第四章 騒がしい放課後 7
いつも以上に騒がしい放課後。
今日の最後の授業が自由時間となり、文化祭の準備の時間に当てられた。
そう、今日は文化祭前日。
明日は遂に、待ちに待った文化祭だった。
「ウチのクラスはこんなもんなのか?」
僕は柊の指示に従って、クラスの手伝いをしていた。
僕は生徒会の仕事につきっきりなので、殆どクラスの手伝いをしたことがないのだ。
「まあ、展示とかじゃないからな」
僕のクラスはコロッケ屋なので、教室のちょっとした装飾と明日のキッチンのセッティングだ。
クラスの女子は家庭科から配布されるキッチン用品の手入れをしていく。
僕と柊は装飾をしていた。
カラフルな装飾と、『コロッケ屋』と書かれた看板をつける。
その時、柊が口を開いた。
「そういえば、どうなんだ?」
「何が?」
「水坂先輩の事」
「…ギクッ」
「肉声でギクッ、て言うやつ初めて見たぞ」
明日、水坂先輩と文化祭を回った後、水坂先輩の気持ちを聞くことになる。
おそらく、悪い方向にはいかないと僕は思っているが…。
大丈夫だろうか。
「それで、どう返事をするんだ?」
「まだ、なんて言われるか決まったわけじゃないだろ」
「それでも、言われた時の為にしっかりと考えておくのが大事だぞ?」
「…わかってるさ」
ここ毎晩、その事を考えている。
偉そうに自分の気持ちを考えてみて、と言った手前、自分が全く考えられていない。
僕は水坂先輩の事をどう思っているのだろうか。
「考えるまでもないだろ?あんな美人を振るとか流星にそんな資格があると思ってるんだよ。逆玉だぜ?」
「それ以上は最低人間に分類されるからやめておけ」
僕は頭で思考を巡らせながら、突っ込んだ。
「いや俺、エイリアンなんだけど」
そういえば、そうだったな。
なら、最低エイリアンだ。
「俺なんか、今クラスの女子半分ぐらいといい感じだぞ?褒めたたえろよ」
「マジか」
流石、文化祭マジック。
行事の仕事を通してなら、クラスの女子と仲良くなれる最高のマジックだ。
「…んんん」
僕は少し手を止めて、頭を悩ませる。
結局、結論は出ず、ただ思考は無駄に回り続けるだけだった。
「というか、好きだって言われてもし断ったら、もっと酷くなる可能性だってあるだろ?もう覚悟を決めろよ」
「でもなぁ…」
本当にこういう時の自分の性格が嫌になる。
好きじゃない人と付き合うなんて間違っていると僕は思うからだ。
水坂先輩の事は全然嫌いじゃない。
最初は怖かったけど、今はいい人だと思うし、人間としては好きの部類に入るだろう。
ただし、異性としてはどうか。
「…流星さ、水坂先輩の事を一日どれぐらい考えている?」
柊はそんな事を聞いてきた。
「…そうだな、ベッドの中ではいつも考えているし、授業中も時々考えているからな」
「それは、明日のことについてか?」
「大体そうだけど…。あ、でも、水坂先輩の仕事ぶりとかを思い出して、凄いなあ、って思ったり、今何しているんだろうなあって考えたりすることもあるな」
「…それはもう、答えが出てるんじゃないか?」
「…そうなの?」
さっきの言葉で何がわかったのだろう。
「まあいいや、流星は竜星なりに今晩しっかり考えろよ。僕の方でも少し考えとくからさ」
「柊が考えて、何になるのさ」
「まあまあ」
『コロッケ屋』の看板を貼り終えると、丁度チャイムが鳴った。
「あ、生徒会室に行かなきゃな」
今日は、一段と忙しい日だ。
明日の仕事はもっと忙しくなる可能性もあるそうだ。
「おう、頑張れよ」
柊が応援してくれる。
僕は教室の隅に寄せて置いてある自分の荷物を取る。
「そういえば、カレーコロッケ本体の方は大丈夫なのか?」
「ああ。製法は女子達としっかり開発してバッチリだ。もし余ったら、食べさせてやるよ」
「揚げたてが食べたいから、自分で買うかも」
水坂先輩と来るのがいいかもしれない。
僕はそんな事を考えた。
「んじゃ、行ってくる」
「いってらー。また明日な」
「おう」
僕は急ぎ足で、生徒会室に向かうのだった。
・・・
校内は暗闇に満ちていた。
生徒と教師は殆ど帰り、今この学校にいるのは、生徒会のメンバーとその顧問の縄田先生だけだろう。
