第4話 惑星カトレア
翌日、最初の目的地である惑星カトレアの大地が見えてきた。
この惑星は地下に大量の水が存在していることが発見されてから、数十年のテラフォーミングの末にようやく居住できるようになった茶色の惑星だった。現在では地下水を汲み上げて作られた湖が乾いた茶色の大地を潤しており、そのすぐ近くに都市郡が形成されていた。そしてそのような場所がこの惑星に何千箇所と存在していた。
「どの都市に降りるのかしら?」
マジックブースターレーンに入ったときと同じように静かに惑星カトレア付近で下りた。ロイの操縦の腕前は本物だった。これなら用心の送迎用のパイロットとして重宝されることだろう。
しばらくは大丈夫だろうと判断し、安全ベルトを外して席を立つとコックピットの中央付近に座るロイの方へと向かった。
「カトレア最大都市、ゴールドに降りる」
前方のモニターを見つめたままロイがぶっきらぼうに言った。
「ゴールドって金のことでしょ? いつも思うんだけど、そのまんまのネーミングよね」
「分かりやすくていいじゃないか。カトレアには観光名所はないし金を求めてくる者ばかりだしな」
雑談を始めた私の方を、やれやれ、といった感じでロイが見た。
「ある意味、商人専用の惑星だもんね。まあ、買い物くらいはできそうだけどね。はい、これ。買い物リストよ」
ロイはそれを受け取ると、一回首を縦に振った。了承されたと思って良いだろう。ロイはそれを手早く携帯端末に入力すると「これでいいか」と端末を私に渡してきた。
そこには今日の移動ルートが示されていた。おまけに滞在時間つきだ。細かい。
私がそのリストを凝視している間に、入港許可が下りたようである。船はゆっくりと貨物港へと入っていった。
久しぶりの重力! といっても、たったの二日ぶりなのだが、長らく重力下で過ごしていた私にとっては、大変ストレスのかかる日々だった。私が昇降口で背伸びをしていると、後ろからきたロイに「ボサッとするな」と先を促された。まったく、情緒のないやつだ。
先ほど組んでいた予定通りに移動を開始した。ロイという側仕えがいるものの、これほど自由に動き回るのは初めてだった。何だか見るもの全てが新鮮に見える。
私が買い物をしている間、ロイは端末に向かって何やらもの凄い早さで何かを打ち込んでいた。気にはなったが今はそれよりも買い物だ。買い物最高! 私は私で腕時計型の端末にあらかじめダウンロードしておいた買い物マップを起動した。ここには今日訪れようと思っているショップの数々が記憶してあるのだ。ムフフ。
「随分とご機嫌だな」
「そりゃあね。自由って素晴らしいわね。癖になりそう」
ちょっとしたカフェでジェラートを食べていると、ロイにあきれ顔をされた。きっとロイは自由の素晴らしさを知らないのだろう。残念な男だ。
「さっきから何をやってたの?」
「依頼人に定期報告をしていた」
「定期報告? もしかして、お母様と話せるの?」
「いや、こちらから一方的に暗号を送信するだけだ」
「ああ、なるほどね」
さっきからロイがせっせとやっていたのは暗号化した報告書を作っていたのか。って、船のAIを使わずに自力でやっていたの!? 自力で暗号化できるのだとしたら、ロイはとんだ変態だ。
もしかしたら、探偵ならばそのくらいの技術は必須なのかも知れない。暗号解読とかもありそうだしね。ロイが探偵だったのは本当だったんだ。
ロイがここカトレアに滞在したのには、情報収集と定期連絡を兼ねていたようだ。マジックブースターレーンでの移動中には外部とは連絡を取ることができない。それでこうやってマジックブースターレーンから定期的に降りて、連絡をするのだろう。
「はい、あーん」
「ユイ、何を考えているんだ」
「だって、恋人同士がしかめっ面で睨み合ってたら目立つわよ。だからほら、あーん」
そう言うとロイは、渋々といった表情で食べてくれた。ふふっ、意外と可愛いところもあるじゃないか。
「必要な物は全部手に入ったか?」
「うん、大丈夫。そっちは?」
「こっちも必要な情報は手に入った」
「それで、これからどうするの?」
「話しの続きは船に戻ってからだ。誰が聞いているか分からないからな」
真面目なトーンで話すロイに、私は神妙に頷いた。
船に戻るとすぐに出港準備に入った。買ってきた商品を慌ただしく自室に納め、コックピットへと急ぐ。すでに出港許可は下りているようであり、私が定位置に着くと、船はすぐに格納庫から宇宙空間へと飛び立った。
「次はどこに向かうの?」
「ラザハンだ」
「ラザハンは確か、ここのマジックブースターレーンとは直接繋がってなかったわよね?」
