第3話 現状把握

 ようやくロイが口を利いてくれたのは、次の日の朝食の時間だった。私のあの手この手でも機嫌を直さない強情なやつだったが、一晩寝たことで、機嫌も回復したようである。

 私の昨日の苦労は一体何だったのか。


「ねえ、ロイ、誰からの依頼なのかしら?」


 小さめのテーブルに向かい合い、それぞれ色の違う宇宙食を食べていた。パッケージに入った宇宙食は吸引して食べるドロッとしたタイプの物であり、美味しいのではあるが歯ごたえがほとんどないため、何だが食べたような気がしなかった。

 向かいで同じくチューチューと吸っていたロイは、それを止めてこちらに視線を投げかけた。

 

「第八王妃からの依頼だ」

「そう……」


 やっぱりか。予想はしていたけど、父親からではなかったか。

 父親である現皇帝陛下とは数回しか会ったことがない。父親には何人もの側室がいたし、子供も何人もいる。私一人に構ってはくれないことは分かっていたけれども、そこに寂しさがないと言えば嘘になる。

 私は気分を変えようと、もう一つの気になっていた質問をした。


「ロイとお母様の関係は?」

「特に接点はない。何で俺に依頼したのか、こっちが聞きたいくらいだよ。俺はただのしがない探偵に過ぎないのにな」

「本当だったんだ、その話」


 その言葉にムッとしたのか、名刺をくれた。


「私立探偵、ロイ・ベルガロット。ほんとだったんだ。ねえ、私立探偵って儲かるの?」


 ロイは明後日の方向を向いた。どうやら儲からないらしい。でなければこんな無茶な依頼は受けないか。

 この依頼をロイに託した人物は彼のことをよく知る人物なのだろう。

 ロイならこの任務を必ずやってのける。今のところはその期待に応えられているようではあるが。


「帝国と共和国の現状を知りたいわ。何か資料をもらえないかしら?」

「この端末にある程度の情報が集まっている。カトレアに着くまではこれで我慢してくれ。向こうにつけば新しい情報を仕入れるつもりだ」

「ありがとう。助かるわ」

「どういたしまして。俺はコックピットにいる」


 そう言うと、すすっていた宇宙食をゴミ箱に片付け、ダイニングルームから出て行った。

 それを確認した私は、行儀が悪いが、食事をすすりながら端末情報に目を通した。

 

 ロイが集めていた情報は、私の欲しかった情報を見事に網羅していた。まるで私のために集められていたかのようだ。

 そして、現状を知った私は、いかにのうのうとあそこで過ごしていたのかを思い知らされることになった。

 ここまで帝国と共和国の仲が冷え切っていたとは。あのままあそこにいれば、私が開戦理由になる可能性があったことに気がつき、思わず体が震えた。



「ロイ、航海は順調かしら?」

「ああ、今のところ、問題ない」


 フワッとロイの座る席の近くまで移動すると、まだ振るえていた腕をロイに捕まえられた。そしてそのままロイの膝の上にヒョイと載せられた。


「なかなか刺激的な内容だっただろう?」

「……うん」


 私の体はロイの膝の上に乗ってもまだ震えていた。

 きっとロイは私があの資料を見て絶望的な精神状態に陥っていることに気がついているのだろう。だからこんな風に私を甘やかせてくるのだ。

 でも今はその気遣いがうれしかった。一人だったら耐えられなかったかも知れない。そしてもし、ロイに現状を教えてもらわなければ迂闊な行動をとってしまっていただろう。

 気を引き締めなければならない。私が開戦理由になってたまるか。


「ユイ、これを君にあげよう」


 そう言ってロイが差し出したのは腕時計だった。よく見るとロイがつけている腕時計と同じタイプの物のようだ。


「これは?」

「腕時計型の情報端末だ。必要だろう?」

「うん。ありがとう」


 私はそれを左手につけた。

 ロイとお揃い。

 どこにでも売っている量産品だとは思うが、今の私には十分心の支えになった。

 それから暫くの間、一緒に後方へと流れゆく星々を見ていた。



 宇宙空間にいると、時間の感覚が本当に分からなくなる。そのため、ほとんどの人が携帯端末としても利用できる腕時計をいつも身につけていた。

 ロイからもらった腕時計から振動が伝わる。そろそろ運動の時間になったようだ。


「トレーニングルームを借りるわね」

「了解した」


 トレーニングルームで運動管理ソフトに従って汗を流した後は、すぐ隣にあるシャワールームで汗を流した。

 何度やってもこの無重力のシャワーには慣れない。早くも重力が恋しくなった。戦艦クラスになれば重力発生装置がついているが、さすがにこの船にはついていないようである。

 水滴を風で吹き飛ばした後、さっぱりした私は小腹を満たすべくダイニングルームへと向かった。うん、今日はこのゼリーにしよう。

 チューチューとゼリーをすすっていると、ロイがやって来た。


「美味そうなもん食ってるな。俺ももらおう」


 そう言うと、ロイも隣でチューチューとゼリーをすすり始めた。


「ねえ、戦争は起こらないわよね?」

「そうだな……」


 ロイはそこからは何も言わずに思案しているようだった。真剣な表情で虚空を睨んでいる。まるでこの短時間に様々な一手を考えているかのようだった。

 

「……私が絶対に起こさせないわ」


 ロイは私の発言を否定も肯定もせずに、ただジッとこちらを見ていた。

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