第五章 文化祭の隕石 5
暗闇に包まれていた体育館が一気に明るくなる。
僕と水坂先輩は、下野先輩のクラスの劇を観ていた。
オリジナルということで、期待以上のクオリティだった。
やっぱり、部活などで本気で練習している人達は周りとは一味違う。
渡木会長も凄かったが、やはり努力の積み重ねが違っていた。
水坂先輩も呆気にとられていた。
「凄かったですね…」
「…ええ」
僕も水坂先輩の言葉に同意した。
やはり、既存のものを劇にして、どういう風に表現するのかを観るのも楽しいが、全く新しいものを観るのも面白い。
明るくなった体育館の席から僕は立ち上がって、水坂先輩に言った。
「さて、校内の催しを回っていきましょうか」
「ええ、そうですね」
水坂先輩も僕の言葉に同意して立ち上がる。
体育館の後ろの大きな扉へ向かって二人並んで歩く。
そこにかけられている暗幕を手でよけて、外に出る。
さっきまで暗いところにいたせいか、少し外が眩しかった。
「どこへ行きましょうか?」
水坂先輩はプログラムの紙を開いてそれぞれの配置を見ていた。
何回も仕事で見ているが、しっかりと覚えているわけではないので、僕も覗いた。
「そうですね…」
正直言って、飲食関係は避けたい。
お腹は今も満腹で、入りそうにない。
自分のクラスのコロッケは食べたいし。
だったら…。
「展示だとか、縁日の所に行ってみますか」
「いいですね」
僕と水坂先輩は歩き始めた。
体育館のロータリーから、校舎に入る。
廊下を歩いていると、所々から好奇の視線を向けられているのがよくわかる。
こんな所で、男女二人が歩いていたら、皆気にもするだろう。
…周りには、女子二人組のペアが多いけど。
「そういえば…」
歩いている間の会話を僕は思いつく。
「この学校、色んな出し物をやっていいのに、何故かお化け屋敷だけはやっちゃ駄目っていう理由がありましたよね?あれの詳しい理由ってなんなんでしょうね?」
クラスで、文化祭の出し物を決めた日。
担任教師から、お化け屋敷はできないという事が伝えられていた。
理由は明かせないらしいのだ。
「…ああ、それでしたら、生徒会と教師にしっかりと伝わっていますよ」
「あ、そうなんですか。僕が聞いてもいいですか?」
「…」
水坂先輩は少し無言で立ち止まる。
「?」
僕は何故立ち止まったのかも分からずに、ただ、ポカンとしているだけだった。
「…単純な話です。暗闇の中で、女子生徒が隠れている。それに乗じて、悪い事を企んだ連中がいたらしいですよ」
「あー。なるほど」
なんか変な理由かと思ったが、とてもまともな理由だった。
なるほど、そんな奴がいたのか。
「そりゃ、仕方ないですね」
「そうですね。例年お化け屋敷をやりたがる生徒はいますけど、こういう事を伝えるのも気が引けますから」
お化け屋敷だけが、そんな目に遭うわけじゃない。
なんの不安も抱かずに楽しむ為の、しっかりとした対策なのだなと僕は感じたのだった。
・・・
水坂先輩とそこそこのクラスの出し物を回って、文化祭を楽しんだ。
けれど、そろそろ余裕もなくなってくる。
僕も水坂先輩もそのうち、仕事に戻らなくてはいけない。
けれど、やり残す訳にはいかないのだから。
というわけで、僕と水坂先輩は僕のクラスのコロッケ屋に訪れたのだった。
水坂先輩を廊下の脇に待たせて、僕は受付に行く。
「よう、来たぜ。隕石コロッケを一つ頼めるか?」
クラスの今の売り子は丁度、柊だった。
「待ちくたびれたぞ。それより、なんで一個なのだ?」
柊は首を傾げて言った。
僕は答える。
「昼飯で腹一杯でさ、でもせっかくだから食べたいって事で、半分ずつ食べる事にしたんだよ」
「へぇ、いいじゃないか」
僕はお金を渡す。
そして、柊は紙ナプキンに包まれたコロッケを僕に渡して、もう一枚、ナプキンを渡してくれる。
「お、できる男じゃん」
「当たり前だろ?さっさと行ってこいよ」
「ありがとう」
僕は軽く手を振る仕草をして、水坂先輩の下へ行く。
手のコロッケはとても温かい。