今は、演劇部の特設ステージの準備をしていた。
クラスの劇は体育館の舞台でやるのだが、演劇部の劇だけは違う。
文化祭の最後、生徒全員がその劇を見ることになっている。
そんな、大掛かりなステージとまではいかないが、けれどもかなり本格的だ。
「照明と音源大丈夫ー⁈」
「大丈夫でーす!」
渡木会長の遠くからの問いかけに、僕はしっかりと答える。
こんな、暗い中でも周りがはっきり見えるくらいにしっかりと、照明は光っていた。
「続いて、映像チェックをしまーす」
「了解でーす」
マイクスタンドの近くにいる金瀬先輩が、プロジェクターを通して、舞台に映像を映す。
この映像は、PR映像と言われるもので、クラスの出し物の宣伝みたいなものだ。
クラスの順番に映像が流れる。
僕のクラスは女子二人が宣伝していた。
「お疲れ様です。土井君」
「あ、お疲れ様です!」
体育館から、水坂先輩と火ノ元先輩がやってきた。
「体育館の準備、完了しました」
「了解!お疲れ様!」
水坂先輩の報告に渡木会長は労いの言葉をかけた。
僕も照明の確認を終えたので、彼女達に近づいた。
「いよいよだね!文化祭!」
「そうですね」
楽しそうな渡木会長の言葉に火ノ元先輩が同意する。
舞台に流れる、映像で編集と音響に不備がない事の確認作業が終わった。
そして、縄田先生が口を開く。
「それでは、かなり遅くなっていますし、帰宅しましょうか。土井君以外の皆さん、一人で帰らず、出来るだけ誰かと共に行動するようにして下さい」
「「「了解です!」」」
「…(こくこく)」
男だから仕方ないけれど、なんだかハブられた気分だ。
まあ、女子がこの時間に一人で歩くのは危ないよな。
「ちょっと待って!その前に明日の確認をしようか!」
帰ろうとした生徒会一同を渡木会長が止める。
もう素直に帰りたい気分だったが、あともう少しの辛抱だった。
「明日の生徒会の仕事を述べてくれたまえ、土井君!」
僕か。
「えっと、本部の待機と体育館の音響隣での待機ですね。また、体育祭の終盤は風紀委員の校内巡回と受付での警備ですね」
「うむ、完璧だ!本部の待機は、迷子や落とし物、そして、それぞれの委員会への仕事の割り振りもいるよ。体育館での待機は、劇の録画とプログラムの放送。常に縄田先生も待機しているはずだから、もしトラブルがあったらすぐに縄田先生と対処すること!」
「…トラブルがないのが一番ですけれどね」
ボソリと、縄田先生が呟いた。
聞いた話によると、騒ぐ生徒が出るから、毎年大変らしい。
「仕事がない時は、クラスを手伝ったり、各々出し物を回ったりして、文化祭を楽しむこと!これが一番大事だからね」
大切なことだ。
明日への期待が高まる。
「それじゃ、明日の集合は午前六時、遅れないように注意してね!」
「えええええ⁈」
僕は思わず大声を上げてしまう。
「どうしたんだい?土井君」
「明日の集合六時ってマジですか」
僕がそう言うと、先輩方は口々に言う。
「マジだよ。毎年これぐらいだからね」
「そうですね」
「去年私も同じ態度とった気がする…」
「…(こくこく)」
…明日何時起きなんだろ。
今日は早く寝…れないな。
考えなきゃいけないしな。
僕が水坂先輩に視線を向けると、耳打ちをして言ってくる。
「…互いに仕事がない時間、お昼過ぎに約束を果たしましょう」
僕はコクリと頷いた。
とりあえず、しっかり考えなきゃ。
タイムリミットは明日のお昼過ぎ!
「よし、それじゃあ帰ろう!」
渡木会長の言葉で、全員が動く。
「忘れ物のないようにして下さいね」
縄田先生の言葉に皆が「はい」と答えた。
僕は自分の荷物を持って、一足先に暗い校舎の横を歩く。
いよいよ明日は文化祭だ。
色々考えなきゃいけないことや、明日への不安だって山ほどある。
自分はキチンと仕事をこなせるだろうか?
それでも…。
「…色々あるけれど、楽しみだなぁ。明日」
夜空を見上げて、僕はそう呟いた。
明日の朝、ここに着いた時には、この空は明るくなっているだろうか。
そんな事を思った。
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