第一章 桜と百合の咲き乱れるこの学校で 6
暗くなった景色の中、後門の前の桜が淡く照らされて、幻想さが際立っていた。
春だから、少しずつ暖かくなってはいるのだが、太陽が沈むとやはり少しずつ寒くなっていく。
僕は柊と校門をくぐる。
柊は疲れたよう僕に言った。
「散々な目にあったな。ほんと」
「全くだ」
僕も同意する。
本当に今日は僕の人生で一番波乱が押し寄せてきた日になった。
ただの部活動見学の日であるだけなのに、こんなにも酷い目に合うとは。
思い出すだけで、身体が震える。
そして信号機が赤になり、僕らは足を止めた。
「…で、お前はどうするんだ?」
「ん?」
僕のやる事が多すぎて、どれをどうするのかがわからない。
「生徒会に入るのか?入らないのか?」
あ、それね。
「…まあ、こんなに誘われているし、入ってあげたい気持ちはあるけど…」
僕は柊に今日の水坂さんとの事件を話した。
信号が青になる。
僕が足を前に進めても、柊は前に進まなかった。
「お前…」
「な、なに?」
柊は殺意を放ち、鬼のような形相で襲い掛かってきた。
「羨ましすぎんだろかぁああああ!なんだよその展開はよおおおお!」
「はあああ⁈ちょ、おま、落ち着けえええ!」
僕は全速力で柊から距離をとる。
柊はかつてないほどのスピードで追ってくる。
これは逃げなきゃ殺られるやつだ…!
「お前に拒否権があると思うのかあああ!今時、同人誌でもそろそろ減ってきた部類だぞ⁈」
「知るかあああああ!」
僕らは夜の町を走る。
周りの人たちに変な目で見られるし、気温は低いはずなのに身体が熱い。
俺たち二人のスピードはゆっくりと減速していく。
その内、なぜ走っているのかも分からなくなって立ち止まり、僕らは笑った。
また、横に並んで歩く。
「疑問なんだが、なんで普通なら誰もが憧れるシチュエーションなのにそのまま身を委ねなかった?そんなにお前の好みじゃない人だったのか?」
「いやいや、実際にこんなことされたら恐怖の方が勝るぜ?それにな…」
僕は少しばかり、上を見上げた。
ほんの微かに西の空はまだ赤い明るさを保っている。
けれども、複数の星がしっかりと見えた。
「こっちも向こうも、本当に好きなんかじゃない相手と、心の底からそういう事をしたいだなんて思わないだろうし」
それに僕はそういうのは、ちゃんと好きな人としたいと思う。
「…損する性格してるな。お前」
「自分でも思うさ。でもやっぱりちゃんと真面目に、そして誠実に生きたいと思うからね」
「…そっか」
柊は少し遠くを見つめる。
そういえば柊はそんな感情を考えず、彼女が欲しいみたいな事を考えていたんだっけか。
僕と柊のいわゆる、恋愛価値観ってやつはどうやら真逆みたいだな。
「なら流星。今までお前、好きな人とかいた事あるの?」
「それがないから困るんだよなぁ。恋愛に関しては正論っぽい事言われたら多分信じてしまいそうだよ」
きっと僕が誰かと話すのが好きなのは、そういう人を探しているからなのかもしれないなと、ふとそんな事を思った。
「まあ、ひょっとすると流星だってこの学校で出会うかもしれないしな。まあ、とりあえずは部活をどうするかだな」
「そうだな。お前は決めたのか?」
僕がそう聞くと、柊は少し肩を落として言う。
「それがさあ。百合の関係性が強すぎて、入り込む余地が無さそうだし、殆ど誰も僕の事を気にしなかったよ…」
「そうか…」
「だからまあ、部活は諦めるかもしれない。その分放課後を自由にして、行事ごとに皆の役に立って惚れてもらうか、もう他校の人を探してみるとかそんな感じかなぁ」
