まだ大丈夫」
第八王妃は自分に言い聞かせた。依頼を請け負った私立探偵からの連絡は惑星ラザハンを最後にもう何日も音沙汰がなかった。予定では、今頃は帝国領内に入ったところですぐに通信が来るはずであった。
慌てて惑星ラザハンの調査依頼を行ったが、まだ良い情報も悪い情報も入ってこなかった。
その時、使用人の一人が王妃に通信が来たとの連絡が入った。相手を確認すると、自室の一番機密性の高い部屋へと駆け込んだ。
「王妃様、ご機嫌よう。ミスターXです」
「ダナイ博士、こんな時に冗談は止めて下さい」
「ハハハ、王妃様、私はもう博士ではありませんよ。しがない宇宙船のパーツショップの店長ですよ」
「博士……それよりも、どうしたのですか? まさかユイが?」
ハハハ、と通信端末の向こうから笑う声が聞こえた。
「そのまさかですよ。お姫様は無事に惑星ラザハンを出発しましたよ。どうやらこちらの情報がどこからか漏れていたようです」
ハッと王妃は息を飲んだ。万全を期すために、通信は向こうから一方的に帝国軍で使われている暗号通信を用いて行われるようになっていた。たとえ傍受したとしても、解読するには軍の専用機器を通す必要がある。内容がバレる可能性はかなり低いと言える。
「気をつけて下さい。敵が身内にいるかも知れません」
「今、ユイはどこへ?」
「彼らがどこへ向かったのかは分かりません。何せ、オーバードライブ航行持ちの宇宙船に乗っていますからね」
「まあ! それでは向こうからの連絡を待つしかないですわね」
失望感は隠せなかったが、まだ無事であることが確認できた。今はそれだけでも十分だった。
「何か情報がきたら、また連絡しますよ」
そう言うと、ダナイは通信を切った。王妃はベッドの上に情報端末を投げ捨てると、娘の無事を願って一心に祈り始めた。
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