第二章 土井、戸惑い。 1
その時、僕は柊と放課後の教室に二人きりだった。
すっかり夕陽が差し込んでいて、今日は暖かい陽だまりに包み込まれている。
最近は生徒会の仕事が忙しくて、この状況が久しぶりだ。
そして、柊は真面目な顔で僕に言ってきた。
『なあ、流星』
『なんだ?』
僕は目線を柊に向ける。
『実は大事な話があるんだ…』
そう言って、柊は顔を朱色に染めて、ゆっくりと制服のボタンを外していく。
僕は唖然としたまま、ただ立ち尽くしていた。
制服が床にパサリと落ちた。
そこには、さっきの制服姿からは予想できないほどの巨乳が現れた。
『実は僕、女なんだ…』
衝撃すぎて思考が追いついていかない。
えっと…こんな時どんな顔をすればいいんだっけ?
『ほら、触れてみてくれよ』
そう言って柊は僕の後頭部に両手を回し、僕の顔をそのたわわな実りに埋め込んだ。
それは暖かくて毛深くてふわふわで…。
「ふわっ⁈」
僕は汗びっしょりの体を感じ目が覚める。
僕の顔の上には丸々と太った愛猫の福ちゃんが乗っかっていた。
「にゃーん」
僕の顔の上で福ちゃんが鳴いた。
なんて最悪な目覚めだ。
夢というものは、今までの記憶の断片を整理するために見るものだそうだ。
それがどんな些細な事でも、意外な形で繋がって、それが一つの夢になるらしい。
柊だったり、この前僕を襲った水坂さんとの記憶の断片が繋がったようだ。
「にゃーん」
福ちゃんがもう一度鳴いた。
なんだ、今日の福ちゃんは機嫌がいいのだろうか?
ただ、君のせいで僕の寝起きは最悪だよ。
せめてもの報いだ。
「にゃ⁈」
僕は福ちゃんをしっかり掴んで、そのの大きなお腹を物凄いスピードで頬擦りする。
やっぱり福ちゃんのモフモフは最高だにゃー。
福ちゃんはなされるがまま、僕に甘えられた後、ぐったりする。
「ふっふっふ。ご主人様の顔に乗るなんて十年早いぞ、福ちゃん!出直してくるんだな!」
僕は福ちゃんに完全な勝利宣言をした。
ちょっとかわいそうなことをしたかな…。
僕は福ちゃんの側に寄り、今度は優しく撫でてあげる。
福ちゃんは少しビクッとしたが、今はされるがままだ。
可愛い奴め。
「………」
福ちゃんを撫でながら、僕はさっきまで見ていたの夢の内容を思い出す。
柊が実は女だったってことぐらいしか今はもう思い出せないが、それが衝撃すぎてはっきりと覚えている。
謎だけれど、僕の中で何故か、柊が実は女の可能性が高いと訴えている。
今日、柊に聞いてみるか。
「なあ、福ちゃんよ。お前はどう思う?」
「にゃーん」
そうかそうか、福ちゃんもそう思うか。
我が家の福ちゃんは、それはたいそうご機嫌がよかったそうな。
・・・
「ねーねー、早くしなきゃ置いて行っちゃうよ」
「えー、ちょっと待ってよー」
下駄箱で女子二人がなんでもない日常会話をしていた。
「今日放課後どっか行く?」
「いつもの所でいいんじゃない?」
廊下で女子二人が高校生らしい話をしていた。
「ああ、暁月×土井は今日も尊いだろう」
「え、土井×暁月じゃない?」
教室の前で女子二人が何やら危険な話していた。
てか、その話題はやめて下さい。
やっぱりこの学校、どこもかしこも百合の人たちばかりなんだなと、つくづく思う。
いかにも、百合モノ漫画の一ページといった感じだ。
いや、最後の会話は除くよ?
「よっ、流星」
僕は教室に入り、自分の席に向かう。
そこにはいつも通り、柊がいる。
「ああ、おはよう」
「ん?なんか少し元気がないような気がするな。いつもなら何かしらうるさいのに。何かあったのか?」
お前そんなこと思っているのか。
ちょっと傷つくぞ?
