第二章 土井、戸惑い。 6

僕の名前は土井流星。

この世界のしがない料亭の板前さ。

ちょっと雰囲気をつける為に、語尾に『ぜ』をつけてみるぜ。

毎朝朝早くから起きて、食品の調達、仕込みなどをしてお客様を迎えるぜ。

僕の作った料理を食べて喜んでくれるお客様の顔が何よりも幸せだぜ。

僕は目立った事件もなく、平穏で楽しい日々を送れているぜ。

…『ぜ』をつけるの、面倒くさくなってきたぜ。

ルーレットは回る。


「やった!給料アップ!」


そう喜んだのは火ノ元先輩。

今ではコンビニの支店長となり、生活もぼちぼち順調だ。

最初はただのアルバイトでとても辛そうだったが、今となっては立派に生きている。

ルーレットは回る。


「うーん、また転職だ。こんなに転々としないといけないだなんて…」


古屋さんは少し辛そうに言う。

なんと彼女はまさかの転職3回目だ。

古屋さんは演歌歌手で生きていくのが少し辛くなり、転職をした。

最初の転職の結果が牧場経営で大量の借金を背負わされることになり、かなりのピンチになったが、アイドルデビューに成功し、見事完済。

今の生活はほどほど、といった感じだったのだが。

古屋さんは山札から職業カードを一枚取る。


「…画家。…一体ゲームの私は何を目指しているのだろうか?」


元演歌歌手の元牧場経営者の元アイドルの画家ってキャラクターが濃いなあ。

画家のボーナスは当たれば億万長者といった感じだ。

当たらなければどうと言うことはない!

ルーレットは回る。


「転職できるんだからいいじゃないですか…。私も早く転職したいです…」


そう言って辛そうな顔をするのは下野さん。

未だブラック企業を抜け出せず、安い給料で細々と生活していた。

病気になったり、ヤケ酒をしたりして、よく散財もしてしまう。

…つ、辛いなあ。

あ、次は僕の番だ。

サイコロを振って、出目の分だけマス目に進み、ルーレットを回す。


「ちょっと多めに給料が入るだけですね…。何もイベントがないのが嬉しいのか嬉しくないのかが複雑な気分です…」


次こそはいいマスに行きたいなぁ。

ルーレットは回る。


「看護師長に就任。給料がアップ。まあ、私であれば当然ですね」


そう言って、少し胸を張る菊川さん。

まさしくエリート街道を進んでいる。

僕もうまくいくならそれぐらいうまくいってほしかった。

ルーレットは回る。


「うう…また経営困難だ…」


そう言ったのは、渡木会長だ。

渡木会長の人生は変わらず会社の経営者。

最初は簡単に見えたが、途中で運悪くペナルティマスを踏んでしまい、ストライキ、株の大暴落に悩まされている。


「ふん、ひょっとすると私の会社の経営者が花奏なんじゃないの?だから私がこんな苦しい目に合っているんじゃないかしら?」


「それは酷いぞ梓!私だって頑張っているのに…」


周回はもうそろそろ後半と言ったところか。

盤上のコマの半分はもう皆が過ぎている。

それにしても…。


「やっぱりお二人は、仲がいいですね」


僕が見ている限り、いつも言い合いをするのはこの場ではこの二人だけだ。

それに、互いに報われていないし。

僕の言葉に、下野さんは不満そうに言う。


「これを見て、どういう性格をしていらっしゃるのですか?仲なんてよくありませんよ」


「釣れないなー梓は。こんなにも仲いいのに。幼なじみのよしみでこのまま、負けてくれよー」


「絶対に嫌です。貴方に反省文を書かせる為にも、このゲームでれっきとした楽しい人生を送る為にも!」


なんだかんだ言って、下野さんも楽しんでいるみたいでよかった。

ルーレットは回る。


「うわ、ペナルティマスだ。サイコロで偶数が出れば回避、奇数なら、罰金と転職か…」


「内容的に、銀行強盗ってところかな。銀行強盗を撃退できるか、そのままやられてしまうか」


火ノ元先輩の境遇を古屋さんが具体的にする。

このメンバー、だいぶ打ち解けてきたんじゃないかと思う。


「えい!…やった!四だ!強盗を撃退できたよ!」


火ノ元先輩は無邪気に喜んだ。

火ノ元先輩の強い拳がきっと強盗を撃退できたのだろう。

…?

なんで僕は火ノ元先輩の強い拳を知っている…?

