第一章 桜と百合が咲き乱れるこの学校で 3
『…どうして。…どうして貴方はロミオなの?』
『僕だって…。どうして君はジュリエットなんだい…?』
「「「きゃあああああ!!」」」
僕と柊の目の前では、演劇部の新入生歓迎劇、「ロミオとジュリエット」が行われていた。
周りの女子生徒はこの劇の名シーンにとても興奮しているようだった。
「はぁ…」
「………」
僕が大きなため息をついても、柊は無言のまま、前の劇をボーっとしながら見ていた。
きっと僕もこんな気分じゃなかったら楽しく見れただろう。
ストーリーや演技は素人が見てもわかるくらいにプロレベルだし、何よりロミオ役とジュリエット役の二人が凄い。
ロミオ役の人はマジでイケメンだ。
男の僕から見ても、うっかり気を抜いてしまえば、全てを捨てて嫁いでしまいそうなくらいに。
男なのに。
それでもあの人も女の人なんだよなあ。
本当に不平等だと思う。
ジュリエット役の人はロミオ役の人とは対称にとても素晴らしい美女だ。
この学校に入って、水坂さんや入学式に見た生徒会長さんを見たが彼女らの一段階上をいくレベルだと僕は思う。
綺麗な銀髪がさらにそれを際立たせていた。
まさしく、舞台にいる二人は生きる芸術。
彼女らが実は、彫刻だったり、絵画だったりしても、僕は疑わないんじゃないだろうか。
「…なあ」
丁度、舞台でジュリエットがロミオの亡骸の側でロミオの短剣で喉を刺して自害し、幕を下ろした時、ようやく、柊が口を開いた。
「…ん?」
「…僕、この学校に来るの、間違えたのかな?」
「…どうなんだろうな?」
確かに、柊の真の目的は可愛い彼女が欲しいって事なんだろうけど。
どういう事か説明しよう。
ここ、私立蒼野高校は百合が咲き乱れる学校だった。
これだけ聞くと、「なにその素晴らしい学校」と言われそうだが、そうじゃない。
いわゆる、女性の同性愛者がこの学校に溢れているのだ。
まあ、仕方ないのかもしれない。
周りには美しくて賢い女性ばかりだ。
お互い愛し合っているカップルもいれば、目の前の演劇部のように、ファンといった形で恋をしている人たちもいる。
この数日、僕はどうかしていたのだろうか。
廊下には女性同士がキスをしていたり、裸で抱き合うなどの凄まじい絵ばかりだった。
なんなら、人気のない廊下で実際に行為に及んでいた人も視界に映った気がする。
これを柊にいち早く伝えたかったのは、柊の計画があるからで…。
「ま、まあ、僕らが出会えたから、それでよしとしようぜ。たった数日で、こんなに仲良くなれるなんてそうそうないだろうしさ」
僕は慰めるように柊にそう言った。
そりゃあ、僕もひょっとしたら可愛い彼女ができて楽しくなるんじゃないかって淡い期待はしていたさ。
いつかその期待も潰れるだろうとは思っていたけれど、まさかこんなに早く、さらにそんな理由で潰れる事になるとは思ってもいなかった。
「…そうだな。それに、こんな事でへこたれていてはいけないな。これからの事も考えていかなきゃな」
柊はそう言って、周りの女子が感動に涙を流して感情に浸っている中、立ち上がった。
僕も立ち上がる。
「部活動選びを慎重にしなくてはならない。ひょっとすると、百合じゃない人が校内にいて、その人が僕の条件に一致する人なら是非とも求婚したい」
「なるほど。お前はまだ諦めたわけじゃないんだな」
むしろ尊敬するぜ、その心意気。
「ああ。とりあえず、他の部活動も見てみる事にする」
流石、柊だな。
厨二病でありながら、こんな行動力の高いリア充みたいな事もできるんだな。
まあ、僕も行動力は高いってよく言われるけど。
「演劇部はどうなんだ?有名になれば結構モテると思うぞ?」
「いや、案内根強い人気の人がいれば自分が入ってもどうしようもないだろう。だからやめておくよ。さ、他の部活動を見に行こう」
柊、結構賢いんだな。
めちゃくちゃ考えているな。
そこまでして、彼女が欲しいのだろう。
「あ、でもすまん。僕、生徒会副会長のお茶会に誘われているから、そっちに行かなきゃ」
「わかった。生徒会も気になるけど、よかったら感想聞かせてくれ」
「了解」
そして、僕らはその場を離れた。
僕はこの時の事を一生後悔するだろう。
演劇部の絶大な人気を侮っていたのだ。
僕は、周りからの殺意を感じる事ができなかった。
・・・
「あの二人、楓(かえで)様と夜銀(やしろ)様の演技に泣かなかったぞ…?」
「…有罪。…有罪」
「…私達の百合の花園に入るだけじゃ物足りず、楓様と夜銀様の演技に感動もしないなんて…」
「確かあの一人、今年首席で入学した、土井流星って人だよね…?」
「死刑だ…」
まずい、と生徒会会計の金瀬氷彗(かなせ ひすい)は思った。
演劇部のファンが何かよからぬ事を話し合っている。。
かと言って一会計の氷彗には、彼女らを止める力はない。
氷彗はハンカチで未だ止まない涙の雨を拭い、歩き始めた…。
・・・
蒼野高校の校舎の隅にあるとある一室。
僕は、そこに訪れていた。
少し豪華な扉の横に、『生徒会』と彫られた木の板がかけられていた。
僕は扉をコンコン、と三回軽く叩く。
二回じゃ駄目だぞ皆。
二回だと化粧室の扉だからね!