「お待たせしました。軽く食べれそうな所へ行きましょうか」
「ええ。わかりました」
水坂先輩とその場を離れて、中庭に行く。
そこの、木製のベンチに座った。
僕は手のコロッケを柊に貰ったもう一枚の紙ナプキンを使って、二つに分ける。
湯気が上がって、カレーのいい匂いが漂った。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
水坂先輩は僕からコロッケを受け取ると、小さな口で一口頬張る。
僕もそれを見ると、一口頬張った。
サクッ、と衣がいい音を鳴らし、ホクホクのジャガイモを舌で転がす。
カレーの味も余すとこなく出てきていた。
「あら、美味しい」
「ええ、そうですね」
手伝っている時にも、美味しいとは確信していたが、想像以上だった。
お腹はそこそこ満腹のはずなのに、食べる手を止める事ができない。
「これなら、賞を取る事ができるかもしれませんね」
「そうですね。とれたらいいですけど」
賞の採点は、来てくれたお客様のアンケートだ。
文化祭の最後には、それの集計もしなければいけない。
「…」
そして、少し長い沈黙が訪れる。
何か話した方がいいと思いながらも、何も話す事ができず、ただ黙々とコロッケを食べていた。
わかっている。
今からが、合宿の約束を果たす時なのだろうから。
「…土井君」
「…はい」
水坂先輩はゆっくりと僕の名を呼んだ。
僕はそれに返事をした。
「あの時の約束を今ここで…果たしてもいいですか」
「わかりました」
食べ終えたコロッケの紙ナプキンを右の拳で握りしめる。
くしゃくしゃになったそれの感触を感じる間もなく、ただ、心臓の鼓動が早くなった。
「その前に一つ謝らせて下さい」
「はい?」
僕と水坂先輩はベンチで向き合っていて、水坂先輩は綺麗なお辞儀をした。
「あの時だったり、今まで、あんな事をしてすいませんでした。本当に迷惑をかけてすいませんでした」
「…」
正直、水坂先輩のあの頃を思い出すと怖気がさす。
二人きりになれば、襲われそうになるし、部屋に侵入まであった。
けれど今は、そんな事を忘れてしまえるくらいに、頼れる先輩だ。
人望もあって、仕事もきちんとできて、とても優しい。
水坂先輩はとても素敵な人だ。
「こんな駄目な私かもしれません。土井君にもっと酷い事をしてしまうかもしれません。土井君は私の嫌いかもしれません。その可能性の方が高いに決まっています。それでも言わせて下さい…!」
水坂先輩は息を吸って、僕を見つめて言った。
「…私は貴方が好きです」
予想していた言葉が、本当に自分に言われる。
本当は、言われないんじゃないかと思っていた。
僕がそんな事言われる訳がないんじゃないかとすら思っていた。
けれど、やはりこうなるんだろうと予想せざるを得なかった。
「…えっと」
僕は柊に言われて、言おうと思っていた言葉を言おうとした。
けれど、言葉に詰まる。
僕は、さっき水坂先輩は素敵な女性である事を自覚した。
ならば、結論は出ているのではないだろうか。
「…」
けれど、どうしたものかと思う。
これが、正しい判断であるとも限らない。
…っていうか、僕、本当に水坂先輩に告白されてしまったよな?
やばくない⁈
「…⁈」
やばいやばい。
今冷静になるのはやばい。
ほええええ。
これを待って下さいって言うのは正解⁈
どうすればいいんだ⁈
助けてくれ、柊ー!
「「⁈」」
その時、凄まじい振動が、校内に響き渡った。
校内からは人々のざわめきが聞こえてくる。
僕の携帯が震えた。
「すいません、渡木会長です。出ますね」
「は、はい」
僕は携帯の通話ボタンを押す。
『土井君!今すぐ演劇部の特設ステージに来て!』
渡木会長の声からは焦りを感じ取れた。
『一体、何があったんですか⁈』
僕が尋ねると、衝撃の事実を渡木会長は言う。
『特設ステージが、崩壊してしまったよ!』
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