第8話 まるで映画のような

 二人で町の中を歩く。人通りのあるところから、全く人気のない裏道まで。私には誰かがつけていることに気がつかなかったのだが、ロイにはきっと分かっているのだろう。

 日が傾き始めたころ、私達は町外れにある採掘場跡地までやって来た。

 こんな人気のないところにいたら、私達を捕まえてくれと言っているようなものである。もしかしてロイは、そいつらの仲間だったりするのだろうか。私を裏切ったの?


「どうするの?」


 どうか、そんなことありませんように。祈るような気持ちでロイを見上げた。ロイは前方を見据えたまま小さな声で言った。

 

「やるしかないな」


 それがまるで日常茶飯事のようにロイは言った。その声は不気味なほど、何の抑揚もついていなかった。

 放置された採掘用ロボットの残骸の陰に隠れると、私の手を引っ張って、素早くその場からさらに離れた場所に移動した。周囲には誰の姿も見当たらない。ということは、相手方も私達の姿を完全に見失っているはずである。

 するとすぐに先ほど私達がこの採掘場跡地に入ってきた方角から、数名の男達が慎重に前方を確認しながらゆっくりと入って来た。どうやら彼らが跡をつけている人達のようである。

 角を曲がったところで私達がいなくなったことに気がついたのか、急に慌ただしくなった。


「くそっ、逃げられたぞ! まだ近くにいるはずだ。探せ! おい、早く頭に連絡して、仲間を呼べ!」


 リーダーと思われる人物が指示を飛ばす。そして少し離れたところにいた男が慌てて電話をかけようとしたそのとき、赤い閃光が目の前の空気を走った。

 赤い閃光は今まさに連絡を取ろうとしていた男の頭をきれいに貫いた。それを見た男達の動きが一瞬止まる。直後、頭を貫かれた男がゆっくりと倒れた。

 人が殺されるところを初めて見た。それはまるで映画を見ているようで、現実とはかけ離れた世界で起こっているかのような錯覚を覚えた。

 その直後、新たに二本の赤い閃光が走り、その場に立っていた男達の頭を貫いた。

 一瞬の出来事だった。私達を追いかけていた三人は、魔法銃を抜く暇も与えられずその生涯を閉じたのだった。隣にはすでに魔法銃を何事もなかったかのように腰のホルダーにしまうロイの姿があった。

 私の知っている世界とはかけ離れた光景に呆然と立ちすくむ私を、ロイが現実世界に引き戻した。


「急いで戻るぞ」


 私は一つだけ頷いた。私は途中に寄った店で購入したサリーと呼ばれる、この惑星の多くの女性が身につけている布を頭からスッポリと覆った。これで遠目には私が誰なのかは分からないだろう。

 私達は用心を重ねながら道を戻り、ようやくダナイさんの格納庫まで戻ってきた。


「どうしたこんな時間に? てっきり朝まで帰ってこないかと思っておったぞ」


 ニヤニヤしながらダナイさんが言った。このご老人は何か勘違いしているのではなかろうか? いや、そう言えば、今の私とロイは夫婦なのだった。そのような行為をする仲であっても当然問題な――。


「どうやら俺達がこの惑星にいることがバレているようだ」


 その言葉にダナイさんの目が一瞬見開いた。ロイの船を偽装していたくらいだから、当然、私達が何をしているのかを知っているであろう。そのダナイさんが驚くと言うことは、よほど予想外の出来事に違いない。そのまま彼は顎に手を当てて考え込んだ。

 

「そうか。船の偽装解除はすでに終わっておる。いつでも出て行けるぞ」


 その言葉にロイは頷いた。だが、ちょっと待って欲しい。

 

「え? 三日はかかるって言ってなかった?」

「あれは嘘じゃよ。どうせロイのことだ。無理を重ねてここまで来たのだろう? 少し休ませてやろうかと思ったのじゃが、どうやらそう上手くはいかないようだな」


 ダナイはロイのことを本当に良く知っているみたいだ。確かにここまで来るまでには、ロイはかなり無理なスケジュールでオーバードライブ航行をしていた。こんな事態になっていなければ、ダナイさんが言うようにロイをしばらく休ませるべきだろう。

 ラザハンまで来れば追っ手の心配はないと思っていたが、どうやらそうはいかなかったようだ。一体誰が密告したのだろうか?