流石の行動力だな。
そういうの、他のところで活かす方法を考えようぜ…。
「まあ流星も、生徒会だけにとらわれずに、本当にお前がやりたい事をやればいいと思うぜ」
その言葉に僕の小さな頃からの夢の一つを思い出す。
救われない人、報われない人、悲しんでいる人。
僕が今行っている学校にいるのは、将来、差別されてしまう人だ。
僕はそんな人たちがいないような世界を作りたい。
「…僕は世界を変えたいんだった」
「え?」
・・・
桜の花も殆ど散り、春が終わるの終わりが告げられた。
花粉に悩む人はきっとこの季節の終わりを喜ぶのだろう。
僕は春の到来はもちろん好きだし、なんなら春の終わりも好きだ。
出会いの季節が終わって、出会った人たちと新たな一歩を踏み出すからだ。
そして僕は今、その新たな一歩を踏み出す。
コンコンコンと、僕はその扉をノックする。
「どうぞー!」
前回の時とは違う声が聞こえる。
僕は少し早くなる心臓の鼓動を抑え、ドアノブを回す。
「失礼します」
扉の先には四人のこの学校の生徒会役員。
生徒会長の渡木花奏(わたりぎ かなで)。
生徒会副会長の水坂瑠泉(みなさか るい)。
生徒会書記の火ノ元緋音(ひのもと あかね)。
生徒会会計の金瀬氷彗(かなせ ひすい)。
その四人が、凛とした佇まいで…
「お帰りなさいませ!ご主人さま!」
「会長!着替えて下さい!メイド服なんかでお客さんに対応するなんてどんな生徒会ですか!」
「そうですよ花奏。しっかりしてください。あら、土井君。いらっしゃい」
「………(ペコリ)」
はなかった。
簡単に言えば、僕が生徒会室に入ると、金髪幼女のメイドさんが僕を迎えてくれた。
白いニーソックスや少し開いた胸が広い露出を活かしている。
いや、渡木会長の胸は殆どないけれど。
いやいやいや。
「えっと…。何か忙しかったですかね?」
「そんなことはないぞ土井君。コスプレは私の趣味なのだ覚えておいてくれ」
そう言って、少し僕に不審な視線を向けた後、渡木会長は生徒会室の数あるロッカーの全てを開く。
そこには他にもおよそ百を超えるであろうコスプレ衣装が入っていた。
「ええと、これは渡木会長の私物ですか?」
「いや?生徒会室の備品だよ?全部生徒会経費で購入しているよ?」
ええ…。
「…なんでそんな簡単にお金が動くんですかね?」
「これは文化祭のクラスの劇の衣装の協力の為だよ。それを趣味で着ているだけだ」
何という凄まじい権力扱い。
流石、最高権力者だ。
すると、渡木会長はしげしげと僕の顔を見てくる。
「ふむ。イケメンとまではいかないが、それなりに顔立ちが整っているではないか」
イケメンじゃなくて悪かったですね。
ていうか、顔がめちゃくちゃ近いですよ。
「よし!瑠泉、メイク道具を出してくれ。土井君を新たな世界に導いてあげよう」
「…わかりました」
「え、ちょっと⁈何するんですか⁈」
僕は渡木会長に素早い動きで羽交い締めにされる。
胸がないとはいえ、身体がぷにぷにで柔らかく、なんかいい匂いまでする。
僕がジタバタしても、一向に抜け出せる気がしない。
すると火ノ元さんが僕の肩にポンと手を置く。
「諦めなさい。この会長に目をつけられたからには色々と諦める必要があるよ…」
「ちょ⁈諦らめてないで助けてくれません⁈ほわああああ!最近こんなのばっかああ!」
金瀬さんがパソコンを操作しながら、表情を崩さず、一切こっちを見ないのがむしろ辛くなって、約三十分。
僕、何の為にここに来たんだっけ?
