第84話 怖いお兄さん
『はいはい、落ち着いてー。まだ時間はありますからね。衛兵さんの指示に従って、ちゃんと並んで下さいねー』
パニックを治めるように、俺はわざとのんびりとしたアナウンスを繰り返す。
それが効果あってか、正門前には整然とした人の流れが出来上がっていた。
グラサンどもは、一目散に建物の隙間へと逃げ込んで行った。事務所に戻ったのだろう。
『はい、そろそろ5分経過ですよー。逃げ遅れた人はいませんねー?』
予め手配していた誘導により、俺が時計を確認した頃には、通りの人影はすっかり消えていた。
あるのは、建物の窓を介してこちらをチラチラと覗う気配。
そして、背後の正門側から集中する観衆の視線。
想定通りの、良い舞台が整った。
俺が時を告げるのとほぼ同じくして、路地からぞろぞろと黒服の男達が現れる。
縄張り内の荒事を引き受ける、いわゆる「怖いお兄さん達」だ。
先程のグラサンが援軍を呼んできたのだろう。
轍組自慢の戦闘部隊の構成員だった。
広い中央通りをも埋め尽くすその数は、100人は下るまい。
路地の奥にもまだまだ潜んでいるはず。
足音は最小限に、整然と居並ぶ姿は軍隊さながらだ。
一斉にサングラスを光らせ、こちらを見据えている。
纏った黒服は一見普通の布地に見えるが、上物のミスリル銀糸からなる特注品だ。
軽い上、強度も鉄製鎧に引けを取らない。
それら揃いの制服を着込むのは、全て薬漬けで身体強化と感情抑制がなされ、純粋な戦闘機械と化した屈強な男達である。
Sランク冒険者にも対抗し得るこの武力が、轍組を北区随一のマフィアたらしめる要なのだ。
「……ヴァイス殿。我が未熟、よもやここまでのものとは思いませなんだ。真にもって遺憾の極みなり……」
俺が足場としているメイスが、僅かにぶるりと震えた。
アンバーの悔恨は良く分かる。
目の前の光景は、この程度の連中でSSランクをどうこうできると考えている馬鹿がどれだけいるか、という確たる証なのだから。
「ま、それに気付けただけでも収穫としましょう。それに、その苛立ちはすぐに解消してくれますよ。彼女が、ね」
言い聞かせながら、アンバーに後退の指示を出す。
『一応確認しますけど、この中にレグナードさんはいませんよね?』
俺達が正門まで退くと、その分だけ黒服部隊が前進を始めた。
「あったりめぇだろ、このクソ坊主!! てめぇらごとき、若頭が出る幕じゃねぇ! おら、畳んじまいなぁ!!」
後方で先程の白スーツが叫ぶと、通りに黒服達の殺気が満ちる。
『安心しました。それなら遠慮なく』
パンパンと、俺が手を叩く音に合わせ、黒服の群れから10人程が先陣を切った。
──トン。
軽い音を伴って、敵と俺との間にほっそりとした人影が着地する。
『殲滅、しちゃいましょうか』
俺が笑みを浮かべて宣告を下した時、黒服達の首は既に宙へ舞っていた。
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