第61話 過去

「とある任務で邪教徒の神殿を襲撃した際、私は今回同様に我を忘れてしまい、合わせて300人あまりいた敵味方の全てを殺し尽くしてしまったのです」


 吹っ切れたように、はきはきと説明をして見せたエルニアの顔はどこか自慢気だった。


 ちなみに邪教徒とは、光の神の対となる闇の神の信者達を差す。

 創世神である光の神とは逆に、世界の破滅を狙う闇の神の下僕を狩り立てるのが、聖堂騎士団の主な任務なのだ。


「……シンプルで良い説明だ」

「わかりみが深い」

「聞きようによっては武勇伝ですな」

「ふわ~ぁ……」


 淡々とした俺達の感想に、エルニアの方が逆に驚愕の表情を浮かべている。


「……本当に、驚かないのですね……」

「殺した数で言えばアンバーの方がよっぽど上だぞ。俺が捕まえた頃には何人だった?」


 俺の質問に。アンバーが顎に手をやり首を傾げた。


「はて。いちいち数えておりませなんだ。幾度か軍の連隊を撃滅した記憶はありますが」

「……連隊を、一人で? 幾度も!?」


 エルニアが大口を開けて目を回している。


 無理もない。

 この国の軍で言う連隊は、1000人程度の歩兵隊で構成されている。近年まで戦が絶えなかった事もあり、練度も士気も高い。

 そんなものに唯一人で立ち向かおうなどと、既に常人の発想ではあるまい。


 かつてアンバーは戦神の教義にのっとり勇者を探すため、あるいは自分が勇者となるために、武者修行と称して戦士と見れば誰彼構わず挑み掛かり、各地で大暴れを繰り返していた。

 度が過ぎた辻斬り……いや、辻潰しである。


 アンバーの性根は決して悪ではないが、己に立ち塞がる者へは一切の容赦がない。例え相手が俺のような少年少女であろうと、武器を取って戦う意思を見せる者へは平等だ。


 戦に臨む者は、誰しもが倒し倒される覚悟を持つべし。


 それが戦神の教えであり、アンバーを構成する絶対の掟なのだ。


 結果Sランク案件として手配がなされた後も、挑んだ賞金稼ぎは全て返り討ち。

 国も特殊災害指定をして軍を投入したが、聞いての通り全て敗走している。

 恐らくそのまま放置していればSSランク案件になっていた事だろう。


 文字通りの一騎当千と呼ばれて恐れられていたところへ俺が出向き、打倒した際に勇者と崇められ、すっかり懐かれてしまったという訳だ。


「こいつの頑丈さにはなかなか手を焼いたぜ。斬り付けてもあっさり剣が折れた上に無傷ときた。しょうがねぇから、降参するまでジャイアントスイングの刑にしてやったんだっけな」

「はっはっは。あの時はこの身より魂が抜けで、昇天するかのような心地でしたぞ」


 俺が鎧をこつんと叩いてやると、アンバーは朗らかに笑い声を響かせた。


「その拳をもってすれば、拙僧など苦もなく消し飛ばせたものを。こうして慈悲を賜りお仕え出来た事、まっこと感謝に堪えませぬ」

「はっ! 良いってんだよ。こうして俺の予想通り役に立ってる。苦労して手加減した甲斐があったぜ」

「くぅぅ……なんと有難きお言葉……」


 俺の労いを受け、感涙に身を震わせるアンバー。


「Sランクの相手へ手加減をする事が苦労……? さも笑い話のように仰っていますが、とんでもない内容なのでは……?」

「こいつといるとこんな話ぽんぽん出て来るし。慣れよ、慣れ」


 恐々こわごわと呟くエルニアに、フェーレスがへらへら笑いかけている。


「ついでに言うと、そのジャイアントスイングのせいで地面が派手に抉れて、今じゃ立派な湖になってるわよ」

「……流石はSSランクとなられる器の御方。己の未熟を恥じるばかりです」


 それを聞き、エルニアは深く感心した様子で息を吐いた。


「まあ、こっちの事は追々おいおい話してやる。本筋に戻すぞ。その程度の事件で、聖堂騎士団が身内で処理しきれないとは思えねぇ。まだ続きがあるんだろう?」


 俺は風呂釜の縁へと腰を預けると、核心を聞くべくそう促した。


「やはりお見通し、ですか。ええ。これならば、心置きなく全てを明かせるというもの。受け止めて、頂けますね?」

「ああ。もっと面白い話を期待してるぜ」


 畏まって念を押してくるエルニアに、俺は鷹揚に頷いてやった。

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