第五章 文化祭の隕石 8

辺りに夕陽が差し込み、特設ステージ淡く照らしていた。

客席にいる、大勢のお客さん達はただ無言で、食い入るように演劇部のステージを見ている。

これは僕を含めた、皆が望んだ光景だ。

演劇部の劇は素晴らしいものだと僕から観てもハッキリわかる。

照明も音響も舞台も、ほぼ完璧になるまで直したのだから。


「…よう、流星。お疲れ」


「ああ。そっちこそ」


柊が観客席の一番後ろにいる僕のそばに来て、コーヒーを渡してくれた。

僕はそれを受け取って、口に含んだ。

コーヒー特有の苦みが口に広がる。

柊も同じコーヒーを飲んでいた。


「終わったな、文化祭」


「ああ。お前のお陰だよ、柊。お前がいなければ、この光景を見ることができなかった」


僕が柊に感謝を伝えると、柊は言う。


「そんなことないさ。お前がいなきゃ、例え演劇部を助けても僕はこの生活を続けられないだろうからな」


「そうか」


互いに一口、コーヒーを飲む。

目の前の舞台では、劇が佳境に差し迫っていた。


「お前、この後の後夜祭で水坂先輩に返事をするんだろ?」


「ああ。…そういえば、そのことなんだけどさ」


「?」


柊は僕の言葉に耳を傾けた。


「僕、ひょっとすると、水坂先輩の事が好きなのかもしれない」


すると、柊は目を丸くした。

そして、溜息を吐いて僕に言う。


「ひょっとするとじゃなくて、絶対だろうな。能力を使わなくても、お前の態度を見ていたらわかる。ずっと前からな」


「マジか」


「マジだ。ひょっとすると、周りにも薄々気づいている人がいるかもしれないぞ」


ええ…。

そんなの耐えきれないよ…。


「…なあ、どうすればいいと思う?」


「どうすればいいって、簡単だろ?しっかりと自分の気持ちを伝えてくればいいじゃないか」


「そうか…。そうだよな…」


今は自分の心にしっかりと区切りがついている。

自分のポリシー的にも、完全にクリアだ。

…水坂先輩にも告白されたし。


「わかった。後夜祭で僕も告白するよ」


「おう。そうしておけ。あーあ、見れないし結果も知れないのが残念だな」


柊は残念そうにそう言った。


「どういう事だ?」


柊の言葉の意味がわからず僕は尋ねた。


「…今から一回、自分の星に帰るんだよ。学校も何日か休むことになるな」


「…そうか」


本当にすまないと思っている。

柊に今回、能力を使うメリットは一切なかった。

面倒事が増えるデメリットしかないはずだ。


「本当にごめんな」


僕が謝ると、柊は少し軽快そうに言う。


「気にするなよ。他のエイリアンによる攻撃とみなせなくもないからな。何より、友人の頼みだ見過ごすことはできねえよ」


「ありがとう」


柊の言葉に僕は感謝を伝えた。

けれど、胸の中にある一抹の不安を僕は拭いきれなかった。


「…ちゃんと、帰ってくるよな?」


僕はしっかりと柊に質問した。


「当たり前だ。まだ、いい女の子を見つけてないしな。このまま故郷で退屈して暮らすにしては、ここでの生活は魅力的すぎる。それに、来年の文化祭はお前とまわりたいしな」


「そうか」


「ま、ひょっとすると、『彼女と回るから無理』って言われそうだが!」


そう言うと、柊は自分の手のひらを僕の頭に乗せてぐりぐりと押しつけてくる。


「そんなこと考えてる暇があったら、告白の言葉でも考えとけ!できるだけ、ロマンチックなやつをな!」


「痛い痛い痛い!」


ひとしきり僕で遊んだ後、柊は少し僕から離れた。

別れの時だ。

柊は片手をあげる。


「しばらく会えなくなるけど、僕のこと忘れるなよ」


「ああ、そっちこそ」


「じゃあな」


「ああ。またな」


別れの言葉を交わし、柊は校舎へ消えていった。

きっと、帰る準備をして、ひっそりと帰るのだろう。

彼が務めを果たすなら、僕も今からやるべき事をやろう。

僕は手に持っていた空っぽのコーヒーの缶をゴミ箱に捨てた。


・・・


劇は無事に終了し、来場者は帰った。

色々、大変な事が山ほどあったけれども、文化祭は終わったのだ。


「みんなお疲れ様!」


渡木会長が大きな声で労いの言葉を投げかけた。

辺りは暗くなり、今は運動場の真ん中にはキャンプファイアーが燃えている。