ラザハンはこの惑星からそう遠くない距離にある惑星なのだが、そこまで行こうとすれば、マジックブースターレーンを途中で乗り換えなければならない。そうするくらいなら、直接帝国まで戻った方が早いはずである。わざわざラザハンを経由する必要はない。
「そうだ。だからオーバードライブ航行で直接ラザハンに向かう」
「オーバードライブ航行! この船、そんなことまでできるの!?」
オーバードライブ航行は一回での光速移動距離こそ短いものの、どこでも自由に移動できるというメリットがあった。その反面、それを搭載する費用はとても高かった。
そのため、軍隊か、大商人でもない限りは所有していなかった。
何でそんなものをロイが所有しているのか。ロイは一体何者なのか。どうやらただの私立探偵ではなさそうだ。
私が疑惑の目を向けている間にもこの船はオーバードライブ航行をするべく、惑星カトレアの重力圏外へと離脱していた。どこでも使えるとはいえ、オーバードライブ航行にも一応の制約があり、強い重力圏からはある程度の距離を取らなければならなかった。
重力圏外へと出るまでの間に新しい情報はあったのか聞いてみた。その結果、どうやらつい先日までお世話になっていたドライアド宇宙ステーションでは、ステーションの統治者が別の者に変わったらしい。ようするに、前の統治者は更迭されたということだ。おそらく、私が失踪したせいであろう。
すでに追っ手は迫ってきているのだろうか? 急に不安になってきた。
そのとき、手元のレーダーに反応があった。レーダーには四つの光点が瞬いており、四つの内の少し離れたところにある光点を、残りの三つの光点がついて行く形である。
「ロイ、この光点は何かしら?」
「どうやら貨物船が賊に追いかけられているようだな」
「早く行って助けなきゃ! まさか、見捨てるなんてこと、しないわよね?」
さすが交易が盛んな惑星だけあって、こういう海賊行為をする人達も多くいるのね。きっと、取り締まっても、取り締まっても、Gのように湧いてくるんだわ。考えただけでも気持ち悪い。
「本当に助けに行くのか?」
ロイはこの期に及んで尻込みしているようである。マジックブースターレーンの乗り降りを見ただけで、ロイがかなりの技量を持つことは分かっていた。後ろから不意をつけばどうということはないだろう。
「そうよ! ほら、早く!」
「だったら、シートベルトをしっかり着けとけ。俺の運転は荒いぞ」
慌てて私がシートベルトを着けると、それを確認したのか、急にもの凄い重力が体にかかった。何、この急加速! 鞭打ちになりそう!
光点がグングンと近づいて来たかと思うと、あっという間に賊の後ろに張り付いた。そう思った矢先、小さな赤い火の玉が敵船に当ったかと思うと、一気に無数の大きな火の玉となり、敵船のシールドを瞬時に飽和させた。
私達が使用している全ての宇宙船にはシールドの魔法が張り巡らせてある。それは主に小さなスペースデブリから船体を守る為のものであり、それはまた、こうして攻撃された時に船体を守る効果もあった。
そのため、相手の船にダメージを与えるには、シールドを無効化、すなわち、シールドを維持できる以上のダメージを与え、シールド発生装置に蓄えられている魔力を一時的に枯渇させる必要があった。
敵船のシールドが無効化された直後、緑色の光の束が敵船を貫き、爆発四散した。光の束はおそらく直進型の収束魔法だろう。貫通性の高い収束魔法は実弾を消費せず、コストが安いため、大体の宇宙船に搭載されていた。
貨物船を追いかけていた三隻のうち一隻がアッサリと撃沈したことで、賊は貨物船を追いかけるのをやめたようだ。貨物船とは違う方向にバラバラに進路を取った。
その内の片方の船にすぐに追いつくと、先ほどと同じように賊の船は爆発四散した。どうやら敵船の砲門は前方、もしくは側面にしか設置されていないようであり、こちら側に攻撃しようと旋回しているところをロイに狙い撃ちされた。
すぐさま急速旋回し、残りの船を追いかける。魔法による補助が最大限に掛かっているとは言え、あまりの急激な動きと、それによって体にかかる重力についていけず、座席にしがみつくのに必死で、声を出すことさえできない。
そのまますぐに追いつくと、まるでいつもの日常の出来事かのように敵船を撃沈した。
「カトレアとの距離が十分に取れた。このままオーバードライブ航行に入るぞ」
返事をする暇も無く、ガクン、と重力が体にかかった。
オーバードライブ航行の欠点の一つは航行開始時に必ず強い重力がかかることである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。