第7話 惑星ラザハン
ラザハンはカラッとした暑さの惑星だった。おそらくは、昔に授業で習った「砂漠」という場所がここに当たるのだろう。
ラザハンに到着してから二日目。私は初めて訪れた砂漠をどうしても見に行きたかった。背中に大きなこぶのあるラクダがいるのだろうか? オアシスの周りには緑が溢れ、美しい草花が生えているのだろうか?
「ロイ、デートしましょうよ!」
船内に引きこもっているロイを外に連れ出すべく、いいや、私の砂漠を体験したいという欲求のためにロイを誘った。情報端末から顔を上げたロイは渋い顔をしていた。
「外か。あまりお勧めはしないな」
「どうして?」
「この惑星には何もないからだよ」
「そんなの行ってみないと分からないわよ」
なおも渋るロイを無理矢理外へと連れ出した。ロイはやれやれと言った感じを隠そうともしなかったが、黙ってついてきて来てくれた。
私達はダナイさんが現在作業中の仕事場をすり抜けて、格納庫の業務員用扉を押し開けた。
その途端、熱い風が私達の横をすり抜けて行った。慌てて帽子を押さえると、初めて感じる灼熱の風にいささか興奮した。これが砂漠の風!
ウキウキと歩く私の隣を「何が面白いんだ」と言わんばかりの顔をしたロイが歩いている。どうやらロイには情緒というものがないらしい。コイツはきっとお金にしか興味がないのだろう。
ロイが言っていたように、確かに大きな街と比べると何もないところだった。同じような四角い石造りの建物が何軒も大通りと思われる場所に軒を連ねていた。
こんなところまで観光に来る人はいないのだろう。店先にはお土産品などは置いてなく、食べ物や日用品が雑多に並んでいた。中にはキラリと鈍く光る宝石や装飾品もあった。しかしそのどれもが三級品以下の代物だった。若い子など来ないのだろう。
ロイはこの辺りの地形はよく知っているらしく、何もないにしろ、色々なところに連れて行ってくれた。
かつては鉱山都市として栄えたこの町には、今でも過去の栄光が残っている箇所もあった。大きな事務所跡地や従業員が数万人規模で泊まれそうな、廃墟となったビル群。驚くほど巨大な砂に埋もれつつある掘削機。
「人が管理しなくなるとこんな風になっちゃうんだね」
「そうだな。大自然の前に人は無力ということだな。それは住む場所がどこになろうと同じさ」
私達もその内いなくなってしまうだろう。そうなれば、自然はまた何億年前から続いていた形に時間をかけて戻って行くのだろう。
しばらく散策して喉が渇いたので、近くのカフェへと立ち寄った。運ばれてきたジュースの冷たさに満足していると、隣に座っている人達の話が耳に入った。
「聞いたか? 何でもマジックブースターレーンが封鎖されるらしいぜ」
「そんなわけあるか。封鎖しようとしたどっかのバカがいたらしいが、すぐに捕まったって話だよ」
「そうだったのか。何でそんなバカなことをしようとしたのかね? 中立地帯のお偉いさんがそんなこと許すわけないのにな」
ハハハと笑い合う。その話を聞いて思わずギョッとなった。目の前のロイを見たが彼は無表情だった。
ひょっとして、さっきの話が聞こえてなかったのだろうか。私は恐る恐るなおも彼らの声に耳を傾けた。
「ひょっとして、近頃増えた共和国の兵士と何か関係があるのかね?」
「誰かを探しているのか? こんな寂れた惑星に来る奴なんて、ろくな奴がいないのにな」
「ああ、そうだな。グルドの奴らが共和国の兵士にビクビクしてるんじゃないのか? 自分達を捕まえに来たんじゃないのかってな」
「あのならず者が捕まってくれるなら、共和国様々だよ」
二人は他の人たちに聞こえないように声のトーンを下げたが、隣に座っていた私にはその全てが聞こえていた。男達はまた、ハハハと笑った。
どうやらこの辺りにはグルドと呼ばれるならず者が潜伏しているようだ。共和国の兵士は本当にそいつを捕まえに来たのだろうか? それとも私を?
挙動不審にならないようにゆっくりと左右を見渡してみたが、それらしい人物は見当たらなかった。
考えたところで答えが出るはずがない。私を探している場合を想定してさっきよりも深く帽子を被った。
「ロイ、早く戻りましょうよ」
何だか恐ろしくなってきて、小さな声でロイを催促した。しかし、それが聞こえなかったのが、動こうとしない。
もう一度いいかけたそのとき、
「すでに目をつけられているようだ。こんなとこに若い女性がいるのは珍しいからな」
どうやらすでに最悪の事態になっているようだ。このまま船まで戻れば、居場所を特定されてしまう。そうなれば、仲間を呼ばれてしまい、すぐに捕まってしまうだろう。
ロイが外に出たがらなかったのは、このような事態になることを想定していたのかも知れない。私が外に出たいなんて言わなければ、安全に過ごすことが出来たのに。私はどこかで自分が追われている立場だということを忘れてしまっていたのだろう。ここで捕まったら全て私のせいだ。
「ど、どうするの?」
私がロイに顔を近づけ小声で聞くと、ロイもこちらに頭を近づけた。おでこがゴッツンコしそうな距離だ。胸がドキドキしているのは、捕まるかも知れないという緊張感からだろう。
「とりあえず、穏便に済ませられないかやってみるとしよう。ここでこれ以上目立つのは避けたい」
ロイは先ほどからおしゃべりに夢中になっている隣の男達にチラリと視線を送った。
なるほど、ここにはおしゃべりさんがいるからね。と言うか、こんなゴシップネタが少なそうなへんぴな場所では、私達の逃走劇はこの辺りに住む人達にとっては大変刺激的なネタになることだろう。
噂が広がればダナイさんに迷惑をかけることになるかも知れない。
「具体的には?」
「あいつらを巻くしかないな」
そう言うと、席を立った。私も慌ててそれに続いて席を立つ。恐ろしさのあまり、ロイの腕にしがみついた。ちょっと歩きにくいが、今だけは許してもらいたい。ロイはちょっと驚いたような顔をしていたが、特に文句を言ってくるようなことはなかった。
店から外に出るまでの間も周囲を確認したが、ロイが言う「あいつら」を見つけることが出来なかった。
「ロイ、どこにいるの?」
「物陰に隠れて尾行している。マントを着ているので分からないかも知れない。何せ、この辺りの人達はマントを着て服が汚れないようにしている者が多いからな」
ロイにそう言われて改めて見たが、確かにマントを着た人達がいた。しかし、それなりの人数がおり、誰なのかは結局のところ分からなかった。
それでもロイには分かっているのだろう。野生の勘か何かなのだろうか? それとも、何か臭いでもするのだろうか。ひょっとして、この腕時計型の端末にレーダー的な何かの魔法が組み込んであるとか……。
とにかく私達は歩く底度を早めて、ジグザグに道を移動し始めた。上手く角を曲がれば見失ってくれるかも知れない。私はそれに淡い期待をかけた。
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