第五章 文化祭の隕石 3
僕は本部の前に立って、重たい扉を開いた。
体育館から出て、歩いてここに来る時、自分のクラスを見たが、そこそこ繁盛していた。
これからお昼時になるから、もっと忙しくなるのだろうか。
そんな事を考えつつ、僕は扉の音をたてて本部へ入る。
「…(ビクッ)」
そこには少し震えていて、顔色の悪い金瀬先輩がいた。
僕は中に入って、金瀬先輩の様子を伺う。
「だ、大丈夫ですか?」
「…(ふるふる)」
金瀬先輩は首を大きく横に振る。
瞳は少し潤んでいる。
…どうしようか。
側にいて助けてあげるべきなのだろうが、自分もクラスの方に行かねばならない。
「どうしましょうか…。僕はクラスの方に行かなきゃ行けないんで…」
水坂先輩は劇の筈だ。
火ノ元先輩は体育館での待機。
渡木会長は…。
僕は携帯を取り、渡木会長に電話をかける。
すいません、下野先輩…!
『もしもしー!』
渡木会長の元気な声が携帯から聞こえてくる。
「もしもし、渡木会長は今何してますか?」
『今は食堂で梓と食事をしているよ!文化祭特別メニューのカツ丼が美味しいんだよ!なんと、カツが二枚なんだよ!』
あ…ネタバレされた。
自分の目で確かめたかったんだけどなあ。
…ええい、今はそんな事を考えている場合じゃない。
「食事が終わったら、本部に戻って来てもらえませんか?金瀬先輩がちょっといっぱいいっぱいみたいで…」
僕がそう言うと、予想外な渡木会長の反応が帰ってきた。
『ああ、その事ね。大丈夫、そのまま一人にしても大丈夫だよ!』
…。
「いやいや、そんなわけにもいかないでしょ」
僕がそう言うと、渡木会長の声が返ってくる。
『本当だよ?氷彗ちゃんはやる時はやる子だからね!去年の文化祭でも立証済みだから』
「…(ふるふる)!」
僕が視線を金瀬先輩に送ると、勢いよく首を横に振られる。
えっと…。
「なんか駄目そうなんですけど」
僕がそう言うと、電話からは陽気な声が聞こえてくる。
『まあまあ、私の言葉を信じて、氷彗ちゃんを放っておこう!氷彗ちゃんに頑張ってと伝えておいてね!それじゃ!』
「ちょ⁈」
一方的に電話の通信を切られてしまう。
僕は震えている金瀬先輩を見る。
いかにも、行かないで、という表情でこちらを見ていた。
…こんなの放っていけないよな…。
かといって、クラスの方をおざなりにするわけにもいかない。
「えっと、ここでの仕事は忘れ物の受け取りだとか、委員会への案内ですよね?」
「…(こくこく)」
「だったら、会話が苦手な金瀬先輩でもできるんじゃないですか?プリントの所を指したりして…」
「…(ふるふる)」
拒否されてしまった。
まあ確かに、それで相手に面倒な思いをさせるのも忍びないか。
だったら、誰か教員の方に来てもらうか?
