第63話 提案

「あ、あの……ヴェリス、さん……? 今のどこに笑う要素が……」

「はっ! 謙遜するなよ。十分面白いじゃねぇか」


 ありありと不安を目に浮かべたエルニアへ、俺はにやりとしてみせた。


「加護のせいで狂化したのかと思えば、元から生粋の快楽殺人者だときた! お上品な面の皮にすっかり騙されたぜ! ハハハハハ!」


 俺は嘲笑を叩き付けると、怯えを見せるエルニアに構わず更に続ける。


「大方雑魚の群れを相手にするとスイッチが入るんだろう? フェーレスとの試験じゃ普通だったからな。虐殺する時限定で加護が発動するって訳だ。弱い者苛めが趣味の光の信徒ってか! これが笑わずにいられるかよ! くはははははは!!」


 一息にまくし立てて高笑いを上げる俺を見て、エルニアがあんぐりと口を開けたまま間抜け面を晒している。


「んふふー、これで本気で面白がってんのよ。あたしの時もそうだったしね」


 フェーレスが俺の頭を撫でながら、エルニアを宥めるように言う。


「類稀な戦の才を持ち、光神教徒でありながら邪神の寵愛を受ける。その出鱈目でたらめようがお気に召したのでしょう。これが我が勇者殿特有の褒め言葉なのです」

「全く褒めているように聞こえないのですが……」


 アンバーの言を受けてもエルニアの表情は晴れない。


「……ふぅ。ギルド長が隠したのも頷けますわね」


 それまでそっぽを向いていたセレネが、諦観の混ざった溜め息をついた。


 俺の嗜好を知るグレイラの事だ。俺がエルニアの特性へ興味をそそられ、元に戻る事をないがしろにする可能性を考慮したのだろう。


「くっくっく……まあそう言うな」


 俺は肩越しにセレネへ笑みを送る。


「邪神の加護を受けても正気を保ってる奴なんざ初めて見るぜ。こんな磨き甲斐のあるレアモノを放っておけってのは無理な注文だ」


 それを聞くと、セレネは目を伏せつつ肩を竦めた。


 本来闇の神から加護を受けた者は、破壊衝動に呑み込まれて完全に発狂してしまう。そして周囲を巻き込んで自滅していくのが常だ。

 何より、それこそを望む者が邪教徒の大半を占めている。


 俺も何度か邪教徒狩りに参加してそんな連中を見てきたが、話が通じる奴は一人もいなかった。


 ところがエルニアは、スイッチが入った時こそアレだが、平時にはこのように常人の意識を残している。それ自体が奇跡だと言っても過言ではない。


 よっぽど自我が強靭なのか、正気に見えるだけの狂人なのか。


 試してみたい。見定めたいという気持ちが抑えきれない。


「話を聞いて確信した。俺ならお前を上手く使ってやれるだろう。ぴったりな役割も思い付いたぜ」


 俺は言いながら、ベストのポケットを漁る。

 そして親指程の大きさの黒い筒状の小物を取り出した。


「それは……?」


 エルニアの目が俺の手元を追う。


「今から正式に俺の仲間に迎える為の調印式をする。その印鑑だとでも思えばいい」


 黒い筒の蓋を外しながら俺は答えた。


「まあ今更だとは思うが、形式ってのは大事だ。それに俺は紳士だからな。無理強いはしたくねぇ。一応選択肢を用意してやる」


 一拍置いてから続けようとする俺の横から、フェーレスの忍び笑いが聞こえる。


「一つは俺の監察下に入り、こいつら同様更生プログラムを受ける事。そうすれば、俺の名において教会には手出しをさせねぇ。ギルドの掟に従う限り、安全は保障してやる」


 俺は肘でフェーレスをつついて制しながら言葉を並べた。


「……もう一つは……?」


 内容を吟味するような間を開けてから、エルニアが尋ねて来る。


「アドベースに飛ばしてやるから自殺なりなんなり好きにしろ。ちなみにお前は俺に斬りかかった時点で粛清対象だ。街は丸ごと敵地だと思え」

「……そんなの……! そんなの全然選択肢じゃないですよ……!」


 エルニアは感極まったように、いびつに微笑みながら涙を一筋零した。


「良い狩人ってのは、獲物の退路を断ってから追い込むもんだ。それが俺のやり方でもある。仲間になるなら覚えておきな」

「はい……はい……! こんな愚かな私に居場所を下さるなら……導いて下さると仰るのなら、何事だって喜んで致しましょう!」

「ふっ、何事でもと言ったな? 吐いた唾は飲めねぇぞ」


 大粒の涙を流しながら何度も頷くエルニアへそう言い放ち、俺はその白い喉元へと黒い筒を差し向ける。

 その先端には奇抜な意匠の刻印が、仄かな赤い光を宿していた。

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