第二章 土井、戸惑い。 4

僕の意識がゆっくりと、覚醒していく。

僕が目を開くとそこは、見知らぬ天井だった。

何か少し、薬品のような匂いがしている。

カーテンは窓から入り込む風で靡いていた。

空は夕陽が差し込みかけていた。


「…!」


僕はどうやら、ベッドで眠っていたらしい。

よくよく見渡して見ると、ここは保健室のようだ。

そして、隣には金瀬さんが座っている。


「…だ、大丈夫…でしたか?」


おどおどとしながら、金瀬先輩はそう聞いてくる。

少し金瀬先輩の顔が赤くなっているような気がするけど…。

…?


「あのすいません金瀬先輩。なんで僕、保健室で寝ているんですかね?金瀬先輩のゲームを遊ばせてもらって、それから…」


あれなんでだ?

僕は何か強い衝撃を受けたのだろうか?


「…お、思い出さなくていいです!…安静にしていて下さい。…今、生徒会室に報告しに行きますから」


そう言って、金瀬先輩は立ち上がって保健室を出ようとする。

思い出さなくていいって何故なんだろうか。

でも、これはしっかり言っておかないと。


「あ、金瀬先輩!」


僕がそう呼ぶと、金瀬先輩は僕の方を振り返る。

綺麗な人が振り返るだけで、とても絵になるとはよく言ったものだ。


「あの、僕が寝ている間、ずっと側にいてくれて、ありがとうございました」


僕は軽く頭を下げてそう言った。

すると、金瀬さんは慌てたように、保健室を出て行った。

僕は身体の異常もなさそうだし、僕もこのまま生徒会室に戻ろうかなと思った。

少し周りを見渡す。

すると、枕元の小さな机に数枚の資料が置かれている。

僕はそれを手に取って、読んでみた。


「…これは」


『プログラミング入門』と書かれた資料だった。

中には、素人でも分かりやすいようにしっかりとやり方が記されている。


「なんでこんな資料が…。あれ?」


なんだか少し、顔が痛いような気がする。

少し、ジンジンするような感じだ。

だがしかし、頬はなんだか優しいものに触れたような感触が残っているような気がした。

そんなことを考えていると、保健室のドアがコンコンコン、とノックされる。

保健室の先生はいないようだ。

ひょっとすると、金瀬先輩が戻ってきたのかもしれない。

僕は資料を折りたたんで、内ポケットに入れる


「どうぞー」


僕がそう言うと、ゆっくりと扉が開かれる。

扉を開いたのは水坂さんだった。

…一瞬にして、僕は絶望した。


・・・


…これはまずい。

そう思った僕は保健室の窓から逃げようと立ち上がった。

早く逃げなければ。

そう思って窓に寄ろうとした僕だが、すぐに足を止めざるを得なかった。

水坂さんはあの時の写真の画面をチラつかせてこちらに歩いてくるのだから。


「顔は大丈夫ですか?痛くないですか?」


「…大丈夫です」


僕が逃げないということをしっかりと確認できたからなのか、水坂先輩は携帯を胸ポケットに仕舞う。

僕はそれをしっかりと確認した。

…逃げ場は今はもうない。

逃げられないのなら、どうするのか。

背水の陣という言葉を思い出す。

…そう、戦うしかないのだ。


「…ところで、水坂先輩は何か僕に御用ですか?」


すると、少し頬を赤らめて言う。


「用がなければ、会いにきては駄目なんでしょうか?」


内面さえ知っていなければ、僕は多分とても喜んでいたのではないかと思う。

内面を知れているからこそ、彼女の意図がよくわかる。

彼女は僕を狩りにきたのだ。

ならば、易々と狩られるつもりはない。

狩返すことや、撃退まも可能なはずだ。


「いいえ、大丈夫ですよ」


今の僕には、軽い闘志すらある。

ひょっとすると、この困難を乗り越えられたなら、僕は人間として、そして一人の男として成長できるのではないだろうか。


「よかったです。心配したんですよ?」


そう言った水坂先輩はさっきまで金瀬先輩が座っていた場所に座る。

僕はベッドに座った。


「すいません。心配かけて」


僕は脳をフル回転させて考える。

僕に課せられた最大のミッションは、なんとか水坂先輩の注意を引いてこの場から脱出すること。

サブミッションに、先輩の携帯の僕の画像の消去だ。


「あの…」


「すいません。先輩」


僕に水坂先輩の攻撃を受けている暇はない。

ならば、こちらから攻撃するしかない。

僕は深呼吸をして、心を落ち着ける。

今の僕の心は超クールだ。

やれるぞ俺。


「服を脱いでもらって、ベッドに横になってもらえませんか?」


「…!」


僕は、「明日の天気はどうですか?」みたいに、いとも普通のことを聞いたように言った。

いつもの僕には到底できないが、今は僕の命がかかっていると言っても過言ではない。


「…いいですよ。…土井君の頼みなら」


僕は立ち上がって、水坂先輩をベッドに誘う。