ルーレットは回る。


「給料も出費も殆ど同じくらい…。画家だけど、同じくらいで済んでよかった…」


自分の今月分の出費を絵だけで稼げるのはそこそこ売れたんじゃないだろうか。

ひょっとすると、この先に期待かもしれませんね。

ルーレットは回る。


「…やった!転職マスを踏めた…けど、職業のペナルティであと一回踏まなきゃいけないのですね…」


下野さんは少し喜んだかと思うと一気に項垂れた。


「あはは!梓、ドーンマイ!」


「くっ…」


渡木会長が下野先輩を煽る。

や、やめてあげて…。

次は僕か。

ルーレットは回る。


「転職か…。今の生活も悪いものではないけれど、もっといいものになるように頑張ろう」


僕は山札から職業カードを一枚取る。

そこに書かれていたのは『専業主婦』だった。


「なにこれ」


「おお!遂に出たか!」


そう言って、金瀬先輩は大喜びだ。


「専業主婦はプレイヤーの誰かと結婚するんだよ。そこに書かれている通り、ボーナスは社会厚生と専業主婦のサポートにより、ペアの給料が現在の二.五倍に。そして、祝儀にプレイヤー全員から五万円をもらう。ペナルティは自身は給料なし、ペナルティマスの効果一.五倍だ。また、ペアになる者は自分の所持金から出費が出る」


なるほど、かなり現実的にも、きちんとされた計算だ。

ペナルティマスの効果が上がるのは結婚は幸せだけじゃないってことがはっきりと表れている。


「じゃあ、僕は長い間世話になった店を畳むんですね…。少し寂しいような気もしますがこれから頑張りますか。結婚相手はどうやって決めたらいいんですかね?」


「基本は誰とでもいいが、これはチーム戦だから、私か火ノ元ちゃんになるね。だから、君がどっちかを選ばなきゃいけない。…さあ、私を選…」


「なるほど。じゃあ、火ノ元先輩。よろしくお願いします。不束者ですが、よろしくお願いしますね」


「「え⁈」」


火ノ元先輩は一瞬で顔が赤くなって、僕から目線を逸らす。


「なんでだよ!土井君!どうして美少女で社長な私じゃないのさ!」


渡木会長が口を尖らせて言う。


「いや、普通に渡木会長そろそろやばそうじゃないですか。当然でしょう。渡木会長、負けてもいいんですか?」


僕は至極当然のことを言った。

すると、少し火ノ元先輩が怒っているような顔をしていた。

なんか、変なこと言ったかな?


「ふん、精々私が金を稼いでやるから、家事とかをしっかり頼むぞ」


「ええ、料理は美味しいのをしっかり用意させていただきますね」


そうやって、僕と火ノ元先輩の新婚生活が過ぎて、皆の人生がぼちぼち終わっていく。

渡木会長はボロボロだったが、専業主夫の力は偉大だ。

火ノ元先輩はただのアルバイトから、企業の課長までに昇り詰めた。

それに、なんとか下野さんも転職できたものの、所持金の少なさと転職の遅さが相まって見事、生徒会チームが勝利した。


・・・


いつの間にか生徒会室から見える外の景色は薄暗くなっていた。

時計の針はもうすぐで、7時になるところだ。


「はあ。敗北は敗北ですし、時間も時間なので今回は不問にさせていただきます。ただし花奏、次やったら、キチンと反省文を書いてもらいますからね」


渡木会長オリジナル人生ゲームが終わると、下野さんは立ち上がりながらそう言った。


「はいはーい。あ、梓。暗いし遅いから、校門で待ってて、一緒に帰ろー」


「全く、今日ばかりは仕方ないですね。その代わり、帰り道ではお説教ですからね」


「えー!やっぱり先帰ってて!」


渡木会長がそう言ったのを聞きもせず、下野さんは去って行った。


「じゃあ、演劇のステージの件。お願いさせていただくね。お嬢さん」


「…(ペコリ)」


「…ええ、お願いしますわね。今日は楽しかったですよ」


「すいませんでした!付き合ってもらって!」


古屋さんと菊川さんはそう言葉を残して、下野さんの後をついていく。

火ノ元さんと金瀬先輩は頭を下げた。

僕も軽く下げておく。


「さて、生徒会も早く撤収しようか。あれ?瑠泉は?」


そういえば、水坂先輩が全然帰ってこなかった。

ゲームに夢中で全然気づかなかった。


「ここにいますよ」


生徒会室の扉を開いて、水坂先輩が入ってくる。

おそらく、風紀委員の皆さんともすれ違っただろう。


「戸締りはしておきましたよ。あとは、皆さんがここを出るだけですから、早くして下さい」


水坂先輩は優しい声でそう言うと、僕の側に寄ってくる。

そして、さっき以上に優しい声で僕の耳元でそっと言葉を発した。


「…夜道には気をつけて下さいね」


僕は今日という一日は、いつもより長く感じたなと思った。

そして、今日の夜は怖くて寝付けなさそうだから、もっと長くなりそうだ。

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