第9話 星間飛行
ラザハンを出るとすぐにオーバードライブ航行へと入った。これでこの船の行方を知る者は誰もいなくなることだろう。
私達は超低空飛行を続けたまま惑星ラザハンで昼側になっている町まで行くと、そこから惑星外へと飛び立っているいくつかの船に混じって、無事に宇宙空間に出ることができた。
だが、あの地面すれすれの飛行はもうこりごりだった。できればもう二度とやらないで欲しい。座席に染み込んでなくて良かった。
ダナイさんの苦言もあってか、二十四時間のうちに必ず七時間以上の睡眠をとるようになった。もちろんそれ以外の時間は大半がオーバードライブ航行に割り当てられていたが、その時間帯は私もなるべくコックピットに入り浸るようにしていた。
こうして、私とロイが一緒にいる時間は増えていった。
「ねえ、まだ生きて戻れるかどうか分からない状態なのに、勉強する意味、ある?」
「依頼人からの指示だ。隙あらばサボろうとするから、隙あらば学習させろとな」
「くっ」
コックピットの空いている席に座り、学習用情報端末と睨めっこしていた私は唇をかんだ。なんど腕時計を確認しても時間が全然進まない。それはもう、腕時計が壊れたんじゃないかと思うくらいに進まなかった。
どうやらお母様は、こちらのことは全てお見通しのようである。ドライアド宇宙ステーションにいたころはガミガミとうるさく言ってくる人がいなかったので、サボり癖があったことをすっかりと忘れていた。
今更ながら気がついたのだが、当初、私の側仕えとして一緒に来ていた人達がいつの間にか共和国側が用意した人物に置き換わっていたのは、最初から私を利用しようとしていたからなのだろう。
そうとも知らずに私は、うるさく言う人がいなくなったと喜んだものだ。今となっては恥ずかしい。あのころの自分を殴りたい。そんなに平和ボケしてどうするのかと。
かつて強大な戦力によってこの銀河を支配した帝国だったが、時が流れるに従ってその力はどんどん衰えていった。
帝国の全権力を掌握している皇帝陛下も有能な人物ばかりではなかったため、初代皇帝のような有能な皇帝陛下が現れない限りは底へと落ちていくだけだった。
そして残念なことに、これまでのところ、帝国の誰もが渇望するようになった有能な皇帝陛下は現れていない。
そんな帝国に変わって力をつけて来たのが、銀河の地図上では帝国と反対側にある共和国である。
共和国はその名の通り、いくつかの国が徒党を組んで作られた共同体の一種である。共同体は他にも、先ほどのラザハンのような中立惑星連合なんかもある。
力が弱まった帝国は銀河全てを皇帝陛下の下に掌握できなくなったため、特例として共同体が作られるのを認めていた。それがいけなかった。
そのうちの一つが今まさに帝国へ反旗を翻そうとしているのだった。共和国は帝国本土から離れていることをいいことに軍備を強化し、開戦間近というところまでこぎつけているようだ。力の無い帝国にはそれを正すことはできなかった。
そしてその開戦の理由に、都合良く共和国側にいた私が利用されるところだったのだ。
「戦争は起こると思う?」
色々と考えているうちに不安に苛まれた私は、それを思わず口に出してしまった。そんなこと誰にも分かるはずはないのに。
「起こさないようにするために、今、こうして頑張っているんだろう? ユイは無事に家に帰り着くことだけを考えておけばいい」
そう言うと、ポンポンと私の頭を叩いた。何だか子供扱いされているような気がして、思わず睨んだ。
「そう膨らむなって。最善を尽くそうとしているんだ。そこから先は考えても仕方がないさ。それよりも旅の無事を祈った方がまだマシだよ」
ロイは笑った。ロイは何でこの依頼を引き受けたのだろうか? 本当にお金が欲しくて依頼を受けたのか、それとも、針で突けばすぐにでも割れそうな、まるで風船のような平和を守るために受けたのだろうか?