水坂先輩は僕に誘われるがまま、靴を脱いで、ベッドに座る。

僕はさっきまで、水坂先輩が座っていた場所に座る。


「さ、早く脱いで下さい」


僕は真顔で、ただひたすらに水坂先輩の顔を見つめながら言う。

水坂先輩は少し恥ずかしそうに言った。


「そ、そんなにじっくり見つめないで下さい…」


「いいえ、しっかり見させて下さい」


水坂先輩は赤面しながら、ゆっくりと上着に手をかけて、脱ぐ。

今のタイミングでも、逃げようと思えば逃げられるだろう。

けれど、しっかりとした確実性とサブミッションクリアを目指したい。

この勝負は、僕がタイミングを一瞬でも間違えれば負ける。

逆にタイミングさえ完璧に合えば大勝利だ。

やがて、上着を脱いだ水坂先輩はその上着を自分の側に置いた。

白いキャミソールをあまり見ないように、視線を自然に泳がせて次の言葉を発する。


「次は、スカートをお願いしましょうか」


本当に後で後悔しそうだなと思う。

けれど、僕は心を律する。

今は心を鬼にするしかない。


「…はい」


水坂先輩はベッドの上で立ち上がり、スカートのジッパーを下ろしてゆっくりと下ろす。

やがて、白い華やかな下着と白いニーソックスの間に綺麗な肌が現れる。

おおおおっとまずいまずい。

心を落ち着けるんだ僕。

僕はベッドにある布団を取って彼女に渡す。

そして、出来るだけ平常心を保って言った。


「よければこれで少し隠して下さい。それの方がそそりますから」


「…そそりますか。…そうですか」


水坂先輩は布団で身を隠した。

そして恥ずかしくなったのか、布団に顔を埋める。

僕はこの瞬間を待ち望んでいた。

僕は一瞬、バレないように布団により、彼女の上着の胸ポケットから水坂先輩の携帯を取る。

そして、自分のポケットに入れた。


「いい絵ですね。写真に撮って残しておきたい気分です。では、僕もちょっとそこで脱いできますね。先輩も残りを脱いでもらって構いませんよ」


そう言って、立ち上がりその場を離れようとした。

しかし、残念だった。

僕の手を水坂先輩が掴んだのだ。


「…土井君も私に見せてくれませんか?このままでは不公平ですよ?」


駄目だ。

サブミッションは失敗だ。

本当は隠れて、携帯を操作する(水坂先輩はパスワードを設定していないのを僕は知っていた)なりしたかったのだが、諦めるしかなさそうだ。

なら、せめて逃げるしかない。


…僕は水坂先輩をベッドに押し倒した。


「…っ⁈土井君⁈」


「わかりましたよ先輩。まずは目を閉じて下さい」


そうすると水坂先輩はゆっくりと目を閉じ、少しばかり唇を尖らせた。

僕は水坂先輩の携帯を先輩の制服の上着の下に入れた。

僕は我慢の限界だった。

そして、叫んだ。


「…すいませんでしたああああ!」


僕は全速力で保健室から逃げ出した。

もう色々と恥ずかしすぎてヤバイ。

今までの全ての行動は計算故の行動だ。

あのままの姿ならば追ってくることもできないだろう。

自分の知能の高さと昔の趣味の演劇練習が役に立った。

とりあえず、生徒会室に戻ろう。

人がいる場所じゃ、水坂先輩は襲ってこない。


「…ただ、後の行動が本当に怖いな」


今更ながらに僕は、そんなことを呟いた。


・・・


恥ずかしさと安心と恐怖が混ざった複雑な感情を抱きながら、僕は生徒会室に戻った。

すると、生徒会室から何やら騒ぎ声が聞こえる。

来客かな?

僕は恐る恐る、扉を開く。


「…ただ今戻りました」


「土井君!大丈夫だった⁈ごめんね私があんなことしたばかりに…」


扉の側にいた体操服姿の火ノ元先輩がそう言う。

火ノ元先輩の側には金瀬先輩もいる。

金瀬先輩は目がなんだかキラキラしている気がする。

えっと…。


「僕が意識を失ったのって、火ノ元先輩が関係しているんですか?何故かあまり覚えていなくて…」


あれ?

僕の最後の記憶は金瀬さんのゲームを遊んだところなんだけど。

火ノ元先輩と何かしていたのだろうか。


「覚えていないのならそれでいい!それよりも…!」


僕は生徒会室の奥を見る。

そこには三人の女子と渡木会長が話をしていた。

真ん中の人を挟む二人を見たことがある。

確か、演劇部でロミオ役とジュリエット役をしていた人達だ。


「あの三人はこの学校の風紀委員だ」


火ノ元先輩が僕に説明してくれた。

この学校、風紀委員会もあるんだな。


「で、風紀委員が生徒会になんのようなんですか?」


僕が火ノ元先輩にそう聞くと、火ノ元先輩は頭を抱えて言った。


「会長とわた…。会長がいかがわしい服装で校内をうろついているのを注意しに来たんだ」


「それは誰でも注意しにきますね」


僕は同意するしかなかった。

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