「もしかして、あのとき助けた船が密告したのかしら?」


 もしそうならば、私のせいだ。私があの貨物船を助けて欲しいと言ったばかりにこんなことに……。

 

「そんな顔するな。あの船に乗っていた連中は俺達の顔を見ていなければ、声も聞いていない。偽装された船を見ても分かるはずがない。ましてやオーバードライブ航行の行き先など分かるはずがないからな」


 さも当然だとばかりにロイが言った。確かにそうだ。どこにでも自由に行けるのがオーバードライブ航行のメリットなのだ。どこに行ったのかなど誰にも分かりようがない。それではなぜ、居場所がバレてしまったのだろうか。


「今のうちにラザハンを出る。これ以上ここにいてダナイに迷惑をかけるわけにはいかない」

「そうか。慌ただしいが、仕方がないな。また落ち着いたらいつでも来なさい」


 ロイを見るダナイさんの目はまるで自分の孫を見るかのような目をしていた。心配そうではあったが、それと同時に止めることが出来ないことを理解している。そんな感じだ。

 そう言うとダナイさんは私達を送り出してくれた。



 ラザハンの丸い二つの衛星が照らす砂漠の上を船が滑るように進んでいく。それなりの明るさがあるとはいえ、このように地面すれすれを飛行するのはどうかと思う。私は座席を固く握りしめた状態で聞いた。


「ねえ、どうしてこんなに低い位置を飛んでいるの?」

「高く飛ぶと奴らのレーダーに引っかかる可能性がある。俺達がさっきまでいた場所はすでに警戒されているだろう。このまま昼間の町まで行って、他の船と一緒に宇宙に飛び立つ」


 なるほど。と、言うことは、今しばらくはこのスリリングな体験を続けなければならないということか。あなたの腕前を信じているからね、ロイ。



 ****



 一方そのころ、ラザハン某所の領主執務室では恰幅のいい男が部下に何やら指示を飛ばしていた。


「取り逃がしただと? どれだけの金を払ったと思っているんだ。グルドの奴らに伝えておけ。失敗したら金は払わんとな!」


 ハッ! と部下が答え、慌ただしく部屋から出て行った。それを見送るとすぐに、アンティーク調の古い電話機を引き寄せ、この町の管制塔に連絡を入れた。


「対空レーダーの監視を強化しろ。この一帯から飛び立とうとする船があったら、すぐに連絡を入れて追跡しろ。いいな」


 それだけを言うと、相手の返事も聞かずにガチャリと電話を切った。更けゆく空を見ながら領主の男は呟く。


「これでラザハンの外には出られないはずだ。動きを封じ込めているうちに何とか捕まえなければならない。姫君さえ捕まえてしまえば、その利用価値は計り知れないぞ。俺の名前が共和国中に広がることだろう。しかし、あの情報がまさか本当だったとはな。それならもっと厳重に警戒しておくべきだった。それにしても、マジックブースターレーンを封鎖させないとは、あいつらは何様のつもりなんだ。いつか、制裁を加えないといけないな」


 こうして男はその後もブツブツと呟き続けた。

 しかし、それから何日経っても姫君が捕まることはなかった。それどころか、部下を失った上に金まで入らなかったグルドが激怒し領主に報復を始めた。

 そしていつのころからか、この領主がマジックブースターレーンを自分の意のままに操ろうとしていたことが明るみに出て市民の反発を買った。

 逃げ場のなくなった領主はいよいよ惑星外に逃げだそうとしたが、あえなくグルドに捕まった。その後の領主の行方を知るものはいなかった。

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