第二章 土井、戸惑い。 3
「すまないね、迷惑かけて。その荷物を持って、先に生徒会室に戻っておいてくれ」
学校についた僕と火ノ元先輩は下駄箱の場所にいた。
そして火ノ元先輩は僕の学ランで紅茶で濡れた制服を隠しながらそう言った。
胸で学ランが少し盛り上がっているのが本当に最高だ。
眼福です。
「ですけど、大丈夫ですか?着替えとか…」
「だ、大丈夫に決まっているじゃないか。教室にある体操服を更衣室で着替えるから、ついてきても逆に困るよ。学ランは本当にありがとう。今度クリーニングをして返すよ。遠慮はしなくていい」
火ノ元先輩は僕の逃げ道を完全に塞いだ。
「…わかりました」
本当は「クリーニングなんて大丈夫ですよ」と言ってあげたかったが、流石に紅茶の匂いを漂わせたまま、学校で過ごすのも気が引ける。
ここは素直に甘えておこう。
「ついでに縄田先生に、領収書とお釣りも返してくるから、そのまま会長の手伝いをしておいてくれ」
「わかりました。気をつけてくださいね」
「言われるまでもないさ」
火ノ元先輩はそう言って、その場を去っていった。
「さてと」
僕はもう一度、地面に置いていた荷物を持ち上げる。
そこそこ疲れているけれど、もうあと一息だ。
・・・
「おお!お帰り土井君。あれ?火ノ元ちゃんはどこ行ったアルか?」
僕が生徒会室を開くと、赤いチャイナ服を着た渡木会長と黙々とキーボードを打つ金瀬先輩がいた。
水坂さんはまだいないらしい。
赤いチャイナ服から覗く白い肌がとても眩しい。
「あ、実はですね…」
僕はホームセンターでの事件のことを話した。
「なるほどね!なら私はせっかくだし、火ノ元ちゃんに体操服なんかじゃなく、このバニーガールの服を着せてくるね!」
な、なんだって⁈
火ノ元先輩のバニーガール姿だなんて、けしからんに決まっている。
「…でも渡木会長。多分着てくれないと思いますよ?」
「そんなこと誰が決めたのさ?少ない可能性の結果でも、挑戦しないと手に入らないんだよ?」
流石生徒会長だ。
その心意気を僕も見習わなくてはならないかもしれない。
そして渡木会長はクローゼットからバニーガールの衣装を取り出して生徒会室を出ようとする。
「あ、渡木会長。僕は次どうしましょうか?」
しっかりと次の仕事の指示を貰わなければならない。
「あー。金瀬ちゃんにプログラムの事、いろいろ教えてもらっておいて。君も将来、大切になってくると思うから!」
そう言って、渡木会長は風のように生徒会室を出ていった。
「……」
ただひたすら、キーボードを打つ音が生徒会室に響いた。
今まで、二人きりで過ごす事は数回あったけど、金瀬先輩はあまり言葉を発さないので、話した事はない。
今までは何かしらして過ごしていたけれど、
今日は違う。
説明を受ける為に話さなければならない。
…渡木会長、せめて間に入って欲しかったな。
僕はどうしようかと思うとキーボードの音が止む。
「……」
ただ、ジッと僕の方を金瀬さんは見ていた。
ええ…。
「えっと…。僕はどうしましょうか?」
僕は視線に耐えきれず、金瀬先輩に聞く。
すると金瀬先輩は立ち上がり、適当な椅子を持って、自分が座っていたパソコンの前の椅子の横に置く。
そして、パソコンの作業を再開した。
これは、隣に座れということなのだろうか?
僕は金瀬先輩の隣に座る。
そして、金瀬先輩が見つめるパソコンの画面を覗いた。
「…え、凄」
思わず声が漏れる。
パソコンに広がるのは大量のプログラミングの画面。
それを物凄い早さで打ち込んでいく。
渡木会長、僕ここから何を学べばよいのでしょうか…。
しばらくすると、大きな画面が現れる。
そこには、この学校の地図。
そこにクラスごとの出し物などを踏まえた、配置場所などがしっかりと纏められていた。
「これ、全部金瀬先輩が?」
「…(ふるふる)」
金瀬先輩は首を横に振る。
あ、そっか。
「そうですね、会長も何かしら言っていますもんね。ほとんど金瀬先輩がやったんですね?」
「…(こくこく)」
金瀬先輩は今度は縦に首を振った。
なるほどなるほど。
「いや、凄すぎるでしょ⁈」
多分、渡木会長がいなければ、もっと早く終わっているような気がする。
パソコンの隣には今回の文化祭の資料が積み上がっていた。
「…凄いですね金瀬先輩。僕なんか、ここで力仕事ぐらいしか役に立てていないですよ」
「…(ふるふる)」
金瀬先輩はまた首を横に振る。
そして、少し小さな咳払いをすると小さな声でこう言った。
「…土井君も…頑張ってる。…偉い」
その言葉が僕の言葉に響く。
こういうことをしっかりと伝えるのは大事だと思う。
だって、こんなにも嬉しいのだから。
「…ありがとうございます。なんか少し照れますね」
僕がそう言うと、金瀬さんも少し顔を朱色に染める。
「よかったら、今度プログラミングを教えて下さいよ。これを覚えておいて損なんて、絶対にないと思いますし」
「…!」
すると、金瀬さんは目を見開いてこちらを見てくる。
そこには何か輝いているものが見える気がする。
「…プログラミング、…興味あるの?」
金瀬さんはさっきよりもは少し大きくなった声で言う。
「勿論ですよ。プログラミングができたら、ゲームとかも作れるでしょうし」
すると、金瀬さんはパソコンを見て、何やらを操作する。
画面が変わって、『START』の文字が現れる。
後ろにはドット絵の飛行機が飛んでいた。
見たことも聞いたこともないゲーム。
この状況でこのゲームを出してくるということは、ひょっとして…。
「まさか、これって金瀬さんの作ったゲームですか?」
「…(こくこく)」
「ええ!本当ですか?」
完成度が高すぎだ。
ひょっとして、これを一人で作ったのかな?
