第五章 文化祭の隕石 4
自分のクラスのコロッケ屋の手伝いをしていると、いつの間にかお昼が少し過ぎ、客足も減ってきた。
こういうイベント事は昼食が早めになることが多いんだなと思う。
「お疲れさん、こっからは順調にくるだろうし、三時ぐらいからはまた少し増えるんじゃないかな」
「なるほどな」
僕は着ていたエプロンを脱いで、畳んでいく。
「…この行列なら、優勝狙えそうかな?」
僕がそう聞くと、柊は自信満々に答える。
「一番の敵は、たませんのクラスだな。あそこは材料費の割には、そこそこの値段をする。けれど、買う人が多い」
そういえば、移動している時に見たな。
あそこもかなりの行列ができていたはずだ。
卵があるってだけで、大分食いつきがいいよな。
やがて、二人とも自分の荷物の片付けが終わる。
「お前はこれからどうするんだ?水坂先輩との約束まで時間があるなら、昼飯食べに行こうぜ。なんか、文化祭の特別メニューがあるらしいし」
柊が僕を誘ってくれた。
けれど、僕は断わらねばならない。
「悪いな。水坂先輩との集合が食堂でまず一緒に食事なんだ」
「そりゃあ仕方ないな」
柊は肩をすぼめた。
そして、真面目な質問をしてくる。
「…それで、決まったのか?」
少し長めの沈黙の後、僕は顔を伏せて言った。
「…いいや」
僕は首を横に振った。
いくら考えても結論は出てこなかった。
内心、とても焦っている。
昨日の夜も、劇を見ている時も、コロッケを作っている時も、考えても結果が出ないのだから。
「…流星、お前少し疲れてるだろ」
「‥ああ、確かにそうかも」
昨日も寝るのは遅くなったし、朝も早かった。
それにずっと仕事漬けだ。
でも、これはただの言い訳にしかならないと思う。
「だったら、もうやめとけ」
「…え?」
柊の突然の言葉に僕の思考は追いつかなかった。
柊も、今までしっかり考えろって言っていたはずだ。
「今まで散々考えて、それでも答えが出なかったんだろ?だったら、この短時間を使ってもしっかりとした答えなんて出ないさ」
「…で、でも答えを出さなきゃ…」
柊は、はっきりと言う。
「あのさ、中途半端に出された結論に喜ぶ人間がいるか?」
「⁈」
僕は柊の言葉に驚きを隠せなかった。
僕が求めているのは、誠実さだ。
有言実行をして、正しく生きなければならないと思っていた。
けれど柊は別の誠実さを僕に被せてくる。
「だから、まずお前がやるべきは、できなかった事を認めて、相手としっかり向き合う事じゃないのか?」
きっとそうだろう。
柊の言っている事は正しい事だと、はっきり分かる。
「そうだな。なんだかスッキリしたよ。ありがとうな、柊」
僕は素直に柊に感謝を伝えた。
「いいさ。けれど、伝え方もしっかりしろよ?お前は心配ないかも知れないけど、何かを隠したりするのはやめとけよ?」
「当たり前だ」
しっかりと話して、理解してもらおう。
それが、今できる僕の最善の選択肢だろうから。
折角の文化祭だ。
悩んでばかりじゃつまらないだろう。
「それじゃあ行ってこい。僕は昼食を食べ終わったら、ここに戻ってくるつもりだしな。よかったら、水坂先輩と来いよ」
「勿論、そのつもりだ」
僕は荷物を置く場所に、自分のエプロンなどを置いて、教室を出ようとする。
「あ、あとそれと」
柊が何か言い残した事があるのか、僕を止める。
「なんだ?」
僕が聞くと柊は聞いてきた。
「もし、時間が余ってたりしたら、僕とも周ろうぜ。と言っても、多分無さそうだけどな」
「わかった。連絡、すぐ繋がるようにしておいてくれ」
「了解」
僕は自分の教室を出て、早歩きで食堂に向かう。
柊のお陰で、だいぶ軽い気持ちになれた。
だから今からは、水坂先輩と何より僕の為に純粋に文化祭を楽しむことにしよう。
僕はそう決意した。
・・・
校舎を出て、校舎に戻る人々波に抗って、食堂に辿り着く。
お昼過ぎである事もあって、人は少し落ち着いていた。
食堂の扉から、水坂先輩の姿を探す。
すると、奥の席から僕に向かって手を振ってくれる水坂先輩の姿を見つける。
僕は食堂に入って、その場所に寄った。
「お待たせしましたか?」
「大丈夫ですよ」
水坂先輩は笑顔で言ってくれた。
僕は辺りを見渡す。
いつも柊と来ている食堂だが、メニューの看板のところがいつもと違う。
