第5話 私の王子様
体に重くのしかかっていた重力が収まってきた。どうやら最高速度に達してきたようだ。危険なので重力が安定するまではシートベルトを外すことも、席を立つこともできなかった。
オーバードライブ航行は最長で十時間持続させることができる。その後は一度通常航行に戻り、現在地の確認と再度のオーバードライブ航行をするための航路の確認をしなければならない。
どこにでも行ける反面、安全性は保証されておらず、どこかの恒星や惑星に衝突したりブラックホールに捕まったりする可能性があった。
宇宙空間を人々が自由に行き交うようになってからかなりの年月が経っているが、その間にどれだけの行方不明者がいるのかを知るものは誰一人としていない、と本には書いてあった。
「ちょっと、本当に鞭打ちになったらどうするつもりだったのよ!」
私は先ほどの戦闘のやり方に抗議した。あんなデタラメな運転をする奴は人間じゃない。
「だから言っただろう? 俺の運転は荒いと」
「言ったけど、ここまで酷いとは思わなかったわ。それに、さっきのは何よ。一瞬でシールドを無効化したわ。あれって、もしかしてナパーム弾?」
「よく分かったな。もしかして、ミリタリーマニアなのか?」
「違うわよ! よくあんなお金のかかる実弾を使えるわね。あきれたわ」
戦闘で用いられるものは収束魔法が一般的だった。なぜならば、反ダークマター対消滅エンジンから生み出される膨大なエネルギーを利用して魔力を増幅させれば、ほぼ無料で撃ち放題なのだから。さらに言えばその必要とされる魔力も、相転移システムによって宇宙にほぼ無限に存在するダークマターから生み出すことができた。そのため、お金のかかる実弾兵器を使う人はほとんどいなかった。そんな物を使うのはミリタリーマニアくらいである。
それにしても、あの加速力、あの旋回速度。この船はただの船ではない。貨物船に偽装していると言っていたが、偽装を外すと一体どうなっているのだろうか。どこかの軍の型落ち品なのだろうか? そんなものを果たして一般人が買えるのだろうか? 謎は深まるばかりだった。
もしかして、このもらった腕時計も実は凄い物だったりして。そう思った私は隅々まで余すところなく確認してみたが、特に際立って優れたところもなければ、特に欠点となるようなところもなかった。言うなれば普通だ。普通。
****
一方その頃、惑星カトレア付近の宙域で歓声が上がっていた。
「助かった。本当に助かった。ありがてぇ、ありがてぇ」
「一体さっきの船は何者だったんだ? あの速度にあの戦闘能力。中身は絶対に普通の船じゃないぜ」
興奮さめやらぬ様子でレーダーを見ていた男が言った。
「何でもいいじゃないか。こうして無事に生き残ることができたんだ。それにしても、退治した賊の船を調べずに行ってしまったが、良かったのかな?」
気の弱そうな通信士の役目を担っている男が言った。
ちょうどそのとき、彼等の元に一つの通信が届いた。文字だけが綴られた簡易的なものである。
「なんだ?さっきの船からの通信か? 何々、「コウカイノブジヲイノル」か……」
その通信内容に、男達は押し黙った。
「行ってしまったものは仕方が無い。俺達でしっかりと後片付けしておこうぜ」
そう言うと、貨物船は進路を先ほどの戦闘空域へと向けた。
賊を退治すると、ほとんどの場合、その船の残骸を調べそこから賊の手がかりを探すのが一般的だ。なぜなら、賊が持っていたお宝が手に入るかも知れないし、仮に賞金首であれば、倒した証拠品を治安部隊に持って行けばお金に替えてくれるのだ。残骸を調べない手はなかった。
貨物船は回収モジュールを射出し、回収に当らせた。
「おい、これを見ろよ。こいつらはあの有名なバラドだぜ」
「バラドって、この辺を荒らし回ってるあのバラドかよ?」
「そうだ。こいつらに何人の仲間がやられたことか。これであいつらも報われるってやつさ」
「違いない。早速届けに行こうぜ」
ここは治安部隊が駐在する部屋の一室。中では今回の件に関する報告が行われていた。
「間違いなくバラド達だな。良くやってくれた。賞金は君たちのものだ」
「ありがとうございます!」
「しかし、あのバラドを倒すとはな。奴らも仕事に慣れすぎて、油断したのかも知れないな。ところで、話しは変わるが不審な船を見なかったか?」
「不審な船、ですか?」
自分たちの船を救い、礼を言う間もなく飛び去った船が、船長の頭をよぎった。
「そんなものは見てないですね。何かあったんですか?」
「いや、いいんだ。見ていないなら気にしなくていい。今日はこの金で一杯やるつもりか?」
「もちろんですよ。奴らにやられた同胞の分も、祝杯を挙げなきゃいけませんからね」
「それはいい」
ついでにあの船の航海の無事を祈らないといけないな、船長は密かにそう思った。
****
オーバードライブ航行は便利な反面、操縦者にはそれ相応の負担がかかる。普通は二人以上のパイロットで交代しながら行うのだが、生憎この船にはパイロットはロイ一人しかいなかった。そのため、十時間ぶっ続けで航行した後に少し休んでまた十時間航行するという、普通では考えられない運行のやり方で進んでいた。
もちろん途中で私はロイを止めた。頑固者のロイは最初こそ、全く言うことを聞かなかったが「聞き入れなかったら裸になってロイの目の前で踊り続ける」と脅すと、ようやく聞き入れてくれた。それでも、八時間航行は譲らなかった。
八時間航行した後、一時間休んでまた八時間。ロイはいつ眠るつもりなんだ?これは裸踊りをした方がいいのかも知れない。
早く帝国領内に入りたいのは私でも分かる。すでに後ろから追いかけられている可能性も十分にあるのだ。だからと言ってロイの健康に問題が出るのはどうしても妥協できなかった。
ロイは「自分は特別だから大丈夫」と言っていたが何が大丈夫なものか。人間無理をすれば必ずどこかで無理がたたる。甘く見てはいけない。今の私にはロイしか頼る者がいないのだから。
それから二日が経った。私は激怒した。
「ロイ、いい加減に寝なさい!」
明らかに「チッ」と舌打ちして、パイロット席の後ろに仁王立ちする私の方を振り向いた。私はロイをキッと睨みつけた。ロイにどんな怖い顔されようが、引くつもりは全くなかった。
「別に眠らなくても大丈夫だ」
「そんなわけないでしょう! 良い子だから寝なさい!」
私の良い子発言に、ロイは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。初めて見たその顔に思わず私は吹き出した。
ロイはますます気分を害したようで、すぐに流れる星々が見える正面のモニターに向き直った。
「ごめん、ロイ。謝るからさ。私はロイのことが心配なのよ。任務も大事だけど、自分のことも心配してちょうだい」
ロイは無言で正面のモニターを見つめている。本当に強情なやつだ。ならば仕方がない。私は一枚服を脱いだ。
「ロ~イ~?」
そのままの格好でロイの正面に移動した。
「ちょ、お前、何やってんだ!」
ロイが瞠目した様子で私の姿を眺めている。フフフ、私のナイスバディにいまさら気がついたか。
「どうしようかな~、もう一枚脱いじゃおうかな~?」
「あーもう」
ロイは頭をグシャグシャと掻きむしった。そして降参したとばかりにオーバードライブ走行をやめ、自動航行へと切り替えた。
「素直でよろしい」
「ユイ、もっと自分を大事にしろ」
「あら、こんなことをするのはロイの前だけよ。私の王子様」
はあ、と大きくため息を吐くと何やらブツブツいいながら自室へと入って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。