第二章 土井、戸惑い。 5

…どうしてこうなった。

僕は生徒会室の机の上で繰り広げられる人生に戸惑うばかりだった。

僕はまだ普通に生きていられているが火ノ元先輩や風紀委員長は大変な事になっている。

ああ、人生とはゲームでもこれほど辛い生活を強いられる人がいるのかと思う。

僕は、盤上の人生で不自由なく暮らせるように不確定な未来へのルーレットを回した。


・・・


話は数分前に遡る。

僕は生徒会室の奥に向かう。

奥のソファにいる、風紀委員の人達に挨拶をする為だ。

生徒会役員雑務として、しっかりと挨拶しておくべきだろう。


「こんにちは!生徒会役員雑務、土井流星です!」


僕がその場に近寄って挨拶すると、渡木会長と風紀委員の人達の視線が僕に向く。


「こんにちは。しっかりと挨拶をするのは、偉いですね。どうも、風紀委員長の下野梓(しもの あずさ)です。よろしくお願いします」


下野さんはいかにも真面目そうで、風紀委員長を名乗るのにふさわしいオーラを放っている。

少し茶髪の髪の毛をポニーテールでにまとめていて、清潔感が表れていた。


「どうも少年。風紀委員で演劇部部長、古屋楓(ふるや かえで)だ。よろしく頼むよ」


古屋さんはこの前、演劇部でロミオを演じていた人だ。

近くで見ると、やはりイケメンで心を許してしまうと嫁いでしまいそうだ。

今も心を律しよう。

最近心を律してばかりだな、僕。


「はじめまして。風紀委員で演劇部副部長、菊川夜銀(きくがわ やしろ)です。以後、お見知りおきを」


菊川さんもこの前の演劇で、ジュリエット役を演じていた人だ。

彼女の容姿はやはり美しすぎて、とても近寄りがたいものだ。

銀髪と白いタイツが、とても眩しい。

言葉で表すならば、妖精か天使があっているだろう。


「土井君助けてよー!梓がいじめるんだー!」


そう言って、渡木会長は僕に泣きつくような仕草をして抱きついてくる。


「いじめるとは人聞きが悪いですよ!花奏が校内を卑猥な格好で走り回っているからでしょう?」


下野さんは厳しい声でそう言う。

僕は渡木会長の肩をトントン、と叩いた。


「渡木会長」


顔を上げた会長に、僕は出来るだけ優しい声で言った。


「渡木会長が悪いですよ。諦めましょう」


「土井君の馬鹿あああああ!このままだと、生徒会長が反省文を書かされる事になるんだよ⁈生徒の模範であるこの生徒会長が!」


「自業自得ですよ」


「…(こくこく)」


側に来た、火ノ元先輩も真面目な顔で言う。

金瀬先輩も頷いていた。

この人、やっぱり渡木会長には厳しいなあ。


「もう、梓!これからは出来るだけ人には見つからないようにするから許してよ!」


「…反省していたら不問にしようと思っていましたが、これっぽっちも反省していないようですね…」


「渡木会長…。コスプレしながら廊下を歩くのをやめましょうよ…」


火ノ元先輩は脱力しながら行った。

というか。


「さっきから、渡木会長と下野さんは下の名前で呼び合ってますが、どういう関係なんですか?」


僕がその問いかけをすると、下野さんは頭を抱えながら言った。


「残念ながら、家が隣同士の幼なじみなんだ…。昔から見た目と性格が全然変わらなくて、いつも振り回されている…」


それは大変だなあ。

渡木会長とずっと一緒にいたら、体が持たなそうだ。


「というわけで、この幼女に風紀委員室で反省文を書かせますから、少し借りますね」


「はい。了解しました」


火ノ元先輩は遠慮なく、渡木会長を受け渡した。


「酷いよ皆!ここは皆で頭を下げて、私を連れて行かれないようにする場面じゃないの⁈」


「なんで僕たちが頭を下げなきゃいけないんですか」


「うぇーん!土井君まで酷い!」


そうやって下野さんは渡木会長を捕まえて、生徒会室から連行しようとしたところだった。


「こうなったら…」


渡木会長がそう呟くと大きな声で言った。


「こうなったら、生徒会と風紀委員で勝負だ!」


え?

馬鹿なのかな、この生徒会長は。


「馬鹿か。私達がその勝負に受け立つメリットがないだろう」


さも当たり前のように、下野さんは言った。


「ふっふっふ。演劇部の文化祭の大型ステージを用意すると言ってもか?」


「「⁈」」


そう言って、見た目は華があって目立つはずなのに、ちょっと空気になりかけていた古屋さんと菊川さんの二人の目が輝いた。


「そんなので、受ける訳が…」


「それに勝負を受けてくれないと、この場の皆に梓の恥ずかしい秘密を暴露しようと今ここに宣言させてもらう」


なにそれ、超気になる。


「なっ、汚いぞ花奏!」


そう言いながら、渡木会長を掴んでいた手を離す。

そんなに知られたくない秘密なのだろうか?


