第二章 土井、戸惑い。 2

僕は火ノ元さんの後ろをついていく。

火ノ元さんの姿勢はとても立派で、実はこの人が生徒会長なんじゃないかと思うくらい、綺麗な歩き方だった。

渡り廊下で数人の女子とすれ違ったが、その全員が火ノ元さんの姿を見ていた。

火ノ元さんの容姿はとてもよく整っている。

髪型がベリショというもので、清涼感を感じ、中性的な男子のように見えなくもない。

けれど、それを完全否定する胸元がある。

しっかりと服装を着こなしている分、強調された胸元が端的にいうと物凄くエロい。

考えてくれ。

確かに、開けて眩しい肌が見えるのはしっかりとエロいのだが、完全に隠されたものもそれはそれでエロいのだ。

洞窟の奥底にお宝の山があるように。

何を言っているんだ僕は。


「……」


火ノ元さんは少しチラッとこちらを見た。

僕は慌てて目を逸らす。

もう僕は開き直ったのだ。

あんな素晴らしいものを見ない方が失礼だと。

ただ、本人に不快な思いはさせたくないので見ていないフリをする。


「ついたね」


火ノ元さんはそう言って、少し息を吐く。

僕らが来たのは職員室。

顧問の縄田先生に部費を貰うためだ。

やっぱり、職員室に入る時は少し緊張する。

わかる人が多いのではないだろうか。


「失礼します。縄田先生はいらっしゃられますか?」


火ノ元さんはドアを三回叩いて、大きな声でそう言った。

すると職員室の奥から「どうぞ」と聞こえる。

僕も「失礼します」と言って、職員室に入り、火ノ元さんについていく。


「こんにちは、火ノ元さん。そちらの方は…。新しく入った土井さんですか?」


僕は一瞬、声を失った。

目の前の女性に僕の心を奪われかけたのだ。

この人は…。


「ほら、挨拶」


「あ、はい!新しく生徒会に入りました。土井流星です!ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした」


この人は、存在そのものがエロい!

ひょっとすると今日の僕はスケベかと思われてしまうかもしれないが少し待ってくれ。


「そう。初めまして土井さん。生徒会顧問の縄田です。いいんですよ、文化祭の仕事で忙しいですし。これからよろしくお願いしますね」


ただ寄ってくるいい匂いと、凄まじい大人の女性の色気のオーラ。

火ノ元さんに匹敵しそうなほどの大きな胸。

黒いタイツから薄らと透ける白い肌。

もう、存在そのものが卑猥な人だ。

ひょっとすると、柊がこの人に会ったら、思わず求婚するのではないだろうか。


「はい。よろしくお願いします」


僕はしっかりと頭を下げる。

こんな人一生ついていけそうだ。

僕が頭を下げた視線の先で縄田先生はその張りのあるタイツの脚を組み直した。

ああ、ひょっとすると今日は僕の命日かもしれない。


「それで、今日はどんな用ですか?火ノ元さん。土井さんの紹介ですか?」


「あ、いえ。今年の文化祭の為にこのリストの物資を買いに行きますので、部費を貰いに来ました」


そうやって、火ノ元さんが縄田先生にチェックリストを渡すと、縄田先生はそれをチェックする。


「わかりました。それではこれだけあれば大丈夫でしょう。領収書をもらって、お釣りは帰ってきてから必ず返しに来て下さい」


縄田先生は机の引き出しからお金を取り出す。

それを火ノ元さんに渡した。


「了解です。では行きましょうか、土井君」


「あ、はい。縄田先生、失礼します」


「はい。買い出し頑張って下さいね」


この人、ひょっとして女神では?

そんな事を考えながら、職員室を出た。


・・・


蒼野高校から、ホームセンターまでは徒歩五分から十分くらい。

信号が長いので、全てがそれに左右される。

僕もここには年に一回か二回くるか来ないかぐらいで来る。


「では、荷物持ちお願いね。まずは油性ニスから見に行こうか」


「了解です」


僕は買い物カートを持って火ノ元さんの隣を歩く。

さっきまでは時々会話をする程度だったが、今はリストの確認をしたりして、会話ができている。

ひょっとすると、周りから見たら、買い物をしているカップルに見えたりするのだろうか?