「ロイはどうしてこの依頼を引き受けたの?」
「何でだろうな? 恩人の依頼だったからか、報酬が良かったからだったのか、それとも別に何かあったのか……」
「何よそれ」
呆れた、ロイは何故引き受けたのか分からないらしい。それら全てが密接に繋がって、引き受けることにしたのかしら? それとも。
「もしかして、私がお目当てなのかしら?」
ロイはジロリとこちらを見た。真剣なその目に思わずドキッとした。
「ユイのことはこの依頼を引き受けるまでは知らなかったからな。第十六王女ともなれば、知っている人間なんてほとんどいないさ。この俺のようにね」
ムッとしてロイを叩いた。それはそうかも知れないけど、言い方! もっと他にあるでしょうが。本当にロイは乙女心が分かってない!
私が何でむくれているのか分からないのだろう。ロイが隣で首を傾げていた。そのまま私は操縦席から少し離れたところにある席へと場所を移した。
飽きた。
学習用情報端末で勉強をするのに飽きた。こんなときはロイだ。ロイに構ってもらおう。ロイがいつも座っているコックピット内の操縦席の方へと向かった。
「どうしたの? そんなに辛気臭い顔しちゃって」
「ああ、これを見てくれ」
そう言うとロイは前方のモニターに情報を表示した。そこにはこれまで会った人物や暗号通信を行った対象、その内容、ここに来るまでの惑星で得られた情報が事細かに並んでいた。私にはロイが見て欲しい物が何なのか、さっぱり分からなかった。
「これがどうしたの?」
「見ての通りだ。どうやら暗号通信が他の誰かに漏れているらしい」
「えええ! お母様が関係しているの?」
「いや、その可能性は低いな。どちらかと言えば、母親の周りにいる誰かが漏らしているのだろう。例えば、母親の相談相手とかな」
私は唾を飲み込んだ。お母様の相談相手と言えばお父様? まさか。
「この宇宙域で通信のやり取りをするのは危険過ぎる。誰が首謀者であるのかを確認するのは帝国の宇宙域に入ってからだな。本当は逐一、暗号通信を送る約束になっているのだが、ラザハンを脱出する前から暗号通信は行っていない。恐らく相手方にも俺達の居場所はバレていないはずだ」
私は神妙に頷いた。定期連絡をしていないと言うことは、お母様はとても心細い思いをしていることだろう。しかし、お母様の近くに敵がいるようならば仕方がない。無事にお母様のもとに帰れたらきちんと謝っておこう。
「どうするの?」
「予定とは違う進路をとる。俺が予定していた進行ルートは相手方にバレていると考えた方がいい。予定通りの場所を通過していたら、後ろからバッサリだろうな」
急に背筋が寒くなった。こんなことなら、大人しく学習用情報端末と睨めっこしていれば良かった。
不安になった私はロイにしがみついた。ロイは心配ないとばかりに私の背中を撫でてくれた。何だろう。何だか安心する手つきだった。
ロイは私の腰に手を回すと、空いているもう片方の手で何やら前方のモニターを操作した。すると真っ黒な画面が現れ、そこに色とりどりの星が映し出された。ロイはその星図を拡大すると、現在自分達がいる場所を指し示した。
「本来の予定では惑星ラザハンのすぐそばを通っているマジックブースターレーンに乗って、一気に帝国領内に入るつもりだったが、予定を変更してオーバードライブ航行で帝国本土に直接向かうことにする」
ロイは画面上に映る、絹糸のように細く輝く光の筋を指した。今ではもうそのルートを使うことはできない。私達が惑星ラザハンにいたことは、今頃きっと共和国側に伝わっていることだろう。私はロイの意見に頷いた。
「だが、問題が一つある」
「問題?」
「そうだ。食糧の問題だ。オーバードライブ航行で向かうと、どうしても途中で食料を補充しなければならない。それで、ユイに決めてもらいたいことがある」
私に決めてもらいたいこと? それが何か分からず、私は首を傾げた。ロイは私のその表情を見て満足したのか、ニコリと笑った。
「ユイはどの場所に降り立ってみたい?」
そう言うと、さらに星図を拡大し、ルート上の候補地点を映し出した。
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