そう、後夜祭だ。

直った特設ステージで、バンドのライブだったりとか、ダンスが行われたりする。

定番のフォークダンスもある。

…殆どのペアが女子同士なんですけどね。

これは生徒会の管轄ではなく、有志団体によるものだ。

毎年のように、この後夜祭を行いたい人がいるのだ。


「いやー、それにしても凄かったね、土井君」


「…(こくこく)」


「いやいや、そんな」


…今、僕は学校の救世主的な存在になっている。

幸い、超能力的なことは疑われずに、実は僕が物凄く力持ちで器用であるということが、わかったみたいに落ち着いていた。

…僕が実は超能力なんですみたいなオチにならなくてよかったと思う。

そして、それに新たな変化があった。

絶望的な状況から、一人で救い出したヒーロー。

そんな事になっているせいか…。


「すいません、土井さん。一緒に踊ってくれませんか?」


「あの、これ私のIDです。よかったら、受け取ってください!」


「土井さんって、今彼女いますか?」


…物凄くモテていた。

そういえば、生徒会に初めて見学に行った時、水坂先輩にこの学校の同性愛者を減らしたいみたいな事を言われたな。

…あれ、やっぱり言われてないか。

柊に頼まれてやった事だから仕方ないが、自分が慢心してしまいそうで怖い。

というか、演劇部の古屋先輩なみの人が僕の下に集まっているっていうのがヤバイ。

…皆、可愛い人ばかりだなあ。


「…どうするんだい?土井君。ハーレム作れちゃうよ!」


「作りませんよ!そんなもの!僕はちゃんと決断しているんですから!」


僕はハッ、っと意識を取り戻し、行動を起こす。

僕は、僕を取り囲む人達を宥めてその場を離れようとする。


「水坂先輩!ちょっとついてきて下さい!」


「はい」


僕は彼女の手をとって、夜の校舎へ走った。

周りから、少しどよめきがあったが、僕は気にすることもなく彼女を連れて向かう。


「はあ、ここなら、いいですかね」


今は人が全くいない校舎の裏に、僕は水坂先輩と立ち止まった。

そして、少し息を整える為、深呼吸をする。

この日まで色々あった。

この学校に入学してから、とても大変だった。

柊という友人ができて。

生徒会に入って。

渡木会長に振り回されて。

水坂先輩に襲われそうになって。

火ノ元先輩は面倒くさくて。

金瀬先輩は喋らないし。

下野先輩は頼れる人で。

古屋先輩と菊川先輩は凄い人で。

ゲームをしたり、合宿に行ったり、文化祭の準備をして。

とても濃密な時間だった。

そして今。

僕は高校生活の転機を迎えるのだ。


「水坂先輩。昼間の返事をさせて下さい」


「…」


暗いせいか、水坂先輩の表情が見えない。

僕は心臓の鼓動が早まるのを感じ、何度も深呼吸をする。

…人に気持ちを伝えるって、こんなにも、ドキドキするんだな。

僕、ちゃんと言うんだ!

目を閉じて、しっかりと自身を落ち着ける。

そして息が詰まりそうなのを感じながら、僕は口を開く。


「…僕、水坂先輩のこと…がっ…!…、…あ?」


口に『好き』の言葉を出そうとして、詰まった。

目の前の水坂先輩の行動に驚いてしまった。

水坂先輩は制服のボタンを一つ一つ、外していたのだ。

…⁈


「すいません、土井君が特設ステージを直している時に見た上半身が素晴らしくて、私の体が熱くなってしまって…//」


あ…。

これは逆戻りしてしまった。

まさか、あの行動がこんな事を起こしてしまうなんて思いもしなかった。


「…土井君。私と一つになりましょう?」


…。


「すいません!お断りしますううう!」


僕は全速力で駆け出した。

駄目だ、こんな状況で好きなんて伝えたら完全に襲われてしまう(性的な意味で)!

今はとりあえず我慢だ。

水坂先輩がしっかり落ち着いてから、ちゃんと気持ちを伝えよう。

ああ、今日は走ってばっかりだな。

絶対明日筋肉痛になるよ…。

数々の不安を残しながら、蒼野高校文化祭は幕を閉じた。

その日、僕が水坂先輩から逃げ回る夜空に、上方向へ向かう謎の流れ星が発見された。


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