この学校の女子生徒の制服を着ながら真面目に考えてしまった。
スカートってめちゃくちゃ緊張しますね。
「そういえば、土井君はどうして今日ここにきたんだっけ?」
「忘れたのは貴女のせいですよ。渡木会長!僕が生徒会に所属する旨を伝えに来たんですよ!」
「「「「え⁈」」」」
彼女らが驚く中、僕は入部届けを机の上に置く。
そして僕は大きく息を吸った。
「僕は生徒会のこの学校を変えるという活動に協力しようと思います。ですが、一つだけ言わせて下さい」
金瀬さんの視線もパソコンから僕に移り変わる。
四人の視線が僕に集中しているとわかる。
「この学校自体が彼女たちの生き方を矯正させるのは間違っていると思う。百合の自分が嫌だ。変わりたい、という人にはもちろんそのお手伝いをさせていただきたい」
無我夢中に脳から出てくる言葉を口にする。
泉のように湧き出てきては止まらない。
「だけど、そのままでありたい。変わりたくない。そうであることに誇りを持っている人がいるのなら、僕はその人達を守りたいと思っています」
好きである事の何が罪なのか。
日向ぼっこをしたり、音楽を聴きながら寝たり、ピアノを弾いたり、カメラで写真を撮ったり、絵を描いたり、美味しいものを食べたり、誰かと話すのが好きであるのがどこが罪なのか。
自分が受け入れてられないものを悪とするのは傲慢だ。
だから、皆が大好きでい続けられて、皆が楽しく暮らせる。
そんな世界に変えたいのが、僕が小さい頃からの夢の一つだ。
女子生徒の制服で何言ってんだと笑われそうだけど。
「だから、もしそれでもよければ…。生徒会に入部させて下さい!」
僕は頭を下げた。
ひょっとすると拒まれるかもしれないと、そんな事が頭をよぎった。
けれど、僕は自分の意思をしっかり持つ為、ブレる事のない心を体で表し続ける。
「土井流星君!」
渡木会長の声が聞こえて、僕は面を上げる。
「よろしくお願いするよ!貴方を渡木花奏の何おいて、生徒会雑務に任命するよ!」
こうして、僕は私立蒼野高校生徒会雑務になった。
・・・
「で、今は生徒会でいいように使われていると」
「ああ…。今はめちゃくちゃ疲れているんだ。そっとしておいてくれ…」
僕は自分の教室の机に突っ伏していた。
今僕は、生徒会雑務に相応しい、立派な雑務をこなしている。
文化祭が近づいているので生徒会は文化祭の運営というのが今年度の最初の仕事だ。
それで、唯一の生徒会男子というのも相まって、力仕事の殆どが僕にまわってくるのだ。
休みたいけれど、かといって、女性たちにやらせるのも気がひけるので僕が率先してやっているのだが…。
「あの会長と副会長は大変そうだな…」
「本当だよ…」
渡木会長は思いつきだったり、突拍子もない事をしたりするので走り回らなければならない。
それで水坂副会長。
僕の『好きなことの何が悪い』という言葉を聞いて、僕が隙を見せた時、襲い続けると決心したようだ。
この前も襲われかけた。
絶対にあの人と二人きりにはなりたくない。
誰かと一緒にいればいい人なんだけどなぁ。
「残りの二方はどうなんだ?」
「火ノ元先輩は物凄く可愛い。マジで尊い。金瀬先輩と二人きりで過ごす生徒会室はとても居心地よかったなぁ」
火ノ元先輩は生粋のツンデレだったので、とても可愛い。
可愛い以外の言葉が出てこないのが辛い。
この前も生徒会で休んでたら毛布をかけてくれていた。
まあ、その時起こしてくれていれば、水坂さんに襲われなかっただろうけれど。
金瀬先輩はパソコンでずっと作業をしている。
いつの間にか仕事が終わっているなんてこともよくある話で、とても頼りになる。
あまり金瀬さんの言葉を聞かないのだが、彼女のタイピングの音はピアノの音色のように心を落ち着かせてくれる。
はあ、癒されてぇ。
帰って、ペットの福ちゃんを撫で撫でもしよう。
「てか、そろそろじゃないか?何かの製作の仕事があるって言ってなかったか?」
「あ、いけね。もうこんな時間か」
そう言って、机の横にある鞄を取って立ち上がる。
「じゃ、行ってくるわ、柊。万が一、俺が困っていたら助けてくれ」
柊は少し口角を上げて言う。
「ああ、友人のよしみでな」
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