第三章 生徒会文化祭準備合宿 3
月明かりだけが、僕がいる個室を照らしていた。
部屋に月明かりに照らされた水坂先輩の姿が現れる。
「土井君、少しいいですか?」
僕は体を起こして、寝ていたベッドに座る。
「どうぞ」
僕がそう言うと、水坂先輩は大人しく姿勢良く座った。
女性と夜に部屋着でベッドの上に横に座るなんて、人生で初めてだ。
まさかこんな日が来るとはなと僕はしみじみと思う。
…思っていたのとは、少し違うが。
「それで、何の用事ですか?他の皆さんはもう寝たんですか?」
僕がそう聞くと、水坂先輩は答える。
「ええ。皆さんはもう寝ています。それはもうぐっすりと」
多分この人が眠らせたんだろうなぁと、しみじみと思う。
いや、そのまま寝た可能性もあるだろうか?
「それに、用事がなければ来てはいけないのですか?」
そうして少し可愛い表情を見せて、水坂先輩は言った。
だから、僕は言う。
「ええ、ただの部活の先輩と後輩の関係の僕たちにそれは少しおかしいと思います」
「…え」
予想に反した答えが返ってきたのだろうか。
水坂先輩は驚いてこちらを見る。
先ほどから何か雰囲気を作ろうとしたのだろうか。
ただ、僕はその雰囲気に流されない。
僕は彼女に正面から向き合うときめていたのだから。
それから逃げてはいけない。
僕は真剣に、水坂先輩の顔を見て言う。
「率直に聞きます。先輩は僕の事をどう思っているんですか?」
僕は、普通なら恥ずかしくて聞けない事を当たり前のように聞く。
これは大切な問いだ。
「えっと、その、何というか…」
水坂先輩は言葉を詰まらせる。
そうだ、彼女の本当の気持ちは僕には、ましてや彼女にもはっきりと気づいているわけではないのだから。
「ちゃんと心の整理がついていないのに、こんな事をしちゃ駄目じゃないですか」
僕は立ち上がって、水坂先輩に向き直る。
「…」
何も言わず、ただこちらを見る水坂先輩。
当たり前だ。
僕もいきなり説教なんかをされたら、何もいえないだろう。
それを知った上で、僕は言葉をかけ続ける。
「だから、しっかりと時間をかけて、自分の気持ちを考えてみて下さい。僕は逃げたりしませんから」
水坂先輩は無言を貫く。
彼女の胸中は今、どうなっているのだろうか。
「…そうですね。しっかりと向き合うためにも期日を設けて、文化祭でその答えを聞かせてください。文化祭なら丁度いいでしょう?」
こくり、と水坂先輩は頷く。
よかったと思う。
これで、水坂先輩はしっかりと答えを出せるだろう。
「とりあえず、これからは今までみたいな事をするのはやめてください。皆さんを巻き込んでこんな事をするのは絶対にいけない事だと思いますから」
「…はい」
ようやく、水坂先輩は口を開く。
やっとこの事で開いた口なのだろう。
そして、しばらくこの部屋は静寂に包まれた。
すると、水坂先輩は立ち上がって扉へ向かう。
「…今まですいませんでした。少し考えて直してみますね。それと、写真も消しておきます」
それは僕にとってかなりの朗報だった。
「…ありがとうございます。おやすみなさい。水坂先輩」
「ええ、おやすみなさい。土井君」
扉がゆっくりと閉められて、僕はベッドに倒れ込む。
自然と、喜びはない。
自分の悲願が叶ったはずなのに、どうして嬉しくないのだろう。
きっとまだ、きちんと終わってはいないからだ。
僕は彼女に、僕の事をどう思っているのかを問いた。
…僕は彼女をどう思っているのかも考えずに無責任な言葉をかけたと思う。
そして僕は、自分に問いた。
「分からないよな…」
自分も文化祭までに考える必要がありそうだ。
まだこの部屋は変わることなく、月明かりだけが照らしている。
・・・
二日目の朝。
僕が広間にいくと、シェフがいて、それは大層な食事を用意してくれていた。
色々規格外で驚いたが、すぐに慣れてしまえた。
水坂先輩は話しても、昨日の夜のことはなかったような態度になっていた。
「それで、今日はどうするんですか?」
僕は焼き立ての温もりが残るバケットにバターを塗りながら、渡木会長に聞いた。
「今日はBBQをしようと思う!」
渡木会長は高らかに宣言した。
なるほど、BBQね…。
「…いや、食べてばっかりじゃないですか!」
昨日はカレーで今日はBBQ。
明日は一体なんなんだ?
というか、BBQだけで一日はもたない。
「まあまあ、BBQのお肉や野菜は瑠泉に用意してもらったが、お昼は釣りをする!」
なるほど。
それは確かに楽しそうだ。
「だから、四人で川で一杯美味しそうな魚を釣っておいてくれ」
四人?
「あれ?渡木会長は釣りをしないんですか?」
「…(こくこく)」
僕が抱いた疑問を、火ノ元先輩が聞く。
てか、最近金瀬先輩の声を聞いていないな。
昨日の会議もずっとカタカタとパソコンに打ち込みをしていたし。
「私は夜に向けての準備があるからね!皆!楽しみにしておいてくれよ!」
朝から元気な人だなと、僕は感じた。
・・・
イワナやアユ、ニジマスなどが入ったバケツを持って、僕達はBBQコンロの置かれている場所に向かう。
川での魚釣りはとても面白いものだった。
僕はあまり釣れなかったが、特に金瀬先輩の釣り竿の魚の食いつき具合が凄かった。
「まだ、花奏さんがまだですね」
釣りの時間は結構あったはずなのに、渡木会長の帰りがまだだった。
一体何をしているのだろうか。
「先にやっておきますか」
火ノ元先輩がそう言うと、水坂先輩も少し考えた後。
「そうですね。準備も少し時間がかかりますし、先にやっておきますか」
そう言った。
BBQコンロに炭を入れて、火をつけたり網を置いたりして、準備を進める。
釜戸よりはそこそこ準備が簡単でやりやすい。
「お待たせ!」
準備が終わって丁度、渡木会長は少し汚れた衣服で帰ってきた。
「疲れたよー!早くお肉や魚を焼いてくれ!」
渡木会長の言葉に皆が動き始めた。
網の上で肉や魚がいい具合に焼けていく。
煙そのものからいい匂いがして、お腹が少しなった。
「はい、先輩。焼けましたよ」
そう言って、火ノ元先輩が焼きたての肉や魚を皿に盛り付けて、渡木会長に渡す。
それで、僕はずっと気になっている質問をする。
「それで、さっきまで何をしていたんですか?」
すると、口の中に含んでいた肉を呑み込んで、渡木会長は言う。
「ああ!肝試しの準備をしていたんだよ!」
今晩も忙しくなりそうだなと、つくづく思った。
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