いや、逆に金瀬先輩がもっと人見知りをしてしまうかもしれない。
「…ごめんね」
「え?」
金瀬先輩は小さな声で、僕に声をかけてきた。
「…土井君に迷惑かけて、…ごめん」
本当に申し訳なさそうな顔で言ってくる。
僕は少し呆れて言った。
「大丈夫ですよ。人間、誰しも苦手なことがあるはずですから。助け合いですよ」
「…」
そして、金瀬先輩は黙り込んでしまう。
けれど、本当にどうしたものか。
そう悩んでいると、本部の扉が勢いよく開かれる。
金瀬先輩がまたビクリと震えた。
「さあさあ土井君!まだ悩んでいるようだね!」
「え、渡木会長⁈」
食堂でカツカレーを食べているはずの渡木会長が本部にやってきていた。
そして、中に入ってきては僕の腕を掴んで引っ張る。
「さあさあ!君は君のやるべき事があるだろう!早くこの場を離れないとね!」
「え、ちょ!」
僕は渡木会長に引っ張られて、本部を出てしまった。
金瀬先輩はとても顔色を悪くしていた。
それに声をかける間もなく、渡木会長の手伝いをしに来ているのか、下野先輩が扉を閉める。
「これでよし!」
「いやいやいや、よくないでしょう!金瀬先輩大丈夫なんですか⁈」
「うむ!」
えー、そんないい返事をされても…。
「去年、氷彗は一人になって絶体絶命のピンチになった時、自分の殻を破れるんだよ。どんな人にも、淡々と仕事をこなせるようになる」
なんだそれ。
少し気になるような気がする。
「でも…」
僕がまだ何か言おうとすると、それを下野先輩が静止する。
「土井君。何も助けるだけが、その人の為になるわけではないですからね。成長をさせるのも大切なことですよ」
「流石、梓!いいこと言う!」
渡木会長はお調子者の口調で言う。
「というわけで、土井君は行くんだ!まあ、一応私が見ておくからさ」
ならそれでいいじゃないかと思ったが、口には出さないでおく。
仕事が終わったら、気にかけるとしよう。
…本当に大丈夫かなあ。
僕は不安になるばかりだった。
・・・
僕は本部を離れて自分のクラスについた。
そこで、自分の口をポッカリと空けてしまった。
そこには凄まじい光景が広がっていたのだ。
厨房に立っていた柊が僕に向かって声を上げる。
「おう!流星!早く手伝ってくれ!」
「お、おう」
僕は急いで、教室の裏に回って急いで自分のエプロンをつけに行く。
結論から言うと、僕のクラスの出し物のコロッケ屋さんは大盛況だった。
物凄い行列ができているのだ。
周りには、カレーのいい匂いが物凄く漂っている。
僕は着替え終わると急いで厨房に出た。
それで、作業をしている柊に質問をする。
「それで僕は何をすればいい?」
柊は僕を横目で見て、こう答える。
「コロッケの種に衣をつけて僕に渡してくれ。僕はそれを揚げていくから」
「わかった」
僕は了承して、作業に入る。
僕はあらかじめ用意されているコロッケの種にそれぞれ、プリントに書かれている手順でこなして、柊が揚げている横の皿に乗せた。
コロッケの種にはカレー粉が混ぜられており、この状態でも凄くいい匂いがする。
「よし」
柊はそれを手際よく熱々の油の中に入れる。
ジュアアアアア!
と、物凄い音をたてて、油は暴れ出す。
柊は一切躊躇しなかった。
「めちゃくちゃ手際がいいな」
僕は感心して、柊にそう言うと。
「当たり前だ。この日の為に散々練習してきたからな」
と返事をした。
一体今までどんな準備をしてきたのだよ。
やがて、茶色くなったコロッケは油の汗と共にキッチンペーパーの上に置かれる。
僕が作るコロッケの種を次々と柊は物凄いスピードで揚げていく。
隣ではノーマルのコロッケを揚げているクラスの女子がいるのだが、その速さの二倍ぐらいだ。
「…」
柊は無言でコロッケを揚げ続ける。
…コイツ、本気だ。
本気でトップを狙っている。
なら僕もついていくしかない。
僕は一生懸命に衣をつけ続ける。
そして、揚げていたコロッケの油の汗が消えてきた頃。
「隕石コロッケ完成!持っていって!」
柊は売り子の女子に言う。
…いや。
「隕石コロッケってなんだよ」
僕は素朴な質問を柊にした。
「いいインパクトのある名前だろ?」
柊はうっすらと笑みを浮かべた。
お客さんが次々に来て、コロッケと隕石コロッケを買っていく。
特に隕石コロッケは柊が揚げても揚げてもすぐに無くなる。
僕がクラスの手伝いをしている間、コロッケと隕石コロッケは爆売れした。
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