第二章 土井、戸惑い。 7
辺りがすっかり暗くなってきた中、僕は大急ぎで靴箱で靴を履き替えて、学校の外を目指した。
このままでは、水坂先輩に完全に捕食されてしまう。
完全に安全な家へ早く帰らねばならない。
あの時、僕は本当はどうするべきだったのだろうか。
水坂先輩の理性が赴くままに襲われるべきだったのか。
あるいは、自分への処罰を覚悟でキッパリと断るべきなのか。
少なくとも、保健室での今日の僕の行動は、自分が助かる為のその時の最善の手段だったが、水坂先輩とのこれからを考えると最悪の手段だった。
あんなことされたら、誰だって絶対に怒ると思う。
僕は校門を早足に目指しながら、携帯を取り出して電話をかける。
『…もしもし?どうした流星』
僕は頼れる友人、柊に電話をかけた。
「柊、今どこにいる?学校の近くにいたりしないか?」
『ああ丁度、近くのショッピングモールを出たところだが、何かあったのか?』
「緊急事態だ。水坂先輩に襲われそうだ。お前がいなきゃまずい。学校に向かって真っ直ぐ歩いてきてくれ」
『おいおい、夜のお前からのラブコールだなんて嬉しくないぜ。対価をもらうぞ』
「今度、ラーメン奢るから頼む」
『わかった、チャーシューと煮卵のトッピングも追加だぞ』
高校生にそれは結構つらいと思うんですけど…。
やむを得ない。
「…あと、万が一俺が消息をたったら、水坂先輩を探ってくれ。もし俺が監禁されたりしていたら、柊の助けを待ち続けることにするよ」
『嬉しくないなあ!おい!』
そう言って、携帯の通信を切った。
そういえば、なんで柊は近くのショッピングモールにいたのだろうか。
ゲーセンでゲームをしていたか、女の子をナンパしていたとかそんな感じだろうか。
「…⁈」
校門のすぐ側に女子生徒が一人立っていて、僕は思わず恐怖してしまう。
まさか水坂先輩が待ち伏せしているのではないかと思っていたが、そこにいたのは下野さんだった。
「あら、土井さん。花奏はまだ生徒会室ですか?」
僕は一気に安心して、少し息を吐いた後、下野さんに言った。
「はい。僕が一番早く生徒会室を出たので。すぐに来ると思いますよ」
「そうですか…」
そう言って、下野さんはなんだか少ししょんぼりとした感じになった。
どういう事か、と僕は思った。
渡木会長と下野さんは互いに仲が良いが、下野さんはそれを断固拒否していたはずなのだが…。
そして僕は気付いた。
この学校の今の有様も踏まえて、僕はその結論に至ったのだ。
「下野さんは、やっぱり渡木会長と仲いいですね」
「な、何度同じ事を言わせるんだ!私と花奏は仲良くなんてない!」
おっと、この人も火ノ元先輩と同じツンデレか。
ふーむ。
「じゃあそうですね。下野さんはもっと渡木会長と仲良くなりたいと思っていますよね?」
「…!い、いやそんな事は…」
「下野さんは渡木会長のことが好きですよね?」
「……」
そうやって黙り込んでしまう下野さん。
どうやら、僕の勘は当たりだったようだ。
「君もか…?」
「え…?」
僕も渡木会長のことが好きだと思われちゃったのかな?
確かに面白い人ではあるけれど…。
「君もそれを知って、私を嘲笑うのですか?」
「え、いや、そんなつもりは…」
そう言って、下野さんは少し自暴自棄になって言う。
「ああそうですよ。私はあの手間のかかって、めんどくさい花奏が大好きなんですよ、恋愛対象として。本当に情けないですよね…」
「それは違うと思います」
僕は下野さんが崩れそうなのを見て、はっきりと率直な僕の言葉を口にした。
「好きなことがあるなんて悪いことあるわけがないじゃないですか。流石に人を貶めたりするのが好きだったりするのなら、それはどうしようもないと思いますが、下野さんは違うでしょう?」
下野さんはただ、僕の目を見つめていた。
「そこに愛があるのなら、いいじゃないですか。下野さんは渡木会長が好きなんだったら、しっかりと時間をかけて想いを伝えていけばいいじゃないですか。例え、性別が一緒という壁があっても、逆にそれを利用して、どんどん心を通わせていったらいいじゃないですか!」
そして僕は、自分の悩みについても気付いた。
水坂先輩はどうなのだろうか、と。
彼女にもし、本当に僕に対しての好意があるのなら、やはり真剣に向き合わなければならないだろうし、逆にただの肉欲の為ならば、僕は何がなんでも水坂先輩を拒絶していかなければならないと。
「お互い、思い通りにならなくて辛いことが山ほどあるでしょう。もし、僕と下野さんの両方が重い荷物を持っていたとしても、互いの存在を認識できたら、自分の事をしっかり見てくれている人がいる事を知れるだけで安心できるし、急ぎじゃなかったら、一旦その荷物を置いて、助けることもできる!」
僕は拳を強く握りしめて言った。
「だから自分を卑下にしないで、前を向きませんか?」
「…」
少し沈黙があって、下野さんは口を開く。
「…わかりました。ありがとう土井君。今度君を頼らせていただくます。本当は今すぐにでも君と話をしたいですが、花奏に聞かれたくないですしね。
よかった。
僕は彼女の力になれたようだ。
「それに今度、君の悩みとやらもよければ聞かせてください」
そう言って、僕は少し自分の行動を思い出す。
うっかり、自分が辛いことを下野さんに言ってしまった。
「すいません。ありがとうございます」
「なに、礼を言わせてもらうのはこちらの方ですよ」
そうやって、僕と下野さんの話は終わる。
今すぐに水坂先輩とのケリをつけようかとも思ったが、しっかりと頭を冷やしてから話そうと僕は考えた。
「じゃあ、僕はこれで。友人を待たせているので」
僕がそう言うと、下野先輩は少し真面目な顔をして、僕に聞いてきた。
「…君は、一年何組だったかな?」
なぜ今聞くのだろうと、少し頭をよぎったが、僕は素直に答えた。
「一年二組ですけど」
「…その友人とは、暁月柊か?」
意外なところで柊の名前が出てきて、一瞬戸惑う。
柊、何かやらかしているのか?
「ああ、はい。そうですけど…」
そう言うと、下野さんははっきりとした声でこう言った。
「土井君。そいつには気をつけなさい」
僕はその言葉に戸惑うしかなかった。
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