第6話 悪夢
兄さん達の声が聞こえる。その後ろにはけたたましいサイレンの音。遠くには爆発音だろうか、ドーンという音が聞こえ、その音に呼応したかのように自分が横たわっているカプセルが揺れた。
プシュっという音がすぐそばで聞こえた。この音は聞き覚えがある。自分が入っているカプセルが開く音だ。
「目を覚ませ、No.61! 早く起きろ、時間がないぞ」
「……兄さん?」
「さあ、No.61、良い子だからこっちへ来るんだ」
俺は兄さんに手を引かれてカプセルを出た。
「イそゲ。残サレた時間はほトンどなイぞ」
「いそいで、いそいで、いそいで」
他の兄さん達もすぐ近くまで来ているようだ。バタバタと慌ただしい足音が宇宙ステーションにこだましている。遠くで発砲音が聞こえる。一体何があったのだろうか? 一体誰と戦っているのだろうか。
兄さんに連れられて実験室を出ると、そこには多くの人たちが倒れていた。その中には僕達を管理していた人間達も混じっている。向こうでは兄さんが魔法銃を片手に撃ち合っている。
どうやら兄さん達が戦っているのは管理者のようである。
後方に魔法銃が発射される音を聞きながら、僕は兄さんに手を引っ張られてどんどん奥へと連れて行かれた。
行き止まりになったそこには一つの脱出用ポットが用意されていた。それは管理者の中でも偉い人が緊急時に使う用のものであり、確かそれには緊急用の冷凍保存機能がついていたはずだ。その機能を発動させれば、理論上は数百年もの間、生きながらえることができる。
「兄さん?」
「さあ、入るんだ」
「待ってよ! 僕も戦うよ!」
「駄目だ」
「じゃあ兄さんも!」
「これは一人用だ。それに俺にはやらなければならないことがある」
美しく整った兄さんの顔には何の表情も浮かんでいなかった。それはまるで感情などないかのようだった。
「すぐにみんなで追いかける。心配するな」
「分かったよ、兄さん」
「良い子だ」
兄さんは僕の頭をひと撫ですると、脱出ポットの扉を閉めた。
ガクンと押し出されたような感じがすると、すぐにフワリとした感じが襲いかかった。これが浮遊感か、と思っていると小さな窓の外に赤い閃光が走った。慌てて小さな窓に張り付いて外を確認したが、すでに小さな炎になっていた。
****
おかしい。ロイが起きてこない。まるでロボットのように正確に分刻みで動いていたあのロイが寝坊だなんて、信じられない。
寝る前に「七時間ほど眠る」と言っていたので、多少のズレはあると思っていたが、今は八時。ひょっとしてロイの身に何かあったのではないか。ロイの部屋を覗くくらい問題ないよね? と自分に言い聞かせてダイニングルームを出ようとした。
そのとき、ロイがフラフラとやって来た。
「ロイ! どうしたの!? 顔色が真っ青だよ」
慌ててロイの元に行くと、着ている服はじっとりとしている。そのままロイを引っ張ってダイニングルームの椅子に固定すると、すぐに冷蔵庫から甘いミックスジュースを引っ張りだした。
「ほら、これを飲みなさい」
ロイは言われるがままに飲み始めた。まるでそこには魂が入っていないようである。
これはきっと、怖い夢でも見たな。ほんとに手のかかる子供だ。
私はそのままロイを抱きしめると、自分の顎の下にあるロイの頭をロイが正気を取り戻すまでナデナデしていた。きっと母親って、こんな気持ちなのね。
惑星ラザハンに到着するまでには七日の月日がかかった。それでもマジックブースターレーンを乗り換えながら向かうよりかは随分と早く着いた。話によると、ここで船の偽装を解除し、すぐそばにあるマジックブースターレーンを利用して帝国本土へ帰ることになるそうだ。
「あれがラザハンね。砂の惑星と呼ばれるだけあって、緑はほとんど見えないわね」
眼下には薄茶色の不毛の大地が続いていた。この距離からではそこに町があり人が住んでいるようにはとても見えなかった。
かつてこの惑星には地下資源が豊富に存在し、それを求めて多くの人達で賑わっていたそうである。しかし資源が枯渇した今ではその面影は全くなく、残された重機や町もしばしば起こる砂嵐によって地表から消え去りつつあった。船は迷うことなくラザハンの大気圏を進んで行った。
帝国にも共和国にも属していない、中立惑星であるラザハンには、管理された宇宙港はなく空き地であればどこでも着陸できるというとても自由な場所だった。
地表に近づくと、砂と岩の他には何もないと思っていた惑星にも、あちらこちらに小さな町がいくつも点在しているのが見えた。
ロイはとある町に降り立つと、脇目も振らずに大きな格納庫のある建物の中に入って行った。慌ててその後に続いて行くと、一人の初老の男性がゆっくりとやって来た。頭の髪は白髪交じりで、眼鏡をかけ、日に焼けている。私を見るとビックリしたかのように一瞬目を見開いた。もしかして、私の正体がバレてしまったのだろうか?
「まさかまさか、ロイが本当に嫁女を連れて来るとは思わなかったよ」
は? 嫁女? 何を言っているんだこの人は。呆れてロイの方を見た。
「だから言っただろう。それよりも、船の偽装を解除してもらいたい」
は? 何でロイは嫁女発言を否定しないわけ!? なに人を勝手に嫁にしてるのよ!