すると金瀬さんは立ち上がって、さっきまで自分が座っていた椅子に座るように僕に促してきた。
「やらせてもらっていいんですか?」
「…(こくこく)」
「じゃあ早速」
僕はさっきまで金瀬さんの座っていた少し温もりの残った椅子に座り、マウスでスタートボタンを押す。
そこに操作方法が表示されて、ゲームが始まった。
簡単に説明すると、宇宙から侵略してきたエイリアンを戦闘機で倒すゲームだった。
自分はパイロットで、UFOを撃墜していく。
時々現れる仲間の戦闘機と合流して、力を合わせて地球を守るといったそんな感じだった。
一瞬、柊の顔が脳裏をよぎったが、僕は夢中になった。
柊には、この事は話さないでおこう。
僕はゲームをプレイする。
最初は簡単だったけれども、だんだんと難しくなっていき、ボス戦で僕は撃墜されてしまった。
「いやー、ゲームバランスも完璧ですね!ボスもあともう少しだったのになぁ」
「…(こくこく)」
隣で見ていた金瀬先輩はとても楽しそうだった。
自分が作ったもので喜んでくれるっていうのは、やはりとても嬉しいんだろうなと思った。
僕がそんなことを思っていると、金瀬先輩はクローゼットの前にいき、椅子の上に乗って、クローゼットの上にある積み上げられた何か資料を取ろうとした。
けれど、先輩の身長では届かない。
先輩の体は渡木会長ほどではないがそこそこ小柄だ。
「先輩、任せて下さい。僕が取りますよ」
そう言って僕は立ち上がり、その椅子に乗って、クローゼットの上に届く。
けれども、どれを取ればいいのかわからない。
金瀬さんでないとわからなさそうだ。
どうしようか。
この量の資料全部を下ろすのはとても大変そうだ。
すると、金瀬さんは手招きをするとこう言う。
「…悪いけど、…ちょっと肩車して欲しい」
「肩車、ですか…」
僕は椅子をどけてしゃがむ。
流石に椅子の上では危ないので地面でやろう。
これでも、流石に届くだろう。
問題は、僕に金瀬先輩を持ち上げるだけの力があるかどうかだけれど…。
金瀬先輩は僕の肩の上にに細くて、薄めのタイツに包まれた太ももが乗る。
僕の後頭部にはスカートが当たっていた。
何、ヤバイよこれ。
何がとは言わないけれど、ほんとヤバイ。
「…えっと、いきますよ」
僕は力を入れて立ち上がる。
金瀬さんは思っていたより圧倒的に軽くて、僕でも簡単に肩車ができた。
金瀬さんはクローゼットにしっかりと目線を通して、資料を探す。
対する僕は煩悩に打ち勝つ為に、目を閉じて、心の中で般若心経を唱えていた。
…観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空!
「…あった」
金瀬先輩はそう言ったが、僕には聴こえていなかった。
僕の反応がなかったので、金瀬先輩は下を見る。
金瀬先輩は今自分が何をしているのかを気づいた。
「……!」
「⁈」
般若心経を唱えていた僕の頬が温かくて柔らかいものに挟まれる。
そして、肌触りがとてもいい。
僕は上を見ると、羞恥で顔が真っ赤になった金瀬先輩の顔が見えた。
…って。
「あああ!すいません!すぐ下ろします!」
僕は急いでしゃがみ、金瀬さんを床に下ろす。
その時だった。
「ただいまー!土井君!見てみて!火ノ元ちゃんのバニー姿だ…え?」
「やめて下さい会長!土井君見ないで…え?」
丁度二人が僕を目撃した時、僕が金瀬さんのスカートに顔を突っ込んでいるような体勢になっていた。
最悪だ。
金瀬さんは素早く、僕の上から退く。
……。
「土井君、流石にそれは駄目だよ」
渡木会長の真面目なトーンの声が胸に刺さる。
いや、ちゃんと弁明するんだ…!
「ちょっと待って下さい二人とも!話を聞いて下さ…。あ」
僕は戸惑いながらもしっかりと説明しようと思ったが、駄目だった。
目の前にいたのは、ピチピチのバニーガールの衣装を着た火ノ元先輩。
少しサイズが合っていないのか、胸が今にも溢れ出そうで、黒い網タイツが白い火ノ元先輩の脚をより一層輝かせていた。
火ノ元先輩は僕の視線に気づいたのか、顔を真っ赤に染めて拳を握り締めた。
「この、変態!」
火ノ元先輩のストレートが僕の顔面に直撃した。
そこで僕の意識が途絶えてしまった。
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