そこには紙が貼られていて、文化祭特別メニュー、『ご飯もの量二倍!』と書かれていた。
どうやら、ご飯ものの量が二倍になっているそうだ。
なるほど、渡木会長の言っていた特別メニューはカツ丼だけではないらしい。
辺りを見渡すと、沢山の男子生徒たちがそれを食べていた。
所々では、女子も挑戦している。
「水坂先輩、僕が席を取っておくんで先に購入して来てください。僕もう少しメニューを考えるんで」
「そうですか?わかりました」
すると、水坂先輩は立ち上がって、食堂の購入場所に行く。
僕は座って、改めてメニューを見直した。
ここは元女子校なので、丼モノなどは最近できたらしい。
女子校の名残か、パスタやオムライス、その他軽めのメニューにケーキなどと言ったデザートもあるのだが、男子生徒に向けた丼モノやカレー、麺類なども作られたみたいだ。
けれど、今回の特別メニューはご飯もの限定。
ならば、僕もご飯ものを買わないと無作法というもの。
「お待たせしました」
僕が考えを纏めていると、水坂先輩が帰ってくる。
水坂先輩は二倍のオムライスだった。
…。
「…えっと、失礼かもしれませんが、水坂先輩は食べきれるんですか?水坂先輩がそんなに食べるイメージが無いんで…」
僕が聞くと、水坂先輩は答える。
「…多分大丈夫だと思います。私の家ではこういうのはあまり出ないので…。食堂を利用する事なんて、初めてでしたので…」
「そ、そうですか。ま、まあ水坂先輩が残しても僕が食べますから、安心して味わって食べて下さい」
行儀が悪いと言われるかもしれないが、残して捨てるよりは全然いいだろう。
「ありがとうございます。土井君は、何を食べるか決めましたか?」
「ええ。今決めました。買ってきます」
僕は席を離れて、購入場所に行く。
財布を取り出して、受付にいるお姉さん(?)に注文を言う。
「すいません、お姉さん。二倍唐揚げ丼を下さい!」
「はい、まいどー!」
食堂の受付のお姉さん(?)。
年齢は不明。
二十代や三十代でないのは見て分かる。
ただ、ここではお姉さんと呼ぶのが食堂のしきたりだそうだ。
お金を払い、お釣りをもらって暫く待つ。
「おまちどうさま!二倍唐揚げ丼だよ!」
「ありがとうございます!」
僕はどんぶりを受け取って、水坂先輩の待つ席に向かう。
どんぶりの上の唐揚げは今にも溢れそうなほどに大量に乗せられていた。
唐揚げは半熟の卵で包まれており、食欲をそそる。
唐揚げ丼は僕と柊の大好物のメニューだ。週に二日か三日は食べる。
「お待たせしました」
「大丈夫ですよ。さあ、いただきましょうか」
「はい」
いただきます、と言って、僕は箸を持つ。
クラスでコロッケの匂いに包まれていた僕はとても空腹だった。
丼の頂点に置かれている、卵でコーティングされつつも、サクサク感が隠せない唐揚げをひとつまみし、口へ放り込む。
鶏肉特有のジューシーさと、トロトロの卵、そして米。
疲れた体が一気に覚醒するのがわかる。
「あら美味しい」
僕に対して、水坂先輩はチキンライスに焼き立てトロトロの卵。
そして、ホワイトソースがかけられている。
一度食べた事があるが、ここのオムライスも美味しかった。
普通ケチャップがかけられているものではないのかと思っていたが、クリーミーなホワイトソースがとてもマッチしていた。
そして、二人で舌鼓をうっていると、水坂先輩が話題を振ってくる。
「今日はどうしましょうか?」
「そうですね…。下野先輩達の劇が丁度やるみたいなので見たいのと、自分のクラスのコロッケを水坂先輩に食べてほしいですかね」
「それはいいですね。是非そうしましょうか」
「ええ、少し遊ぶのもいいかもしれませんし」
僕がそう言うと、水坂先輩が尋ねてくる。
「次の仕事は大丈夫ですか?」
僕はポケットに入れているスケジュール帳を取り出して、見せながら言った。
「ええ。次は三時からなんで、劇が終わって少し遊んで、コロッケを食べる時間は全然ありますよ」
「そうですか」
そうして歓談しながら、僕と水坂先輩は食事を取った。
劇に向かう時には、唐揚げ丼と水坂先輩の残したオムライスで僕の胃袋は大変なことになっていたが、なんとか耐えられたのだった。
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