「どうぞ」
水坂さんの声が聞こえて、僕はドアノブを回した。
中を見ると、手前には長机があり、奥には向かい合わせにソファが置かれていて、間に小さい机がある。
右側には沢山の資料みたいなのが詰まれており、左側にはクローゼットなどの収納が横に並んでいた。
「ようこそ土井さん、生徒会室へ。お待ちしていましたよ」
「すいません。失礼します。お待たせしましたか?」
「いえ、大丈夫でしたよ」
生徒会室には、水坂さん以外いなかった。
綺麗な女性と部屋で二人っきりだなんて…。
心を強く持とう、僕。
「他の生徒会の方はいらっしゃられないんですか?」
「ええ。会長が新入生勧誘に飛び出してしまって、書記がついて行ってます。会長がは恐らく、演劇部の劇を観に行っていると思うのですが」
「あ、そうなんですか。さっきまで僕もそこにいたんで、ひょっとすると、すれ違っているかもしれませんね」
「そうでしたのね。ささ、入ってください。お茶とお菓子をお出ししますね」
「あ、ありがとうございます」
僕は水坂さんに案内され、生徒会室の奥のソファに座る。
とても上質なソファだった。
「演劇部の劇はどうでしたか?」
水坂さんはコップに紅茶を注ぎながら聞いてくる。
無言にならないか少し心配だったけど、流石副会長だ。
副会長になるほどの技量というか話術というか、そういうのがしっかりしている。
「凄かったですよ。思わず泣きそうになりました」
僕がそう言うと、水坂さんの動きが少し止まる。
「泣きはしなかったのですか?」
水坂さんは動きを再開し、紅茶を入れ終えるとお盆を持って歩きながら聞いてくる。
お盆の上には紅茶の入ったカップが二つと色とりどりのマカロンが乗っていた。
「ええ、まあ、少し考えごともしていたので」
「なるほど…」
水坂さんは僕の前に紅茶を置いてくれた。
僕は頭を下げる。
そして座ると、彼女は言った。
「この学校の現状の事ですか?」
「…!」
この話を、ここでするとは思っていなかった。
生徒会として、この学校の現状に何かあるのだろうか。
「もう気付いていらっしゃられると思いますが、この学校は約7、8割の女子生徒が同性愛者なんです」
「……」
ただ、水坂さんの言葉に耳を傾ける。
水坂さんは何かしら、この学校の在り方に不安を抱いているのだろうか?
「ここを卒業した卒業生の結婚率が異様に低いんです。結婚が全てにおいての幸せとは言いませんが、同性愛者のまま卒業した先輩達は現代社会において、差別の対象になってしまっているのです」
おっと、なんかもの凄い壮大な話になりましたね。
そこまで考えているとは…。
「ですから、生徒会は今年から、同性愛者を減らすため共学にする為に学園長に直談判したのです」
「なるほど。そう言う理由で共学になったんですね」
僕にも理解できる。
男子校や女子校は同性愛者が増えるとよく聞く。
なら、共学にすれば減ると考えるのは合理的だろう。
「ということは、僕達男子は何かこれから同性愛者を減らす為、何かをするんですか?」
「いいえ。全員ではなく、貴方に頼みたい事があります」
そう言って、水坂さんは少し気を落ち着ける為か紅茶をひと口飲んだ。
僕も冷めてはいけないと、口をつける。
僕が普段飲むものとは比べ物にならないくらい、美味しいものだった。
「是非、今年首席で入学した貴方に、生徒会に所属してもらいたいのです。…そして」
水坂さんは少し深呼吸をして、意を決するように言った。
「私と付き合ってほしいのです!」
「………えええええ⁈」
ちょっと待って、ちょっと待って!
何このラノベみたいな展開。
「皆に指導する為に、私自ら模範となるべきなのです!その為にも協力してください!」
「いやいやいや、ちょっと待ってください!早まっては駄目ですよ!男女交際をするのははお互い気になってたり、愛し合う二人って知らないんですか⁈」
すると水坂さんは少し顔を赤く染めて目線を逸らした。
何ですかその仕草は。
めちゃくちゃ可愛いじゃないですか。
「何というか…。貴方の身体というか…。男性の身体が大変気になっていて…。今にも思うがままにむしゃぶりつきたいんです!」
あかん。
この人、実はとってもやばい人だ…!
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