「さあどうする?梓」


まさに形勢逆転とはこの事だろう。

生徒会長の技量を知りたくないところで知ってしまった。


「……うう」


下野さんは自分の心の葛藤と古屋さんと菊川さんの表情を見る。


「委員長…」


「委員長さん…」


おっと、その上目遣いは誰も逆らえないでしょうね。


「わかった。勝負内容を早く聞かせろ。ルールは出来るだけ公平にな」


「よし!」


渡木会長はガッツポーズをとった後、生徒会室のクローゼットの奥から大きな何かを取り出す。


「こ、これは…」


思わず息を呑む。

渡木会長が取り出したのは人生ゲームだった。


「な、なんで?」


僕が素朴な疑問を口に出して聞くと渡木会長は当たり前のように言った。


「え、だってやりたかったし」


この人は自由だなぁ。


・・・


「ルールは単純。ゴールまで自分の人生を生きて、最後に生徒会チームと風紀委員チームで合計金額が多かったチームが勝利だ」


チームは生徒会チームが、渡木会長と火ノ元先輩と僕。

風紀委員チームが、さっきからいる三人だ。

金瀬先輩は観戦だ。

渡木会長の手助けでやらされているだけだが、ちょっと楽しみでもある。

こういうボードゲームをするのは久しぶりだ。


「ちなみにこれは、制作私、監修金瀬ちゃんだから是非とも楽しんでね。ソフトでやりやすくて緩い感じだし、オリジナルルールや新展開が一杯あるだろうから」


なんか少し嫌な予感がしたが、金瀬先輩が監修しているなら大丈夫だろう。

…本当に大丈夫かな?


「オリジナルルールに職業ごとのボーナスとペナルティが存在する。職業にピッタリな感じになっているよ。マスも、給料アップマスだったり転職マス、ペナルティマスが存在するから、結構面白くなってると思うよ」


僕はマス目を見る。所々変わったものはあるが、酷そうなものは無さそうだ。流石だ、金瀬先輩。


「では、このカードの山から一枚を取ってくれ、ここには職業が書かれていて、最初の所持金とボーナスとペナルティが決まる。転職になったら、またここから引く。職業の最初の所持金が少ない人からの順番でゲーム開始だ」


渡木会長がそう言うと、皆一斉にカードを一枚取る。

僕もカードを取って、その内容を見た。

…料亭の板前ってなんかいまいちピンとこないな。

てか、最初の所持金が三百万円⁈


「それと、月の生活費で毎月二十万円以上飛ぶから気をつけてね。飛ぶ金額はルーレットだよ」


このままなら、僕は早くて六ヶ月しか生きられないのか…。

頑張って生きていなきゃ。

そういえば、ボーナスは…。


「それじゃ、自分の職業と所持金を発表しようか。渡木花奏は会社の経営者、年収は一千万。ボーナスは給料七倍、ペナルティは出費が五倍、ペナルティマス効果四倍だよ」


…所持金多いなあ。

色々と桁違いだな。


「火ノ元緋音、…コンビニアルバイトで所持金が百万。ボーナスのみでペナルティマス効果の半減です」


これは外れかなあ…。

火ノ元先輩には強く生きてほしい。


「土井流星、料亭の板前で所持金が三百万円です。ボーナスは給料が二倍で…。ペナルティマス効果が三倍…です…」


そりゃあ、不安定な仕事だろうしね。

次は風紀委員の皆さんの番だ。


「下野梓、…ブラック企業の社員。所持金二百五十万。ボーナスは給料一.五倍、転職は転職マスを二回踏まないと転職できない。…ペナルティマス効果二倍」


これもそこそこハズレだろう。

最初の所持金がそこそこあって、給料が少し高くても、転職がし辛いのとペナルティが痛い。


「古屋楓、演歌歌手。所持金百五十万。ボーナスは給料二倍、ペナルティは出費二倍。転職がすぐに可能だよ」


これはまた微妙だな。

給料と出費も二倍。

転職がすぐ出来るのが吉とでるかどうかだな。

演歌歌手ってそんなによくないのかな?


「菊川夜銀。職業は看護師。所持金は五百万円。ボーナスは給料五倍、ペナルティマスの効果は二倍ですわ」


これはそこそこいい職業じゃないのか?


「では、火ノ元ちゃん、古屋ちゃん、梓、土井君、菊川ちゃん、私の順番だな」


これで準備は整った。


「古屋ちゃん。早速転職するかい?」


「いいえ、まずは演歌歌手で生きてみることにしますよ」


「では、進む出目はサイコロだ。火ノ元ちゃん、早速やろうか!」


生徒会室に渡木会長の楽しそうな声が響く。


「わかりました」


そして、火ノ元先輩がサイコロを振った。

最初の出目は…。

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