口を膨らませて無言でロイを睨みつけたが、ロイは一切こちらを見なかった。これはあとでじっくりと話を聞かないといけないわね。
そうこうしている間に話はまとまったようであり、ロイが格納庫に船を移動させた。
「仕事が終わるまでには最低でも三日はかかる。それまで、夫婦水入らずでバカンスを楽しむといい。こんな寂れたところでも、ホテルくらいはあるだろうからね」
「いや、船内で過ごすつもりだ」
「そうかそうか。ではなるべく船内の音が聞こえないように騒がしくしておこうかね」
そう言うと、早速作業をするべく、老人は去って行った。一体船内で私達が何をすると思っているのか。思わず呆れて口を開けたが、そんなことをしている場合ではない。私はロイを船内へと引きずり込んだ。
「ちょっとロイ、説明してもらっても良いかしら?」
「彼はダナイ。何でも有名な科学者だったらしく、この船の偽装をしてくれたのも彼だ。ここからはもう偽装の必要はないからな。偽装を解除して速さと戦闘能力を上げた方が安全だ」
「違うわよ! 何よ、あれ。何で私がロイの嫁になっているのよ!」
バンとテーブルを両手で叩きつけると、忘れてたとばかりに何やらカードのような物を私に差し出した。
「何これ?」
「ユイの身分証明書だ」
見ると、そこには「ユイ・ベルガロット」の文字があった。ベルガロットって確か――。
「ちょっとロイ! 何で人を勝手に嫁にしているのよ!」
「一時的な処置だ。夫婦に偽装していればここから先の検問を通過しやすいからな。万が一、職務質問されたときも対応できる。こうしてペアルックの腕時計も着けていることだしな」
そう言って自分の腕時計を見せるロイ。まあ、用意周到ですこと! 呆れて物が言えないわ。しかし、いつの間にこんな物まで用意していたのだろうか? どうやら随分前から準備していたようである。
そんな私のことはそっちのけで、ロイは情報端末と格闘していた。
ラザハンに着いてからも、ロイは一度も彼が見たであろう悪夢についてのことは話さなかった。
私の腕の中で怯えている様子はまるで子供のようだったが、正気に戻ってからは、よほどそのときのことが恥ずかしかったのか、しばらく私と目線を合わせてくれなかった。
当然私は一体どんな夢を見たのかを聞いたのだが、そこは強情さに定評のあるロイ。私に心配をかけたくないからと言って、一切口にしなかった。私たちはパートナーなんだし、少しは心配くらいかけてもいいのに。
「ねえ、ロイとダナイさんってどういう関係なの? 何だかかなり親しそうな印象を受けたんだけど」
ラザハンに到着したその日の夜、寝る前のちょっとしたくつろぎの時間に私はロイに尋ねた。ロイはいつも自分の部屋ではなく、ダイニングルームで作業をしていた。自分の部屋に戻るのは眠るときだけだ。ひょっとして、寝るのが怖いのかしら? 毎日、悪い夢を見ているのかしら?
ロイは情報端末を横に移動させると、冷蔵庫から持ってきたドリンクを飲み始めた。その様子は、言うべきか否か迷っているようだった。
「ロイ、そのコーヒー牛乳、私のなんだけど?」
「……ダナイは俺の命の恩人だ」
露骨に話しを逸らされた気がするが、ここでコーヒー牛乳について追及すれば、またロイがへそを曲げてしまうかも知れない。悔しいがここは我慢だ。ロイの話が終わってからそのことについては追求すればいい。
「それじゃあロイはこの惑星で生まれたのね」
「いや、生まれはここじゃない。脱出ポットで彷徨っていたところを偶然通りがかったダナイに拾われたんだ」
ダナイさんは一体何をしていた人なのだろうか。ロイとダナイさんが話している感じたと、ロイの宇宙船を偽装したのは他でもないダナイさんだろう。
宇宙船の偽装はもちろん犯罪だ。こんな辺鄙な惑星でなければすぐに捕まってしまうだろう。宇宙船の偽装をするにしてもそれなりの技術が必要だ。それを一人で……え? 一人で? 確かこの格納庫にいたのはダナイさんだけだったはず。まさか本当に一人でやったのか。いや、それだけじゃない。確かダナイさんは偽装を解除するのに三日はかかると言っていた。一人でそれをやるだなんて不可能だ。
「ダナイさんって何者なの?」
私の質問にロイは少し考え込んだ。その間も私のコーヒー牛乳を飲んでいる。
「何でも偉い科学者だったらしい。だがやり過ぎて首になったそうだ」
「やり過ぎたって、何を?」
「そういえばそこまでは聞いたことがないな。ダナイは一体何をしたんだろうか? 依頼主に聞けば分かるかな」
「お母様に? どうして?」
「この仕事を仲介したのがダナイなんだよ。きっと何か接点があるのだろう」
お母様とダナイさんが知り合いだったなんて。何だか謎がますます深まったような気がする。ダナイさんがロイにあえて何をやらかしたのか言わなかったところを見ると、きっと私が聞いてもはぐらかされるだけだろう。そう思うとますます気になった。後でお母様に聞こう。
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