「というか、油性ニスなんて何に使うんですかね?」


「看板に色を塗るから、それを剥がれないようにする為だね」


「なるほど、やっぱり高校にもなるとこういうのしっかりやらないとですもんね」


「まあ、そうだね。置いていたりしたら、すぐに剥がれてしまうから」


そうやって、僕と火ノ元さんはニスが置いてある場所に行き、お目当のニスを購入した。

他にもチェックリストに書いてある、ペンキだったり接着材だったりをカゴの中に入れていく。


「そういえば、今日土井君は初めて縄田先生に会ったんだね」


「ええ、顧問の先生がいるとは聞いていて、挨拶もすぐに行こうと思っていたんですけど、生徒会に入るなり仕事漬けの毎日ですから」


「まあ仕方ないな。縄田先生はあれでな、去年までは物凄く怖かったんだぞ?」


「そうなんですか?」


「ああ、去年までは『綺麗な花にはトゲがある』ってこういうことなんだなあと、思っていたよ」


「どれほど怖い先生だったんですか⁈」


「まあ、去年結婚されてからだいぶ丸くなったよ。今ではなりたい大人ランキング第一位だ」


「縄田先生、結婚されていたんですか…。あと、なんなんですかそのランキング⁈」


諦めるんだな、柊。

あんなに綺麗な人はもう結婚してるって当たり前だよな。

店を回りながら、僕と火ノ元さんは楽しく会話ができるようになっていた。


「では、お会計にいこうか」


「わかりました」


カゴにはそこそこの量の物資が入っていた。

帰り道が少し大変そうだなと、僕は思った。


・・・


火ノ元さんが会計を済ませて、領収書を貰い、レジ袋に買った商品を詰める。

僕は大きくて重たい荷物を持たせてもらった。

少しキツイかもしれないけど、頑張ろう。


「ちょっとそこで休もうか」


火ノ元さんはホームセンターの出たところのベンチを指差した。

隣には赤色の自販機が置いている。


「あ、僕なら大丈夫ですよ」


僕がそう言うと火ノ元さんは少し笑顔になって言った。


「いや、私が休みたいだけだ。駄目か?」


「あ、すいません。休みましょう」


僕はそう言われて、ベンチの側に寄る。

その時、僕は思った。

ひょっとすると、火ノ元さんは僕が少し疲れているのを見越して、この行動をとってくれたのかもしれない。

なにそれ、この人超イケメンじゃん。

…いや、ふざけるのはやめよう。

こういう優しさを受け取ると、なんだかとても心がホッコリする。

僕はベンチに座った。


「奢ろう。何か飲みたいのはあるか?」


「いや、流石にそこまでしてもらうわけには…」


「いいんだよ。ほら早く言いな」


「でも…流石に女性に奢らせるのは…」


僕が戸惑っていると、火ノ元さんは言った。


「勘違いしないでくれ、これはただ奢りたいだけじゃなくてだな…。…今日仲良くなった印に一緒に飲みたいと思っただけだから」


えー何、めちゃくちゃ可愛いんですけどこの人。

こんなこと言わせてまで、断るのは流石に気が引ける。


「では、炭酸系の何かでお願いします」


「わかった」


そう言って、火ノ元さんは自販機に硬貨を入れてボタンを押す。

それを取り出して渡されたのは自販機限定のメロンソーダだった。


「ありがとうございます」


「うん」


そう言って、火ノ元さんはもう一度硬貨を入れてボタンを押して中から取り出す。

火ノ元さんは紅茶だった。


「どうだ?生徒会は」


お互いに一口飲み物に手をつけてから、火ノ元さんはそう聞いてきた。


「まあ、少しずつ慣れてきたんじゃないですかね。渡木会計のコスプレにはまだあまり慣れきれてはないですけど。でも、最近は今日はどんなコスプレなんだろうって楽しみにできるほどの余裕ができてきましたよ」


「それはだいぶ慣れてこれたな」


火ノ元さんは少し笑う。


「まあ、はっきり感じているだろうけどこの生徒会は変人ばかりだ。これからも苦労するだろうけどよろしくね。土井君」


「わかりました。…火ノ元先輩」


少し照れてしまう。

先輩だなんて、初めて呼んだし。

火ノ元先輩も少し照れ臭くなったのか、緊張をほぐすように体を伸ばす。

その時、火ノ元先輩の足がレジ袋に当たり、中に入っていた、ニスの瓶がレジ袋から溢れでた。

僕はそれを拾おうとして…。


ゴツン。


「「いたっ!」」


火ノ元先輩も慌てて取ろうとしたのか、頭をぶつけてしまった。

そして、悲劇は起きる。

火ノ元先輩の紅茶が盛大に先輩の制服に溢れてしまった。

溢れた紅茶は火ノ元先輩の胸元をしっかりと濡らし、やがて、水色の下着が透けてきて…。

これはまずい…!


「…おおおおお!」


僕は来ていた制服の上着をすぐに脱ぎ、火ノ元先輩に着せた。

そして僕はコーラを一気に飲み、空き缶のゴミ箱に捨てて、落ちたニスをレジ袋に入れ直し、荷物を持つ。


「先輩。このままじゃまずいです、急いで学校に戻りましょう!」


「あ、うん」


僕は帰り道をみて早歩きをした。

後ろから、僕の学ランでしっかり体を隠して火ノ元先輩も後をついてくるのがわかる。

…ただ僕は、この時の火ノ元先輩の表情を見ていなかった。

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