「いや実はな?最悪な夢を見たんだよ」
「なんだ?世界が滅んだのか?誰か殺されてしまったのか?」
「なんでそんなスケールでかいんだよ。てか、その二つなら今生きてるのがおかしいじゃないか。違う違う今日見た夢が、実はお前が女だったっていう夢だったんだよ」
「は?」
コイツ何言ってんだと、言わんばかりの顔を柊はする。
だからもう一度言ってやる。
「いやだから、実はお前が女だったっていう夢を見たんだよ」
「…理解したくないんだけど」
顔を下げて柊は言った。
「…僕もこんな悪夢、見たくなかったよ。それでお前。ちゃんと男だよな?僕、今ちょっと疑っているんだけど」
すると少し間があいて、柊は答える。
「…当たり前だろ?」
えーちょっと何その間。
どこに悩む必要があるの?
「ていうか、そういう夢を見たって事は、実はお前そっちの気があるんじゃねえの?」
「お前、絶対に触れちゃいけないところに触れたな⁈ちょっと来い、成敗してやるよ。今日も家の戦闘で一勝してる」
「なんだよ家の戦闘って。やれるもんならやってみな!」
そういって、僕は柊に攻撃を仕掛けようと…。
「ほらね?土井×暁月だったろ?」
「なるほどね」
なるほどね、じゃないですよ、そこのお二方。
僕は柊と少し距離をとった。
・・・
放課後。
素早く身支度を終えた僕は柊に別れを告げて、生徒会室へ向かう。
最近、部活動が忙しすぎるのだ。
なぜなら、六月にある文化祭に向けての準備だ。
今はまだ四月の下旬に差し掛かったところではあるのだが、生徒会はやることが多い。
先輩たちに教えてもらったのだが、五月の中間テストが終われば、クラスは一丸となって文化祭の準備に取り掛かるそうだ。
生徒会は全てのクラスが準備がをする準備をしなければならない。
経費の申請、物資の調達と確認、クラスの割り振り、プログラム作り。
他にも近所への挨拶回りや、校内の飾り付けまで。
生徒会がそれら全てを完璧にこなさなければ、蒼野高校の生徒全員が困るのだ。
「こんにちは」
僕は生徒会室に入る。
この場所も随分と慣れてきた。
そこにはもう僕以外の全員が揃っていた。
一番下っ端の僕が一番最後に来るのはどうかと思われるだろうが、僕も出来るだけ急いでいる。
ただ、この人たちが早すぎるのだ。
いつ来ても、必ずいる。
「こんにちは!土井君!どうだい学校には慣れてきたかい?」
そう僕に声をかけてきたのは渡木会長。
この人の相手はかなり疲れる。
「なんで毎日同じ事を聞くんですか?ひょっとして僕は同じ日を毎日繰り返しているんですかね?」
渡木会長は小さな胸を張って言う。
「そんなことはない。私は君が『慣れてきましたよ。この学校最高!』って言うまで毎日聞くつもりだ」
「慣れてきましたよ。この学校最高!これでいいですか?」
「うん!いいよ!」
いいのかよ。
おっと口が悪くなってしまった。
声に出さなくてよかった。
「会長。土井君も来たことですし、早速仕事に取りかかりましょう。土井君、お茶入れますね」
「あ、いえお構いなく」
水坂さんはニッコリ笑って、そのまま紅茶を入れに行く。
この前、睡眠薬を入れているのを見て、この人の出す飲み物にうっかり手を出してはいけないと心に誓った。
でもまあ、今日は皆さんもいるし大丈夫か。
「えっとね今日は、プログラムの制作と企画書の取り立て、そして近くのホームセンターに買い出しだね」
会長は予定表を見ながら言った。
「プログラムは前回に引き続き、私と金瀬で作ろう。取り立てには、水坂が行ってくれ。それで、人手もいるだろうし、火ノ元ちゃんと土井君で買い出しに行ってくれ」
「もう、ちゃん付けはやめて下さいって言っているでしょう会長」
火ノ元さんは少し怒ったように渡木会長に言う。
「まあまあ。とりあえず二人は顧問の縄田先生の所に言って部費をもらってこのリストの物を買ってきてくれ」
そう言って、火ノ元さんはリストを渡木会長から受け取る。
そういえば、顧問の縄田先生にまだ会ったことないな。
三年生の授業を受け持っているそうだが。
「…了解しました。行こうか、土井君」
「あ、了解です。行ってきます」
今日もまた、忙しい一日が始まる。
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